アナザー・コールズ 第二章 二人で異世界


「アサトさん!」
――そこは、初めてガートルードに来た時の祠であった。
そこには、ブリジットが立っていた。どうやら再度彼を呼んだのは彼女のようだ。
「ブリジットか! 一日しか経ってないのに、久しぶりな気がするぜ!」
「そ、そう? 何か色々あったのね……」
「ああ……あれから昨日一日で異世界を二つほど見てきてな……」
「あのう……アサトさん……? この人は……?」
「ぬわぁっ! シノっ! お前何でガートルードに来てんだっ!」
「きゃあっ! 他の人が巻き添えになってるぅぅぅっ!」
ブリジットが悲鳴をあげる。
「何でって……」
困ったような顔をするシノ。彼女にしてみれば、それこそ青天の霹靂というやつである。
「参ったわね……」
ブリジットが頭を抱える。
「何故、あなたを召喚したか説明しましたっけ? アサトさん」
「いや、適当な資質持ってて、無名だからだろ?」
「同じような境遇の人間は、他の世界にもいるのに? おかしいと思わなかったんですか?」
「おい、どういう事だ? ブリジット。それがシノがここへ来たのと何の関係があるんだ?」
「実はですね、そういう条件で誰か適当に呼び出してくれって魔法陣に念じたら、
 結果としてあなたが出てきたわけで、要は運によるものです。
 でもそれは、本人の精神力の力場が分かってなかったから、そうしたまでです」
「?」
「つまり、一回あなたを呼んだ時点で、精神力場のパターンは完全に掴んでたんです。
 だから、二回目以降は精神力場パターンをイメージして呼べばいいんですよ」
「おい、俺の横にいるシノも召喚魔法が使えるが、
 じゃあどうして俺を的確に呼ぶ事ができたんだ? ブリジット」
「彼女はあなたの知人なんでしょ?」
「ああ」
「雰囲気ってのは、二人も同じ人がいないものなんですよ。
 精神力場パターンは性格、雰囲気とかの総合的なものを指すんです。
 彼女はよっぽどあなたと付き合いが長いんですね。
 一回目から特定の人物の召喚に成功するなんて、滅多に無い事なんだから」
「……?」
「で、その力場ってのが、本人の周囲一メートルくらいに絶えず張り巡らされてるんです。
 だから、密着してたり、それでなくても近くにいたりしたら、
 そういう他の人間が巻き添えを食う可能性だってあるんですよ。
 今回みたいなのがそのケースじゃないでしょうかねぇ?」
「じゃあ、シノの奴はお前さんの魔法の巻き添え食って、
 ガートルードまで来ちまったって事か」
「そういう事になっちゃいますね」
「あああっ! 唯一地球へ帰る手段が無くなっちまったぁぁぁぁっ!
 どうしてくれやがるブリジットぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「うああああああああああん!」
「泣くなぁぁぁぁぁぁぁっ! 俺一人だけならまだしも、こいつまで巻き込みやがって!」
「お、落ち着いて下さいアサトさん」
慌ててアサトを止めに入るシノ。
ぴたり。
アサトの動きがあっさりと止まる。
「……まあ、騒いでもどうしようもないからな。手段は無いわけじゃないだろ?」
「一応、その人が魔法を使えるなら、魔力鑑定して、才能を開花させれば、
 あるいは上級の魔法も覚えられるかも知れないです」
「そうか……いいか、シノ?」
「ええ。私だって、元の世界に帰りたいですから」
「分かりました。魔力を開花させますね」
すっ……
そう言うと、ブリジットはシノの額に手をそっと当てる。
そして、呪文を唱え始めた。
「汝、我の言うがままに身を任せよ」
すると、力無くシノがその場に座り込む。
「汝、我の言葉に耳を傾けよ。汝、我の言霊において、力を解放せよ」
ぐぁぁぁっ!
その瞬間、シノの魔力が、一般人の目に見える形になって現れた。
黄金色の蒸気といった表現が似合うのが、シノの魔力だった。
「あああああああああああっ!」
ブリジットが苦痛の声をあげる。
「ブリジット! 大丈夫か!?」
バァァァァァン!
直後、ブリジットの体が弾き飛ばされる。シノの魔力がブリジットを弾いたのだ。
「ああっ!」
「ブリジット! 危ねぇっ!」
がっ! ずざざざざざざあっ!
アサトは、壁に打ち付けられようとしたブリジットを、何とか寸前で受け止めた。
「ごめんなさい、アサトさん……」
「馬ッ鹿、そんな場合か! それよりシノはどうなったんだ!?」
「駄目です。彼女の潜在能力があまりに強すぎて、
 あたしじゃ彼女の力のほんの片鱗しか覚醒させられません……
 一体、彼女は何者なんですか……? あんな魔力の持ち主、
 ガートルードじゃ数百年に一人しか出てきませんよ?」
「俺が聞きたいわい。彼女は俺の恋人にして幼馴染み。
 単なるちょっとした良家のお嬢様なだけの少女なんだぞ!?」
「……そのただの少女は、たぶん、ちゃんとした訓練を少々施すだけで、
 ガートルードにいる全ての魔術師よりも強い魔力を得る事ができますよ。
 もちろん、自還魔法なんて、息をするより簡単にできるようになります」
「自還……何だそりゃ? 初めて聞いたぞ」
「自分自身を異世界へ送還する魔法で、同系魔法で一番難しいタイプの魔法です」
「て事は、帰れる見込みは十分以上にあるんだな?」
「ありますけど……気を付けて下さいね。彼女の力が、もし誰かに……
 たとえば、あたしの敵、へティーなんかに狙われたりしたら、
 大変な事になります。まあ、明るみに出なければ、大丈夫なんですけど」
「シノ……」
アサトは、心配げに彼女を見つめる。
すると、彼女の体が、未だ黄金色の魔力に包まれていた。
「……アサトさん……」
「シノ……大丈夫か……?」
「どうしましょう……どうしましょう……」
ばちばちばちばち。
彼女は動揺して、自分の周囲に、魔力によるプラズマを発生させていた。
「お、落ち着いて、シノさん! 魔力を暴走させちゃ駄目です!」
「そ、そんな事言われてもぉぉぉぉぉぉ!」
ばぢっ!
さらなる動揺が、プラズマを一瞬弾けさせる。
「きゃあっ!」
ばちばちばちばちっ! ばちばちっ!
そのプラズマの弾ける音に驚き、さらにシノは冷静さを失う。悪循環である。
「アサトさん、助けてぇぇぇぇっ!」
ババババババババババっ!
ついに、プラズマは辺りに無差別に放たれた。
「イヤぁぁぁぁぁぁ!」
彼女が冷静さを欠く毎に、プラズマは威力を増すばかりである。
「シノさん、駄目ぇっ! 冷静さを取り戻して!」
「駄目ぇぇぇぇぇっ! できませぇぇぇん!」
「駄目だわ……このままじゃ、彼女もあたし達も、滅びるしかないです……
 アサトさん、止めて! 彼女を説得して下さい!」
「俺が?」
「他に誰がいるんですか!? 彼女の正気を取り戻せる人物が!」
「わ……分かった!」
アサトは、ブリジットに魔力結界を張ってもらい、突撃する。
「シノ! 俺はここだ! 自分を見失うんじゃない!」
「来ないでぇぇぇぇっ! アサトさん、死んじゃいますからぁぁぁぁぁぁぁっ!」
シノは、うずくまって泣き喚くばかりである。
「俺は死なない! お前もこんな所で自分を見失ったりはしない! そうだな?」
「逃げて! アサトさん!」
「まだ、そんな事を!」
アサトは、プラズマの嵐の中を、何とか駆け抜け、シノの近くに辿り着く。
「シノ! お前はそんなに弱い娘じゃない!
 俺を支え続けたのは、親父さんであり、お袋さんであり、
 何より、お前だったはずだ! だったらこれからも俺を支え続けてみろ!
 俺を孤独から守り続けてみろ! できないとは言わせない!
 お前は俺の花嫁になれる、ただ一人の女性だって言ってた、
 あの言葉は嘘じゃないはずだからなぁぁぁぁぁぁっ!」
「!」
しゅううううう……
シノは、アサトの本心からの言葉にびっくりして、思わずプラズマを止めた。
結果的に、アサトの言葉がシノのプラズマを止めたのだ。
しかし、アサトは気絶していた。精一杯の力だったのだ。
「憶えててくれたんですね……十年以上も前の言葉だったのに……」
軽い口づけをするシノ。
「ありがとうございます、アサトさん……」
そのまま共に力尽きて気絶するシノ。彼の横で仲良くダウンである。
「あたし……やっぱり勝てないみたい、この娘には……」
ブリジットが、二人を見て苦笑する。
(あのアサトさんに、ここまで言わせる人は、他にはいないんじゃないかしら?)
そう思えてきたからだ。自分なんかの入り込む余地は無い。
ブリジットは、正直、二人が羨ましかった。
なんと活き活きしているのだろうか。なんと満足そうなのだろうか。
これだけの言葉が吐ける人間が、世の中に何人いるのだろうか。
様々な想いが、ブリジットの胸を駆け巡る。
それらの想いを胸に秘め、彼女は、二人を自宅に運んだ。
無論、女性一人の力で、二人を普通に運ぶのは無理なので、方法は一つしかない。

