アナザー・コールズ 第三章 やっぱり異世界


翌日。今日から連休である。
朝人は、いつ呼び出されてもいいように、ブリジットからもらった服と、
プラズマセイバーを道具袋に入れていた。
完全に酔っ払ってぐでんぐでんになって倒れている霧子を尻目に、だったが。
「うふふぅ〜、朝人ちゃ〜ん、志乃ちゃ〜ん、二人共愛してるわよぉ〜」
何だか聞いてて恥ずかしい寝言を口走っていたりする。朝人は苦笑するしかない。
そして、その道具袋を肌身離さぬように持つ。
「ええと、朝ご飯、できましたよ」
志乃が、霧子の代わりに朝食を作ったらしい。一同、テーブルにつく。
と言っても、霧子だけはダウンしていて、一人だけそば傍にあるソファーの上だったが。
「いただきます」
涼と朝人が口を揃えて言う。テーブルの上には、ハムエッグ、
トマトサラダ、コーンポタージュが並んでいる。
「うぅ〜ん……私にもちょうだいよぅ……」
どこまで寝言か分からん事を霧子が口走る。
「ほらほら、大丈夫か? 霧子。起きて食うんだ、起きて」
見ていられなくなったのか、霧子の所へ駆け寄る涼。すると、
酔っ払って、霧子はそのまま涼に抱きつく。
「そうやって心配してくれるから、あなたってだーい好きぃ」
「ばっ、馬鹿っ! よせ霧子っ!」
この夫婦を見ている朝人と志乃の方が恥ずかしくなる。
何とか霧子を寝かしつけて、涼はオーブントースターを持ち出した。
「……またですか? 親父さん……」
「父さんってば、懲りないんですから……」
「こ、今度は大丈夫。たぶん……一応、飛んだパンをキャッチする用意は
しておいてくれるか? 朝人君」
「いいですけど……」
その朝人の返事を聞くや、すぐに涼はトースターに食パンを入れる。
チチチチチチチチチ……
小気味良い音を立てて、パンが焼けていく。発射まであと十秒弱だ。
そして、自慢の跳躍力をもって、朝人がパンをキャッチする体勢に入った。
チーン!
ぼむっ。
「はっ!」
朝人は、飛び出したパンを掴むべく、精一杯のジャンプをした。
「いいっ」
しかし、パンの射出速度は前より速くなっていて、全然掴めなかった。
「わわっ」
朝人はバランスを崩し、地面に落下する。
だす!
「あいてっ!」

落下したのは、ルーファスの大地だった。
目の前には、当然グリフィンがいる。
「あ、アサトさん」
「ぐ、グリフィンか」
「どうしたんです いきなり落っこちてきたりして!」
ひううううう……。
べてっ、ばふっ。
空から食パンも降ってきた。それも、アサトの頭の上に的確に。
どうやら、一緒に召喚されてきたらしい。
「……アサトさん」
「……何だ? 言ってみろ」
「いえ、いいもん見ました」
「黙れ」
そこら辺の野良猫か何かの方に向けて、食パンを放り投げつつ、
憮然としてアサトは立った。野良猫は一礼するかのごとく一声鳴いて、
パンをくわえて走り去るが、まあ、それはどうでもいいだろう。
「とにかく、確か今日が和解当日だったな?」
「ええ、そうです! いよいよですよ。いよいよ、和解できるんです。
これで、アービトレーションの役割も終わりなんですよ。今まで頑張ってきた甲斐があります!」
思わず、涙がこぼれるグリフィン。
「まだ、気を抜くのは早ぇぞ、グリフィン」
「はい! 気を引き締めていきましょう!」
「上等! 会場へ案内しな!」
「分かりました!」
走り出す二人。
そして、十分ほど走ると、和解会談の会場へ到着した。
小奇麗な施設の中には、グリフィンの顔パスで入る事ができた。
グリフィンは、そこそこの役職の人物らしかったようだ。
「グリフィン、会談まであとどのくらいだ?」
「あと、二十分ほどです。あ、そうそう、これを持って下さい。牽制用です」