手にヒモくくって引きずるのである。

二人は、彼女の自宅に到着する頃には、別の意味で傷だらけになっていた。

「はあ、はあ……」
ブリジットは、自宅のベッドの上にシノを、
ソファーの上にアサトを寝かせて、くたくたになっていた。
彼女は広い部屋と、自分で思っているわけではないが、
寝ているアサト達にとっては、十分にゆったりできる部屋である。
ざっと八畳半といったところだろう。
それに、風通しもよく、観葉植物や様々な小物のおかげで、
さほど殺風景なわけでもなく、人が住む空間としては、最適なものとなっている。
二人とも、気持ち良さそうに寝ているが、ブリジットはそれどころではない。
お世辞にも人並以上とは言えない体力で、人間二人を引きずって
祠から自宅までの五キロの道程を歩いてきたのだ。むしろ彼女の根性は賞賛に値する。
「あ、暑いですね……」
ぱさり。
彼女は、普段顔を隠しているフードを取る。
極度な人見知りの彼女は、普段は絶対に人前に素顔を晒したりはしない。
しかし、その素顔は、誰もが見惚れてしまう程のものだった。
化粧っ気など全く無いにも関わらず、である。
小さい顔に似合わない大きな目、さほど高くはないが愛嬌のある鼻。
艶やかな唇。そして疲れによる上気してほんのり赤くなった頬。
もしアサトがシノと交際をしていなかったとしたら、
彼は一瞬でガートルードへの永住を決めていたかもしれない。
どのくらい美人かと例えるとすれば、シノに匹敵する。
シノは、ブリジットとは対称的で、細い目である。どちらかというと、
ブリジットと違って色白で、気品の方が先に出やすい。やや儚げですらある。
放っておいたら心配になってしまうタイプである。
ブリジットがややグラマラスなのに対して、シノがスレンダーなのも、
それに一役買っているかもしれない。
性格面でも、ブリジットが母性本能の強いタイプなのに対して、
シノは男性の父性本能をくすぐるタイプであり、全く対称的だといえる。
だが、どちらも美人である。たまたまシノとの面識が長く、
アサトの好みにシノの方が合っていたに過ぎないだけである。
ただ、アサトは妙に頑固である。もう、シノ以外の女性を選んだりはしないだろう。
アサトの寝顔を見ていて、ブリジットはそれが妙に歯痒かった。
しかし、諦めるしかないのだ。
自分が立ち入る余地など、何一つ無い。
そう思わないと、到底納得できなかった。
そう思う事で、何とかブリジットは淡い思いを一晩かけてふっ切った。

翌日。
「な、何だこりゃあっ!」
目覚めは、アサトの叫びにより始まった。
「どうしたんです!? アサトさん!」
ブリジットが慌てて彼が寝ていた部屋へ駆け寄ってくる。
「ブ、ブリジットか! フレイムセイバーが……折れてやがる!」
「え、ええっ!?」
「ほれ、見ろ!」
ブリジットがそのフレイムセイバーを見ると、根元から刃が折れ、途中で砕けてていた。
これでは、修理ができない。刃を別の物と代えるしかない。
「ん?」
「どうした? ブリジット」
「ちょっと待って下さい。今のこの剣からは、炎とは別の魔力が感じられます。
 ちょっと、いつも炎を出す時みたいに、念じてみてくれますか?」
「お、おう」
ちゃきっ。
ブリジットから、フレイムセイバーの柄を受け取るアサト。そのまま構える。
アサトは念を集中して、叫ぶ。
「はあああっ!」
ビィィィィン!
しかし、フレイムセイバーから出てきたのは、炎ではなく、プラズマの刃だった。
「プ……プラズマ……?」
ちょっとビクビクしながら、アサトはその剣をしっかりと握る。
 昨日の今日で、プラズマを自分が手にすることになっては、さすがに怯えもするだろう。
「シノさんの魔力が、フレイムセイバーの魔力を打ち消して、
 代わりに自分のプラズマを注入させちゃいましたね。こうなったら、
 もうフレイムセイバーとは呼べませんよ?」
「なら、何て呼びゃいいんだよ?」
「シノさんがあなたと一緒に帰りたいという愛の意思で、そういう結果になったんですから、
 ラブラブセイバーというのは……」
「嫌ぢゃああああああああああっ! そんな恥ずい名前は嫌ぢゃああああああああっ!」
「ああっ! あたしが悪かったから暴れないで下さい!
 プラズマセイバーっていう正式名称がちゃんとありますからっ!」
「プ、プラズマセイバー?」
「そ、そうです。伝説の武器の一種で、数百年に一度、このガートルードの命運を
 懸けるような出来事が起こった時に出てくると言われてます」
「聞きたいもんだな」
「いいですよ――
『世界の命運懸ける時、勇気ある者のもとに異世界の剣士現れん。
 まあ難しい言葉使うのも何だし、簡単な言葉で述べさせてもらうが、
 何かその人物が、やっぱり同じ世界の恋人と一緒にやってきて、
 一騒動起こしたあげく挙句、わけも分からずそれは出来上がる』
 だそうです」
「も、もうちょっと威厳ってもんが無いのか……?」
「あたしに言わないで下さいよ」
「ま、まあそういう伝説は、本当だったわけだ……」
「そゆことです。というわけで、これからはそれをプラズマセイバーと呼びましょう」
よく見ると、柄の形もちょっと変わっていたりする。
まあこれはただ単に、熱で柄の一部がひん曲がってしまっただけであろうが、
それは言わない事にしておく。
「おはよぉございま〜す……」
シノが前日と同じく、のん気な声をあげて起きてきた。
「やっと起きたか、シノ」
「ふああ……」
再び、シノはあくびをする。だが、その直後。
「それで、どうしましょう?」
これである。
「は? 何が?」
「いえ、ですから、昨日おっしゃられた、自還魔法を習得しなければならないんです」
「あ、ああ……そうそう、そうでしたね」
ブリジットは、ようやく思い出した。
「それじゃ、アサトさん、シノさん、私の知ってる修行場へ行きましょう」
それから、三人はブリジットを先頭に、修行場とやらに行った。
そこは、薄暗い洞窟だった。
「師匠っ。師匠ーっ」
ブリジットが洞窟の奥に向かって呼びかける。
「その声は……ブリジットか、何の用だ?」
「何の用は無いでしょう? 可愛い愛弟子に向かって。
 鍛え甲斐のありそうな人をせっかく連れてきてあげたのに」
「なるほど、そういう事か。ならば、入るがいい」
ブリジットの先生とやらは、偉そうに指示してくる。
「ごめんなさい、いつもああなんです」
ブリジットは一言謝って、二人を先導する。
そして、中に入ると、一人の中年男性がいた。彼はフードを外し、少しだけ顔を見せた。
なかなか渋い、俗に言うナイスミドルというやつである。
若い頃の顔が、容易に想像できる。
だが、その性格の方は、あまり人当たりのいいものではなさそうで、
その性格が反映されているのか、洞窟居住区も、えらく殺風景である。
ブリジット同様、顔も隠しているが、彼女の場合とは、大きく事情が違うようだ。
まあ、極端な話、洞窟の中にファンシーグッズ等の類を飾ったり、
化粧したりするおっさんの姿も、嫌と言えば嫌だが、
もうちょっと飾りようというものがあるだろうに、とアサトは思った。
「師匠、彼等が今日のお客人です」
「すまんな、ブリジット。私の暇潰しを手伝ってもらったりして」
「いいんですよ。こっちの活動の助けにもなるんですから」
ブリジットは手をぱたぱたと振る。
どうやら、この人物、結構なヒマ人らしい。
「ゼナス=メリーウェザーだ」
「よ、よろしくお願いします」
ゼナスと名乗った人物からの威圧感を感じ、思わず敬語で答えるが、すぐやめるアサト。
「どうした? 少年。気圧されているのか?」
「そ、そんな事はないぜ……」
「ならいい、この位で怯えてもらっては、修行にも何にもなりはしない。名乗れ」
「アサト=サワハラだ」
「シ、シノ=アサカです」
ついでに、というかこっちがメインだが、慌てて名乗るシノ。
「よし、分かった。アサト、こっちへ来い」
「は?」
「いいから」
言われて渋々、アサトはゼナスの前に来る。
「で、なんなんだ?」
「私に、魔法を教えてほしいそうだな。ブリジットから聞いたぞ」
「はあ?」
いつブリジットが話したのかは定かではないが、きっと昨日、色々あったのであろう。
「よし、アサト……念を集中しろ、そうしないと、魔力が暴……」
「ちょっと待たんかい!」
慌ててゼナスの台詞を遮るアサト。
「ん? どうした?」
「魔法を教えてほしいのは、俺じゃない! こいつだ、こいつ!」
アサトは、シノを指差した。
「は? お前じゃないのか?」
ゼナスは間抜けな声をあげる。
「当たり前だっ! 俺に魔力があるように見えるんかっ!」
「見えるよ。それも結構なランクのがな」
「は?」
今度は、アサトが間抜けな声をあげる番だった。
「ブリジット……言ってなかったな? こいつにも魔力がある事を」
「すいません、先生」
「マジか ブリジット!」
「忘れてただけだったんです。説明を」
「はあー……」
その言葉に、アサトは深いため息をつく。
「で、どうすんだ? アサト。魔法を使えるようになりたいのか、なりたくないのか」
「俺はいいんだよ。結構なレベルっつったって、
 どうせブリジットより上ってわけじゃないんだろう?」
「まあな、異世界移動系魔法最低レベルの『召喚』さえ、使えんだろうな」
「それじゃあ、意味がないんだ。それより、シノの方を鍛えてやってくれ」
「俺も、彼女の方が、魔道の素材としては興味がある。
 これほどの魔力の持ち主は見た事がないな。無論、特訓すれば、
 俺なんぞは軽く上回る。だが、剣術の相手としては、お前の方が興味がわいてくるんだよ」
「あんた、剣も使えるのか?」
「そういう事。少しは訓練の相手になってやれるつもりだが、どうだ?」
「よし、それならいいぜ」
「決まりだな」
ゼナスの唇が、笑みの形になる。
「さて、シノ」
「はっ、はい!」
「そう緊張するな。何も難しい事をやれと言っているわけではない」
「そ、そうなんですか?」
「あんた程の魔力があれば、大概何だってできる。そこに立つんだ」
ゼナスが指し示したのは、魔法陣の上。
「はぁ……」
「今から、あんたの魔力の三分の一を解放させる」
「三分の一? ですか?」
ブリジットが疑問の声をあげる。
それを聞いて、ゼナスは呆れた。
「おい……ブリジット。お前、俺の説明、ちゃんと憶えてなかったな?
「!」
「思い出したようだが、食い違いがあるといけないから、改めて説明するぞ。
 いいか、魔力解放は、自分の力量以上の事はできない。無理にやろうとすれば、
 先日のお前が言ってたような事件――暴走が起こる。
 それには、相手と自分の力量を比較して、どれだけの差があるかを
 正確に読み取らなければいけないんだ」
「す、すいません」
「分かったら、反省しとけ。見たところ、あんたの魔力は俺の三倍くらいのようだ。
 だから、それを基準にして、魔力解放を行う。これで十分自還魔法が使えるはずだ」
「ちょい待てぃ」
アサトがすかさずツッコむ。
「その言い方だと、あんたは自還魔法を使えるみたいに聞こえるぞ、ゼナス」
「使えない」
「何故?」
「私は、ガートルード生まれのガートルード育ち。
 他の世界に行った経験も無ければ、それらのイメージもない。
 それでは、使う事はできても、使うべき場所が無いではないか。
 いいか、説明しておくぞ。魔法というのは、対象があるからこそ、発動するんだ。
 移動したいと思う場所も分からずに、自還魔法を使う事はできん。
 いや、アバウトな条件でも、使える事は使えるが、
 どんな場所に出るか分からんのでは、使う気にもなれん」
「なるほど……そういう事か……」
アサトは、ようやく納得した。
「とにかく、シノ。今から魔力を解放する。いいな?」
「……はい!」
「よし、いい返事だ……汝、我の言うがままに身を任せよ。
 汝、我の言葉に耳を傾けよ。汝、我の言霊において、力を解放せよ!」
ぱぁん!
大きい音がして、光が弾ける。
それだけだった。
特に異常は見当たらないが、シノから流れ出る威圧感が高まったのは、
アサトにも十分すぎるほど分かった。
「ま、こんなところか」
ゼナスは、呼吸を整えた。
「さ、シノ。お前の故郷をイメージするんだ。そして念じろ。
 それでお前は戻れる。今のお前なら簡単にできるはずなんだよ」
「……」
シノは、集中し始めた。
しゅんっ!
すると、すぐに彼女は消え去った。
「やった!」
アサトとブリジットが快哉をあげる。
「ふふん、当然だな。私と同等以上の魔力を持ってるんだからな。潜在的にだが」
えらく自慢げに言うゼナス。
「おっしゃあああっ! これでちゃんと二人、地球に帰れるぞぉぉぉぉぉぉっ!」
アサトが目をつむって、絶叫する。