そう言って、グリフィンはまたアサトにピストルを手渡した。
「だから、俺は人殺しをする意思は無いんだって」
「大丈夫ですよ、これは、小型の麻酔銃ですから、心臓めがけて撃ったって、
 死にはしませんよ、アサトさん」
「なるほど……それなら、ありがたく使わせてもらうぜ」
アサトは、拳銃を手に持った。
「手に持ってたんじゃ疲れますよ。ホルスターもどうぞ」
「サンキュ」
「サンキュ?」
「い、いや、いい」
さすがに、何故か言葉が通じるとはいえ、中途半端な和製英語等は
異世界では通用しなかった。しかし、ニュアンスだけは分かってもらえたようである。
アサトは、ホルスターをセットし、拳銃をその中に収めた。
「さて、と。そろそろですね」
「具体的に、俺は何をするんだったっけか? 四つの世界を行き来してるもんだから、
 頭がこんがらがっちまってな」
「アサトさんに敵の興味が向いているようですから、
 あなたにはアービトレーションのリーダーの直接護衛をしてもらいます。表向きは、ね」
「表向き?」
「はい、実質的には、護衛ではありません。敵の姿を発見すると同時に撃退に入る、
 遊撃要員になってもらいます。自分の判断で、敵を捕らえてください。
 護衛の方は、僕一人でも十分です。魔法を使える人間は少ないですし」
「じゃあ、そっちは任せる。俺の剣技でどこまでやれるかは分からんが、頑張ってみる」
「案内します」
静かな施設内の中央に行くと、そこは、やたらと広いホールだった。
既に多くの傍聴人が来ている。
その中央にいるのが、恐らく、各宗教の教祖と、その取り巻き達だろう。
そして何故か、更にその中心に、一人の少女がいた。
年齢からして、自分と同年齢といったところだろう。
シノとはまた違った意味で、浮世離れした雰囲気を持っている。
「リーダーっ」
そう言って手を振りながら走るグリフィンについて行くアサト。
「遅かったじゃない、グリフィン」
「ごめん、リーダー」
「その方が、私の護衛のふりして、敵を捕まえてくれる方?」
「そう、アサトさん、自己紹介を」
「アサト=サワハラってんだ、よろしくな」
「いつも、弟がお世話になってます。チェリー=スタンフォードです。よろしく」
「スタンフォード……弟って、グリフィンか?」
「そう」
確かに、近くで見ると、チェリーとグリフィンはよく似ていた。
しかし、各々の持っている雰囲気は違う。
グリフィンは、穏やかな雰囲気の持ち主だが、チェリーからは、勇ましさが感じられる。
だが、全く異質ではない。
争いを嫌う優しい心が、二人からは感じ取れる。それも、見ただけで。
「精一杯のフルサポートをさせてもらうぞ」
「ありがとう、助かるわ」
二人は固い握手を交わす。
「もう、会談の時間ですよ、二人共。所定の位置に着いて下さい」
「おう、了解だ」
「分かってるわ。あなたも持ち場を離れないで」
三人は自分達の持ち場へ移動する。
アサトとグリフィンはチェリーより二メートルほど離れた位置に。
チェリーはテーブルの一番目立つ位置に。
「さて、これより和平会談を始めます。各宗教の教祖は、所定の席に着席して下さい」
チェリーの声が静かな会場に響き渡る。
自分と同年代の少女の声とは思えぬほど、彼女の声は堂々としていた。
「では、各自、自分の宗教のしてきた争いを悔い、その犠牲者達の冥福を祈って、黙祷」
チェリーの指示に従い、会場の全員が黙祷する。
(刺客が来るとしたら、今か!)
アサトは、身構えた。
いつ敵がチェリーや、教祖達を狙ってきてもいいように。
黙祷は、一分間だという説明を事前にアサトはそこら辺の人間から聞き出していた。
だむっ!
その時、いきなり天井から数名の刺客が降ってきた。
会場の人間が騒ぎ出した。
「ちっ! 上から!?」
グリフィンがチェリーや教祖達を集め、結界を張る。
刺客の数は三人。
一人が結界を外しにかかり、一人はグリフィンを難敵とみたか、
アサトに向かって突っ込んで来た。さらにもう一人は会場の破壊にまわっている。
「アサトさん、急いで!」
「おうよ!」
グリフィンの声援が飛ぶ。アサトはその声に応え、利き腕の右手で剣を握り、
自分を狙ってきた刺客の剣をさばきながら、ホルスターから麻酔拳銃を抜き、
安全装置を外してから、トリガーを引く。
ずどぉん!
「かはっ!」
アサトの弾は、会場を破壊しようとしていた刺客の腹部を、確実に射抜いていた。
その刺客を、各宗教の人間達が取り押さえる。
「邪魔だ、邪魔だ、邪魔なんだよお前等ぁぁぁぁぁぁっ!」
ごがす!
アサトは、リミッターの付いたままの剣で、対峙していた敵を殴り倒した。
そちらも、各宗教の人間達があっさりと取り押さえる。
問題は、グリフィンの結界を外しにかかっている刺客だった。
どうやら、なかなかの魔力の持ち主らしく、次々に風の魔法を打ち込んで、
結界を破壊しようとしている。アサトは、剣のリミッターを外した。
「出ろ、プラズマよ!」
びぃん!
力強い音と共に、プラズマセイバーの力が解放される。
「それ以上、やらせるか!」
残り一人の刺客に向かって、一直線に走り出すアサト。
それを迎え撃つべく、刺客は呪文を唱え始めた。
「風の弾丸よ、わが敵を撃ち抜け!」
薄い白色の弾丸が、アサトめがけて飛んでくる。
「はあっ!」
だが、アサトは慌てる事なく、冷静にプラズマセイバーで、風の弾丸を切り裂いた。
「な、なんと! 結界、出ろ!」
刺客は逆に慌てて、結界を張る。
「十! 年! 早ぇんだよっ!」
ざんっ!
アサトのプラズマセイバーは、結界をも切り裂いた。
そのまま、アサトは剣の柄で刺客を殴り倒す。
その刺客は、教祖達とチェリー自らが取り押さえた。
「これで終わりかっ?」
「まだです! 第二波来ます!」
伝令要員がアサトに伝える。
「第二波だぁ!? どっからだ!」
「今、正面ゲートで警備隊が迎え撃ってます! そっちが敵の主力です!」
「よっしゃ分かったぁ! そっちへ行く!」
その前に、グリフィンに言葉をかけていく。
「グリフィン! そっちは任したぞ! 俺は遊撃に出るからな! チェリーを守れよ!」
「分かってますって!」
たったったったったったっ!
急いで施設正面ゲートへ向かうアサト。
がちん!
その途中で再びリミッター替え刃を剣に装着させる。
「こら、待てーっ!」
外からは刺客に突破され、それを追う警備隊員の声が聞こえる。
しかも、その警備隊員と、追われる刺客の足音は、だんだんこちらに近づいてくる。
となれば、取る手段は一つである。
だっ!
さらにアサトはダッシュに加速をかける。そして、そのままの勢いで地を蹴り――
「ダッシュジャァァァンプキィィィック!」
がごすっ!
どたどたどからっ!
勢いのままに、刺客との距離を気配と勘だけで掴んで飛び蹴りを放った。
それは、見事に命中し、刺客を蹴り倒した。ただし、警備隊員ごと。
「えい」
どんっ!
とりあえず、警備隊員より先に刺客に目覚められても厄介なので、
麻酔銃を打ち込んでから外へ出た。
すると、外では、百人単位の警備隊員と、約五十名の刺客が戦っていた。
既に、双方多くの怪我人が出ている。出来るだけ早く終止符を打たなければならない。
「そこまでだっ!」
アサトは剣を抜いて、警備隊の中心に加わる。
「あっ! こないだの!」
刺客の一人が声をあげる。
どうやら、この間叩きのめした刺客らしい、
「突破してみせる!」
「何でそうまでする」
「仕事だからさ!」
「?」
アサトは、刺客の意図が掴めなかった。
「止めさせるものか!」
「笑わせんな!」
刺客とアサトの距離が短くなる。
どん!