そして、清々しい気分で目を開けると、そこは天空世界ルーファスだった。

「……感動、台無し……」
アサトは、ぽつりとつぶやく。彼が最初にルーファスの地を踏んだ場所だ。
だが、今度は、すぐ近くにちゃんとグリフィンがいた。
「アサトさん! 一昨日はどうしたんです!? いきなりいなくなったりして!」
「すまんすまん、向こうにいきなり召喚魔法の使える奴が出てきてな……」
「じゃあ、帰れる手段ができたわけですね? それは何よりです!」
「おう。清々しい気分だぜ。それより、こっちはどうなってるんだ?
 何とかっていう組織のおかげで、宗教問題、解決しそうなんだろ?」
「『アービトレーション』です。そうなんです。後は、和解のための会談当日
 ――明日を待つばかりになったんですよ」
「なるほど、その当日、妨害が入らないように、俺に護衛をしろって事か」
「話が早くて助かります」
「安請け合いとはいえ、約束は約束だからな。きっちり仕事してやるよ」
「なら、これを」
ちゃっ。
そう言ってグリフィンがアサトに渡したのは、一丁のピストルらしき物だった。
「あ、あのなあ……こんな物騒なモン、そんな、他人にほいほい渡すなよな……」
「何言ってるんですか。これ位は護衛の標準装備の範囲内ですよ。さあ」
「い、いや、それは困る。俺達の国では、そういうのは法律違反なんだ。
当日に渡してくれたらいいから、そんなモン、早く引っ込めてくれ」
そう、アサトは銃刀法違反の事を気にしているのである。
なら、プラズマセイバー柄から高電圧の刃が出る剣はいいのかというと、
もちろんそんな事はない。
だが、柄だけの剣なら、地球で他人に見つかっても、
骨董品とごまかす事もできようが、さすがに地球と大差の無いフォルムのピストルでは、
ごまかせはしないだろう。
「そうですか……仕方ありませんね」
大人しく、彼はピストルを引っ込める。
アサトは、内心かなりホッとした。
宗教問題は、いわば戦争にも発展しかねない。
それを防ぐ和解会合の妨害する人間は、何としても阻止しなくてはならない。
だが、それでもアサトは、ピストルの使用などは、できるだけしたくなかった。
自分の剣の腕を誇りにしているからであり、命を奪いたくはなかったからである。
それが自己満足に過ぎない事は分かっていたが、それでも、感情が許さなかった。
その時、そんなアサトの甘さを嘲笑うかのように、しげみから影が踊り出た。
「危な……」
しかし、グリフィンの言葉より、アサトの反応の方が数倍早かった。
「ふっ!」
力強い息を吐いて、アサトはあえて影の方へ足を踏み出す。
「ちぃ!」
影は、一瞬の躊躇を見せる。
「気を付けて下さい、刺客です!」
言われなくても、アサトには分かっていた。迷彩色バリバリの服に、小柄な体系、
それに手に持っているのは短剣。これで大衆食堂の客引きなどというふざけた展開だったら、
はっきり言ってそれ自体伝説になる。
ちゃっ。
「光れ!」
ヴン!
アサトの叫びに反応して、鞘から抜いたプラズマセイバーが、光刃を発する。
「宗教の和解などと、そんなふざけた真似はさせん。ましてや、部外者たる異世界の者になどな!」
何を勘違いしているのか、アサトを中心人物だと思っているらしい。
それならそれで好都合である。真の中心人物たるアービトレーションの連中への被害が、
少なくなり、作戦の成功率が上がるからだ。
「宗教同士の和解、結構じゃねぇか! 俺達の世界でなかなかやってのけられない偉業を、
 ルーファスの民はさらりとやってのけようとしてやがるんだ! 大人しくしてな!」
「ちっ! 覚えてろ! お前等の和解する直前に、ぶち壊しにしてやるからな!」
刺客は、プラズマセイバーの威力を読めずに、慎重論を採用して、自ら身を退いた。
「しかし、グリフィン。あいつ、何で俺を和解の中心人物だと勘違いしたんだろうな?」
「どう見ても組織の中心人物には見えない僕が、あなたに向かって重要な話をしていたのを、
 どこかで見られていたからなんじゃないですか? それで勘違いしたのでは……」
「なるほど。あり得ん話じゃない。しかし、好都合だ。あの程度の刺客が標準なら、
 あっさり退けてやる。当日さえ乗り切っちまえば、後は奴等は手出しできないんだろ?」
「そうです。それと、あなたのその剣、あまりにも強力すぎますね。
 もしも相手に触れたら、問答無用で斬り殺してしまいますから、リミッターをあげましょう」
「リミッター?」
「剣の替え刃です。といっても、ナマクラで、何も斬れませんが、
 気絶させるには十分です。プラズマの刃を出したい時は、留め金を外して、
 相手を殺したくないときは、この、リミッター替え刃を付けておいて下さい」
「すまない、助かるよ。俺としても、人間を問答無用に斬り殺すのは性分じゃない」
「それに、こっちとしては、敵の黒幕も知りたいですし。利害は一致しますね」
「ま、そういう事だな」
ぱちん。
留め金を留めて、プラズマセイバー・リミッターモードとしての剣が出来上がった。
「しかし、さっきのは結構弱かったな、おい」
「弱かったって……かなりの腕でしたよ、向こう」
「そうかぁ?」
「あなた、気付いてないんですね、自分の強さに」
「……」
自分の強さがどれくらいなのか、アサトは気にした事がなかった。
だからこそ、彼は無名であり、ブリジットやドゥーガルド、
グリフィンに呼ばれる条件と、偶然一致したのだ。
彼に剣術の教えを書いた書を残したのは、亡き父であり、
格闘術の教えを書いた書を残したのは、亡き母だった。
考えてみれば、両親と死に別れたような記憶はかすかにあるが、
その両親の経歴など、アサトは全くと言っていいほど知らない。
まともに物心ついた時には、既にアサカ家に引き取られて、すくすく育っていたのだ。
彼自身、それで十分以上に満足していたし、そんな事は気にもならなかった。
しかし、彼は初めてそれを考えた。
自分の両親はどんな人物だったのだろうか、と……
実際にアサトを鍛えたのは、それを読んだシノの父、リョウだった。
そのおかげか、アサトは未だに異常に強くなっている。
無論リョウとて、かなり強くなっているが、天賦の才なのか、
もうリョウはアサトの相手にならなくなっていた。
さらに深く思い出す。彼には、師たるリョウ以外に負けた経験が無かった。
これはどう考えても異常である。
「おかしい……」
「はい?」
「いや、気にしないでくれ」
 自分の独り言に反応するグリフィンを制するアサト。
(何者なんだ? 俺は。いくら何でも、体の反応良すぎだろ。
 確かに、秘伝の書通りに訓練しただけなんだが……)
秘伝の書の力だけでないことは分かっていた。
だが、それなら、どんな力が自分の中にあるのか。
それが、アサトには分からなかった。
「グリフィン……俺は、自分で言うのも何だが、
 はっきり言って強いだろう? だが、何故こんなにも強いと思う?
 多少武術訓練を受けただけの単なる学生が、なんでこんなにも強い?
 不自然だとは思わないのか?」
「……そう言えばそうですね……いくつか、可能性は考えられます」
「ほほう。言ってみてくれ」
「まず一つ。あなたが、偶然にも超人的な才能を秘めている場合。
 どんな世界でもあり得ない事ではありません。もう一つは、
 肉体改造を施されている場合です。最後の一つ、あなたの両親、あるいは片親が、
 僕も知らない異世界の特殊な戦闘種族の者であり、
 何らかの事情でチキューに来た場合ですね。この中では、一番ありそうな話です」
「異世界人……」
「ま、あなたの故郷、チキューの話を聞く限りで、
 肉体改造が大っぴらに認められてるとは思えないですから、
 それが一番ありそうな展開です。偶然、超人的な肉体を持って
 生まれるというのは、極めて稀ですし」
「……なんで養父が両親の事を語ってくれないのかは、案外その辺にあるのかな……?」
「さあ? 気になるなら聞いてみればいいんじゃないですか?
 気にならないなら聞かない。それでいいでしょうに」
「……そうだな……」
アサトは、考えるのをやめにした。
そうしたら、何だか気が楽になった。
「さて、これからどうしましょうかね……」
「メシにしようぜ、メシメシっ」
「はいはい、助けてもらった事ですし、僕がオゴりますよ」
「よっしゃあ!」
二人は、市街地へ向けて移動した。
考えてみれば、ルーファスの市街地の中へ行ったのは初めてである。
そこは、とにかく人ごみの中としか言いようのない場所だった。
あっちもこっちも人、人、人。
せっかくお店が出している看板も、これでは見えないため、台無しである。
それでも何とか二人は、穴場の大衆食堂へ転がり込んだ。
「ふいぃ。一体、人口何人くらいいるんだよ、ここは」
「ええと、丘から街の全景を見たでしょう? あの中に七十万人くらいですね」
「うひー! 多いなオイ!」
大体、人口密度にして、東京都中心部とほぼ同等だと、アサトは推測した。
街の全景は、それなりに大きい程度だったので、推測は当たらずとも遠からずであろう。
「マスター。ヴァルガスのヘグミン風煮込み二つ」
グリフィンが全然わけの分からん注文をする。
「あいよっ!」
店主の威勢のいい返事が飛ぶ。
ぼわっ!
直後、コンロの着火音らしき音。
音がよく響く静かな空間と、鉢植えなど、無難なインテリアが清潔感漂って、
なかなかいい雰囲気を醸し出している。
まあ、店名も分からないし、メニューも何のこっちゃ、
わけ分からんのだが、そこはグリフィンを信用するしかないだろう。
ぐどがぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
ごごごごごごごご……
しかし、その店内にデカい爆発音と振動。
「な、何だッ?」
「ああ、気にしないで下さい」
さらりと言うグリフィン。
「気にしないでって……するよ……」
「あれ、調理やってんですってば。あの音のせいでここ、お客が少ないんですけどね」
更に爽やかな笑みで言うグリフィン。
「へい、お待ちっ!」
料理が運ばれてくる。名前はアレだが、かなり見た目、美味そうである。
こっちの世界で言うなら、魚介類の醤油煮込みっぽい。
さすがに、アサトも安心した。
「さあ、いただきましょう」
「おう」
アサトが、スプーンとフォークを握ろうとした瞬間……

彼は、バーナバスにいた。ヴォルカ洞窟の中のようである。

そばには、ドゥーガルドもいる。もちろん、アサトを呼んだのは彼だった。
「ドゥゥゥゥゥゥガルドォォォォォォ!」 アサトは、楽しみにしていた異世界初の食事を邪魔されて、さすがに怒った。
「ど、どうした? アサト君」
「どうしたもこうしたもあるかってんだ! 食事中に呼ぶんじゃねぇっ!」
「す、すまん、まさか食事中だとは思わなかったもんだから。で、どうなんだい?
 君の故郷へ帰れるメド、少しは立ったのかい?」
アサトは、ごまかされたのに気付いていない。
「ん? ああ、それならバッチリだ。何とか帰れるメドも立った。これからは定期的に故郷、
 科学世界チキューに呼び出してもらう事になってるから、心配すんな」
「それは良かった、正直、気が引けてたんだ」
「あんたがそんなガラかってんだ。それより、ここはどこだ? 洞窟の中のようだが」
「ヴォルカ洞窟の地下八階だよ。あれから割と順調に進んだからね」
「もう少しって所か?」
「ああ。恐らくは。ただでさえアホのように広いダンジョンだから、
 構造上地下十階が限界になると私は睨んでるよ」
「一応の目標が立ったわけか」
「まあ、そういう事かな。あ、そうだ。お腹が空いたなら、これを食べたらどうかな?」
ドゥーガルドは、持ち物の中から、毒々しい色の木の実らしきものを取り出した。
見るからに怪しい。
「お、おい。何じゃこりゃ!?」
「シャンザ科のギムガスという木から成る実を少し熟成させたヴァンダーの実だよ」
これまた、グリフィンと同じく、わけの分からん解説をするドゥーガルド。
しかも、名前だけ聞くと語感的にすごく不味そうである。
「とにかく、いいから食べてみなよ」
「あ、ああ。丸かじりでいいのか?」
「そう」
がぶり。
とりあえず、恐る恐るアサトはそのヴァンダーの実とかいうのを口にする。
「……美味い」
アサトの率直な感想だった。
「そうだろ? 我が世界自慢の果物だからね」
「美味いよ、美味いけど……なんでこんなに粘着質なんだよ?」
アサトの口の中で、いっぱい糸を引いているヴァンダーの実。
「それが竜の口に合うんだけど、異世界の人間じゃ駄目だったかな……」
ちょっとだけ反省するドゥーガルド。
しかも、後口が悪い。水でも飲まなければやってられないが、
もちろん、アサトは水など持ち歩いているわけがなかった。
「ドゥ……ドゥーガルド……水持ってねぇか?」
「はいはい、水だね」
幸い、彼は水を持っていた。当たり前だが。
むしろ、次元旅行をしているというのに、水筒の一つも持っていないアサトが悪い。
口の中の糸を洗い流して、移動する準備をする。
「さあ、行こうか。もう地下八階までは大概、探索を終えている。
あとは九階への階段を見つけるだけだが、大体の位置は割り出しているんだよ」
「よっしゃ、じゃあ、行きますか」
「ちょっと待ちな!」
突然、聞き覚えのない声。背後からである。
どうやら、この間会った二つの盗掘団のどちらとも一致しないものらしいが、
間違いなく盗掘団だった。もちろん、竜世界バーナバスなので、全員竜人だが。
「この先には行かせないぞ! ここのお宝は我々が頂く!」
「アサト君!」
「おうさ!」
ドゥーガルドの声に反応して、アサトはすぐさま剣を抜く。
「ふっ、抵抗する気か。なら、こいつを使うまでだ! 出でよ、フロストドラゴン!」
「魔術師か!」
アサトは、警戒態勢を取る。
かああああああああああ……
光の柱が地面から現れ、それが消えた時には、氷の竜――フロストドラゴンがいた。
「ちっ……」
アサトが呻く。
「小っちぇぇぇぇ」
と思ったら、呻き声ではなく、呆れ声だった。
そう、フロストドラゴンは、小さかった。
その中にある強大なエネルギー、膨大な魔力、でも小っちゃい。
美しい白銀の鱗に、鋭い鉤爪、それに硬い牙、でも小っちゃい。
というか、むしろ、子供の竜だった。
「あれ?」
「アホが。俺より魔術の知識がしっかりしてないみたいだな、てめぇ」
「な、何故だ 俺の魔力なら立派にドラゴン召喚ができるはずだ!」
いきなり慌てる盗掘団の首領。
「その魔力だけを過信した結果がそれだ。お前はフロストドラゴンという条件だけで
 アバウトに召喚対象を呼び出したりしたから、偶然そんなチビが来たんだよ、バカ」
ゼナスから得た知識をもとに、親切丁寧に解説するアサト。
「ちったぁ基本から学び直して来いバカ大体アバウトなんだよバカ
 やる気あんのかバカ人ナメんのも大概にしやがれバカ
 少しは反省して頭冷やせバカもうこっち来るなバカ」
徹底的に相手を馬鹿にするアサト。
「畜生畜生畜生畜生畜生ぉぉぉぉぉぉッ!」
だだむだむだむ!
地団駄踏んで悔しがる首領。
「こんな役立たず、要らねぇんだよっ!」
げしっ!
「ふぎゃー!」
首領が怒りに任せてリトルドラゴンを蹴る。
「おい、何しやがんだ! そのリトルドラゴンに罪は無ぇだろっ!」
「うっせえっ! このこのっ!」
「ぎゃー! ぎゃー!」
なおも首領はリトルドラゴンを踏みつける。
それを見て大笑いする盗掘団一同。
「助けてあげてくれ、アサト君! 私も手伝う!」
「よっしゃ!」
アサトとドゥーガルドは盗掘団に向かってダッシュをかける。
「ちっ! 返り討ちにしてやる! 行け! 野郎共!」
「おおっ!」
首領の声に反応して、盗掘団が動き出す。
「風の障壁よ、我と我が同胞を包み込み、害意あるものを弾き飛ばせ!」
ドゥーガルドが呪文らしきものを唱える。
すると、アサトとドゥーガルドの周りに、薄い白色の壁が現れた。
「はああああああああっ!」
一人の竜人がドゥーガルドに斬撃を放つ。
「ドゥーガルドっ!」
アサトのフォローが間に合わない位置にドゥーガルドはいた。