距離が適度に縮まったところで、アサトはあっさり麻酔銃を発射する。
どた。
そして、あっさり意識を失う刺客。
「悪ぃなぁ。時間はかけてらんねぇんだ。さあてと……」
ちゃっ。
ダァァァァァァン!
アサトは、空中に向けて威嚇射撃する。
「手前ェ等ッ! さっさと退きやがれ! 仕事だか何だか知らねぇがなっ!
 普通に暮らす人々を犠牲にするのに、何より自分の命と天秤にかけて
 割に合う給料でも貰ってるってぇのかっ! 俺がいて、
 このプラズマセイバーがある限り、てめぇ等に最初っから勝ち目は無いんだ!
 歴史に残る大事な一瞬くらいは、大人しくしておくもんだぞ!」
アサトの大声に、ざわつき始める刺客と警備隊員。
「さあ、手を引こうというなら、あえて追いはしねぇ、さっさとどこへでも行けよっ!」
だっ……
一人、二人と、刺客達が撤退していく。警備隊員達は、既に倒した敵や、逃げない敵の
捕縛を優先し、あえて追おうとはしなかった。
「よし、いい感じだ」
しかし、それでも残る事を選んだ連中が、総勢六人。アサトは唇を噛んで叫ぶ。
「っの馬鹿がっ! てめぇ等、ここまで言われて引き下がりもしねぇのかよっ!?」
「……和平したからといって、必ずしもメリットがあるわけではあるまい?」
刺客達のリーダー格の男が言う。
「我等は、隊長に付き従うのみ!」
その部下達が、口を揃えて怒鳴る。
「そうそうすぐに、ありがたみなんて出てくるもんかよっ!」
「主義主張は、そう簡単に変えられるものでもあるまいに!」
「ちっ!」
だんだんだだんだんっ!
アサトは麻酔銃を連射して、的確に他の五人の刺客を狙い撃つ。
「貴様ッ!」
刺客のリーダーは、怒りの形相で、仲間を撃ったアサトを睨む。
「勘違いすんな、殺しちゃいねぇ。水を差されたくねぇからな……一騎打ちといこうか」
「一騎打ち……悪くはないな」
正面から向き合うアサトとリーダー。
「……少年、名は?」
「アサト=サワハラだ。おっさんは?」
「……名乗る程の名は持っちゃいない」
「それを言うなら、俺だって一緒だ。名乗らなきゃ良かったな……」
「……まあいい、いくぞ!」
双方、剣を抜いて突進する。
がきぃん!
荒い風が、剣を合わせた直後の二人の姿勢をやや崩す。
「ナマクラかっ!」
「ナマクラだよ! ナマクラの分は、腕でカバーすんのさ!」
「言う! ガキが!」
その後、十回ほど打ち合いを続けた後、リーダーが構えに入る。
こちらに最大の技をもってとどめを刺しに出るのだ。
「くらえ!」
ざっ!
しゅうっ!
ずざざざざざざざざざざっ!