がきぃぃぃぃん!
しかし、その次の瞬間、竜人の剣がドゥーガルドに届く前に折れた。
呪力結界の力である。
「うわっ!」
どさり!
竜人は、そのまま弾き飛ばされ、地面に落ちた。
「ドゥーガルド! 何をした」
「風の結界を張ったんだ! 君も安心していい!」
「助かる! 正直、この数はしんどいかもしれん!」
アサトは一直線にリトルドラゴンの方へ向かう。
「どけえええええええええええっ!」
がっ! どがっ! がすどこっ! かきんっ!
竜人達を全て跳ねのけて、素早く弱ったリトルドラゴンを抱え上げるアサト。
「てめぇっ! 何てことしやがんだ!」
「うるさい!」
対峙するアサトと首領。
「大地の鼓動よ! 敵を打ち据えろ!」
首領の呪文が洞窟内にこだまする。
ごごごごごごごご!
ががががががががががががっ!
大地から、石が無数に飛び出し、アサトの結界を撃ち抜く。
アサトの額から、腕から、若干の血が出た。
「……っ痛ぅっ……面白ぇっ! そうこなくっちゃな! おい、ドゥーガルドっ!」
「どうした アサト君!」
「結界を解け! 俺の剣も奴に届かんからな!」
さっき、アサトは剣で敵を攻撃しようとしたが、自分の剣撃も結界に阻まれたのだ。
よって、仕方なく、体当たりに変更して突撃したのである。
「わ、分かった!」
しゅんっ!
結界が解かれ、アサトは剣を抜いた。
「いくぞ! 下衆馬鹿!」
「来いや若造がっ!」
だっ!
ドゥーガルドがザコを相手にしている間に、決着をつけるつもりで、
アサトは一気に勝負に出るため、ダッシュをかけた。
「風の結界、出な!」
ふぉんっ!
がきぃぃぃぃん!
「くああっ」
ズザザザザザザザザ!
アサトの斬撃は、首領の張った風の結界に弾かれた。
その反動で、アサトは地面を滑る。
「ちっ! 結界か。なら!」
ぱき。
アサトはリミッター替え刃を外した。
「いくぞ! プラズマセイバー!」
ぶぅん!
軽い音を立てて、プラズマの刃が姿を現した。
「やっていい事と悪い事があるだろうに!」
再び、首領に向かって走るアサト。
「な、何だ、あれは!」
焦る首領。
ぶぅんっ!
アサトの振ったプラズマセイバーは、結界を、何の抵抗も無く切り裂き、
首領のアーマーの一部をも傷付けた。というより、アーマーが無かったら、
彼は既にこの世にはいない。
「く、くそっ! つ、強いぞこいつ! おい、撤退だ、撤退!
 こりゃあ少々のお宝手に入れたって、全然割にゃ合わねぇぞっ!」
「逃がすか!」
アサトが追撃をかける。
しかし、それを止めたのはドゥーガルドだった。
「待ってくれ、アサト君!」
「ど、どうした ドゥーガルド!」
「あんなのより、リトルドラゴンの治療のが先!」
「お、おう!」
仲間を担いで去っていく盗掘団を尻目に、アサトとドゥーガルドは、
急いでリトルドラゴンの治療にかかった。と言っても、実際には、
ドゥーガルドが回復の呪文でリトルドラゴンを治療していたので、
アサトの出番は全く無かったが。
数十分後、何とかリトルドラゴンは蘇生した。
「ふみぃ〜」
子供も子供、人間の目から見ても明らかに赤子であった。
ドゥーガルドの話によると、どうやら生後二ヶ月未満の雄のフロストドラゴンらしい。
そのフロストドラゴンの赤子は、今はドゥーガルドに抱かれて眠っている。
「まったく、こんなチビを攻撃するなんて、どういう神経してやがんだかな」
「まったくだよ!」
アサトが不機嫌を隠そうともせずに言うと、ドゥーガルドもそれに同調する。
「おっ? お前が俺を宥めずに一緒に怒るとは思わなかったぞ」
「当たり前だよ! こんなに可愛いリトルドラゴンを苛めるなんて!」
「お、落ち着けって。チビが起きる」
リトルドラゴンの頭を撫でながら、憤慨するドゥーガルド。
(さては、可愛いものに弱いな、こいつ……)
アサトはそんな事を考えつつ、とりあえずドゥーガルドを宥める。
「とにかく、先へ進もう。次は九階だな?」
「ああ。もう盗掘団も少なくなるから、このまま制覇しようか」
「そだな。あんまり手間をかけたくない」
つか、つか、つか……
階段を降り、地下九階へ辿り着く二人と一匹。
「暗いなー、ここも……」
「当たり前じゃないか。照明つけるよ」
ぼぅっ。
辺りが明るくなる。
よく見ると、結構道は広い。
「アサト君、ストップ。罠の探知を始めるよ。私の指示に従ってくれ」
「お、おう」
とりあえず、アサトはドゥーガルドの言う通りにする。
「罠よ、我と我が同胞に、その姿を示せ!」
すると、突然罠が姿を現した。
その数、なんと五十以上。
「うへえ! ちょっと待てって!」
「大丈夫。ほとんど上に乗っかったら発動する、使い切りタイプのトラップばっかりだ」
「ふうん、で、具体的にどうするんだ?」
「罠はある程度の重量を感知すると発動する。だから、これを罠の位置に投げるんだ」
そう言って、ドゥーガルドが渡したのは、テニス軟球ほどの大きさの球だった。
はっきり言って、極めて軽い。
「何だか知らんが、これをトラップに向かって投げるんだな?」
「そう、その通り。その球には重力魔法がかかってて、
 持ち主の言葉に反応して重量を増減させる機能がある。便利だぞ〜」
「それじゃ、投げるぞ!」
ぶんっ!
ひううううううう……
アサトの投げた重力球が、トラップの真上に来た瞬間、ドゥーガルドが叫ぶ。
「重力増加!」
ぎゅんっ!
ドゥーガルドの言葉に反応して、重力球が急転直下する。
どすっ!
そして、重力球が着地すると同時に――
がきぃっ!
その位置から針がたくさん飛び出した。
「なるほど、針トラップか」
「やったな、ドゥーガルド」
「気を抜かないで投げてくれ。まだ五十以上あるよ」
「おおっし、いくぞ!」
そうして重力球を取りに走った瞬間――

アサトは、志乃の部屋にいた。

がづっ!
「うぁいたぁぁぁぁぁぁっ!」
そのままの勢いで、朝人は洋服ダンスのカドに頭をぶつけた。
「だ、大丈夫かね 朝人君!」
朝人の悲鳴を聞いて、涼が部屋に入ってきた。
「あ、親父さん……志乃は?」
「いや、まだ帰ってきてはおらんが……心配になって部屋に見にきたのだが、
 君と一緒ではなかったのかね?」
「いえ……」
「まさか、何かあったのか?」
「……大丈夫、彼女はきっと自分の意志で戻ってこれますし、
 以前にも言いましたが、彼女は自分どころか、俺も連れて帰ってくる事ができます。
 俺はあいつを――信じてます」
「じゃあ、心配は要らぬと?」
「心配するなというのはかえって酷なんでしょうに」
「……お見通しか……志乃を頼むぞ」
「はい」
涼は静かに志乃の部屋を去ろうとした。すると――
カカッ!
光の柱が部屋のど真ん中で輝く。
「ぬああっ! 何だっ!?」
「志乃か!」
慌てふためく涼と冷静な状況判断をする朝人。
すうっ……
光の柱が消えると、そこには志乃がいた。
「……朝人さん、帰ってきましたね!」
「志乃! どういう事だ お前は今帰ってきたってのに、なんで俺はここにいる!?」
「ゼナスさんに教えてもらったんです、遠還魔法というのを!」
「え、えんかん?」
「遠隔から特定の条件のものを特定の場所に送還する魔法です」
「凄いじゃないか! あの後、何があったんだ!?」
「ゼナスさんが『うるさい奴がいなくなったから練習に集中できるな?
 じゃあ、もっと高度な技を教えるぞ』って、教えてくれたんですよ。必ず役に立つからって……」
「う、うるさい奴……まあ、とにかくずっと練習してたんだな?」
「はい!」
そんな二人を見て、涼は恐る恐る質問する。
「し……志乃? お前……?」
「あ……父さん……」
「……」
朝人は、どう説明したものか、困ってしまった。
まさか、自分が異世界の種族の末裔かもしれない身で、
あんたの娘は魔法を使えますなどとは言えなかったが、
隠し通せるものでもない。今が話す時である。
「親父さん、居間に来て下さい。お袋さんと一緒に。そこで事情を話しますから」
「あ、ああ……」
そそくさと部屋を出て行く朝人と志乃。涼は霧子を呼びに行った。