リーダーの渾身の驚異的なスピードの突撃を、かろうじてアサトは横にかわした。
アサトは、すぐに反撃に移るつもりだったが、リーダーは、地面の摩擦を利用して、
かなり遠くまで滑っていて、完全に剣の射程範囲外だった。普通なら。
「はあああああっ!」
アサトは、剣をしっかり握りしめた。
「おおりゃあああっ!」
アサトは、剣を思い切り素振りした。ただし、留め金を外して。
するともちろん、替え刃が飛ぶ。当然、それはリーダーの方に飛ぶ。
「はぎゃああああああっ!」
がす。
リーダーはあっさり倒れた。
「よいせ」
アサトは、替え刃を回収する。
「後は任せた! 引き続き、護衛に戻る!」
さっさと施設内に戻る。中では既に、色々な意見が交わされ、
雰囲気的には、穏便にまとまりそうだった。そして、いよいよ、和平調印の瞬間である。
緊張の走る中、一宗派ずつ、確実に調印していく。
そして、最後にチェリーが拇印を押す。それで、全てが終わった。
チェリーの声が会場に響き渡る。
「今ここに和解が成立しました! これにて、和平会談を終了致します!」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
会場全体から歓声があがる。
グリフィンが、他の人間を器用によけながらアサトの方に駆け寄ってくる。
「ありがとうございました、アサトさん! 何とお礼を言っていいか……」
「いや、そんなに感謝すんねぇ」
しかし、アサトの言葉は、最後までグリフィンに届かなかった。

彼は、しゃべってる途中で、バーナバスに召喚されていたからだ。
「ドゥゥゥゥゥガァァァルドォォォォォォ……」
「アァァァサァァァトォォォくぅぅぅぅん……」
「…………」
「…………」 二人して恨み顔で対面したため、かえって二人とも拍子抜けした。
「……何があった? ドゥーガルド」
「アサト君……泣けてきたよ。君がいきなりいなくなっちゃうもんだから、
 私は重力球を一人寂しく投げては呪文を唱え、投げては呪文を唱えを繰り返していたんだよ……」
「わ……悪かったよドゥーガルド。しかし、しょうがねぇだろがよ。呼ばれたんだから」
「ホントーに忙すィー人だね、君は……」
一人、暗い中重力球を投げて、ブツブツ呪文を唱えまくるドゥーガルドの姿を
思わず想像し、さすがに謝るアサト。
「ところで、ここはどこだ? まだ九階なのか?」
「いや、もう十階に来ている。トラップもあらかた駆除して、大半は調べ終わっている。
 だから、後は最深部に行くだけだ。私の推測が正しければ、そこに今回のお宝がある」
「そんじゃ、まあ、行きますか」
「そうだね」
二人は、相も変わらず暗い洞窟内を、カンテラの光を頼りに歩く。
ドゥーガルドの肩の上には、例のリトルドラゴンが乗っかって寝ていた。
「ん?」
アサトは、壁に小さい穴を見つけた。
「おい、ドゥーガルド、何だありゃ?」
「おや、そんな所に穴があったのか。よく見つけたねー」
アサトは、ただ偶然見つけただけだが、誉められて悪い気はしないのが人間だ。
照れ隠しに、手で頭をバリバリと掻く。
「てこた事ぁ、調べる価値はあるってことか」
「そゆ事」
かちゃりかちゃり。
そう言うと、ドゥーガルドは、手甲を装着した。
「な、なんか大袈裟だな」
「何を言ってるんだい。こないだなんか、毒蛇がワラワラワラワラと五匹くらい
 出てきたんだぞ。鱗の上からだって、毒に感染するもんは感染するんだからね」
「……いい考えがあるんだが」
「何?」
ぶぅんっ!
アサトは、プラズマセイバーを出して、それをドゥーガルドに見せる。
「このプラズマセイバーで、最初っから穴かっさばいて調べるつーのはどうだ?」
「あのねえ……中にお宝あったらどうすんの、それ……?」
「あ」
アサトは、そこまで頭が回らなかった。
「はーあ」
ため息をつきながらドゥーガルドは、がさごそと穴を調べる。
すると、小さい物体が出てきた。
「……鍵か?」
「鍵だねぇ」
二人は、その鍵と思われる物体をまじまじと見つめてみた。
鍵としての形状に、特におかしな部分は無い。
見た目、二十一世紀の日本に見られるカードキー等とはもちろん程遠いが、
だからといって、鍵として問題があるようには見えなかった。
「とりあえず、持って行くか?」
「持って行こうか」
ドゥーガルドは、鍵を大事に服のポケットにしまい込む。
「んじゃ、行きますかね」
「待ちやがれっ!」
突然、後方から怒鳴り声が聞こえた。
「ん? 何だ?」
振り向くと、見覚えのある盗掘団がいた。
確か、リトルドラゴンを召喚したグループだ。
「何だ、またてめぇ等かよ」
アサトは、いい加減うんざりしてボヤく。
「もうてめぇ等にかまってる暇は無ぇんだよ、さっさと帰れ、帰れ。シッシッ」
手で追い払うような仕草をする。
すると、相手はそれが気に障ったのか、怒りだす。
「ナメてんじゃねぇぞ、ガキがっ!」
「じゃあてめぇは何歳なんだよっ! へっぽこ首領がっ!」
「十七歳だっ!」
「同年齢じゃねぇかっ! しかも首領のくせに若いしっ!」
「うるさいなっ! 親の七光りなんだからしょうがないだろっ!」
「うあしかも自分であんな事言ってっし」
「あれからちっと魔術の本をかじって、勉強してきたんだからな!