そして、純和風なインテリアの揃った居間へ一同、集合したあと、涼が口を開いた。
「……で、どういう事なんだ? 朝人君」
「すみませんでした。今まで隠していたのは謝ります」
「ごめんなさい、父さん、母さん、実は私、魔法が使えるんです」
「ま、魔法だと!?」
「怒らないでやって下さい、親父さん! こいつだって、
 身につけたくて身につけたわけじゃなかったんですから!」
「いや、別にその事を怒ってるんじゃない。ただ、
 そんな大事な事をなんで二人の胸にしまって苦しむんだ!」
「……私達、家族でしょ? 朝人ちゃんも、志乃ちゃんも、私達の子供よ。
 それに私達は魔法くらいで騒いだりはしないわ。だって、何だか素敵じゃなーい?」
照れ隠しする涼に、のん気にフォローする霧子。
「なら、全部、今ここで話しちまいますよ。どこまで信じられるかは分かりませんが、
 一応全部聞いておいて下さい。こっそり動くのも、後味悪いですから」
「頼むぞ、朝人君」
それから朝人は、全てを話した。数日前の午後、志乃と帰っている途中に異世界に突如、
召喚された事、さらに重複して二つの異世界に召喚され、その全てで、
特別な扱いを受けている事、そのさなか最中に、それとはまた別の異世界の人間が、
突然地球の日本にやって来て、志乃に魔術を教えて去っていった事。
それを使って、帰れなくなっていた朝人を彼女が呼び戻した事、
さらにもう一回志乃と一緒に呼び出されて、朝人は冒険に出て、志乃はより
高度な魔術を身につけて帰ってきた事などを全て話した。
証拠として、プラズマセイバーと、ガートルードでブリジットに買ってもらった服を提示した。
「……さすがに、ここまでされては疑う余地は無いな」
プラズマセイバーの光の刃を眺めつつ、涼が一言。
「綺麗ねぇ〜」
「触っちゃ駄目よ、母さん」
プラズマセイバーに見惚れる霧子を、志乃が落ち着ける。
茶をひとすすりして、涼がさらに質問する。
「で、君と志乃は、これからどうなるのかね?」
「志乃が俺ごと呼び出される前と、何も変わらないはずです。
ただ、俺が三つも事件解決を安請け合いしてしまったもんですから、
もう少し、こんな事が続くでしょうね」
「そうか……ただ、無事でいてくれればいいのだよ。君は我が息子も同然なのだからな」
「分かってます」
「君をこんな若い身空で失っては、私は、君の父に申し訳が立たんよ」
「それは私だって一緒よぅ。朝人ちゃんのお母さんに、申し訳ないもの」
二人して、似たような事を言う朝霞夫妻。
「……俺の両親は、どんな人物だったんでしょうかね?」
「……心配しなくていい。私達は、彼等の友人であった事を誇りに思う」
「それだけ聞ければ、十分です」
笑顔で部屋を去る朝人。
そして、朝人は自室に行った。
数日間、放ったらかしなせいで、少々汚れている部屋。
そこで、少し朝人はうずくまっていた。少しブルーになっているのだ。
コンコン。
ドアをノックする音。
「誰だ?」
「私〜」
「お袋さん……入ってきていいですよ」
がちゃ。
静かに入ってくる霧子。手にはワインボトルとグラスを持っていた。
「はぁい。一緒に飲まなぁい?」
「俺、まだ未成年なんスけど……」
「あぁらぁ? 朝人ちゃんて、そんな真面目さんだったかしらぁ?」
「……分かりましたよ、飲みます飲みます」
「うふふ あのね、志乃がとってもあなたを心配してたわよぉ」
「そうですか……俺はあいつの運命をねじ曲げてしまったっていうのに……
 俺は、本当に志乃にはすまないと思ってるんですよ?」
「そんな事、無いと思うけどなぁ」
「?」
「運命ってね、ねじ曲げられるためにあるの。だから、ねじ曲げられたら、
 こっちも負けずにねじ曲げ返せばいいのよねぇ」
その一言で、朝人はだいぶ救われた。
「お袋さんらしいっスね……」
「うふふふふ」
くすくす笑う霧子。
思わず朝人も苦笑する。
しかし、この間に、ほとんど霧子一人でボトルを完全にあけていた。
「いい? 朝人ちゃん、男の子はね、好きな女の子のためだけに
 命を懸けるんじゃないのよ。分かってる?」
「……」
「好きな女の子と、自分の幸せを求めるために命を懸けるの。
 それは、志乃だって一緒。志乃ちゃんが好きなら、
 きっと彼女は一緒について来てくれるわよぉ。だって、
 あの子だって朝人ちゃんが大好きなんですもの」
「!」
思わず顔を紅潮させる朝人。
「照れる事なぁーいわよぉー。もう、皆、完璧に知ってる事じゃなぁい」
「お、お袋さん!」
思わず口調が荒くなる。
「あはは、もう駄目みた〜い、お休み〜」
どさりと倒れる霧子。
許容量を完全に越えてしまったらしい。元々酒に強くもないくせに、
やたらと飲むからこうなるのは、本人も分かっているのだが、涼の影響からか、
酒を好むようになってしまったので、仕方が無いと言えば仕方が無い。
「しょうがないなぁ、もう……」
とりあえず、朝人も眠ることにした。
霧子の暖かい心遣いが凄く嬉しくて、彼はちょっとだけ泣けてきた。

「いいなぁ、母さん……楽しそうだなぁ……」
ちなみに、楽しそうな二人をこっそり覗き見た後、
寂しそうに志乃が自室に戻ってちょっとだけ拗ねていたのは、また別の話である。
――まあ、どうでもいいと言えばそれまでの話だが。

第三章に続く


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