 てめぇの相棒の肩に乗っかってるそのチビみたいなのなんか、もう呼ばねーぞ!」
「アサト君」
「何だ? ドゥーガルド」
アサトと首領の言い合いに口を挟んだのは、ドゥーガルド。
「逃げよう」
「何でだ? 勝てない数じゃねぇぜ!」
「ここで消耗する必要は無いよ。トラップにでも引っ掛ければいい」
「ンな事したら、あいつら死んじまわねぇか?」
「さっき言っただろう? トラップはあらかた調べて、駆除したって。
 あと、残ってるのは、命に関わる心配の無い程度の物ばかりだ」
「じゃあ、走るか」
二人のひそひそ話を怪訝に思ってか、首領が不審がる。
それと同時に、勝負を焦って、いきり立つ。
「何こそこそ話してやがる! 勝負だ!」
「5・4・3つーかむしろダーッシュ!」
だだだだだっ!
「マジか? 逃げたぞ、追え追えーっ!」
恫喝用のカウントダウンすら中途半端なまま、いきなり全力疾走して
背を向けるアサト達を見て慌てる盗掘団一同。
「アサト君、私の後について来るように行動してくれ、でないと、
 君が真っ先にトラップに引っ掛かってしまう!」
「了ー解っ!」
ドゥーガルドの後をついて行くように行動する。
ドゥーガルドがジャンプすれば、その位置からジャンプし、
彼がジグザグ走行すれば、それに従って走るアサト。
その後を無作為について行く盗掘団のメンバー。
がぱっ。どさどさっ!
どんっ! ばぁぁんっ!
「うあああああっ」
「あがあああああっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
落とし穴、横から壁が突然出てくる等のトラップはもちろん、
上から重金属のタライが降ってくる、地面に大量の強力スプリングジャンプ台、
隠し巨大ネズミ捕り機、地面に突然ロープが現れる、
果ては天井から大量に怪しげな球体が大量に振ってきて、
電流らしきものを流しまくるという得体の知れないトラップまであった。
気になって走りながらアサトはドゥーガルドに質問する。
「なんなんだ、あの電流を流す玉はっ!」
「電流球だね。トラップによく使われる玉で、仕掛け主以外の人物が
 接触すると、辺りに電流を撒き散らすんだよ」
ちょっと息を切らしつつ、ドゥーガルドが答える。
「ひええ……離れててよかったー……」
思わず悲惨な状況の後ろを振り返るアサト。
すると、盗掘団の首領が倒れた屍――もとい気絶した仲間を踏み越えて、
たくましくアサトとドゥーガルドを追ってくる。
「待ぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぃ!」
「待てと言われて待つ馬鹿いるかぁぁぁぁっ!」
さらにスピードを上げて走るアサト達と首領。
「――くあー……」
その時、リトルドラゴンが、欠伸一つと共に起きた。
「あ、こら、起きるなっ!」
ドゥーガルドがリトルドラゴンを寝かそうとするが、
全力疾走する奴の上に乗せられて大人しく寝ていろという方が無理である。
「くあああああ」
しかし、以外にも、まだ眠たいのだろう。欠伸をする。ところが――
びゅおおおおおおおっ!
「うわっ! 危ねっ!」
その欠伸は、フリーズ・ブレス氷の吐息となって、地面の一部を凍らせる。
アサトは、吐息をジャンプで何とかかわした。
「うわたたたっ!」
どごしっ!
だが、首領は凍った地面に足を滑らせて転び、頭から地面に叩きつけられた。
「よくやった! リトルドラゴンっ!」
ドゥーガルドがリトルドラゴンの頭を撫でると、
リトルドラゴンは気持ち良さそうに、再度寝入った。
「一気に走るよ!」
「おうさ!」
そのまま最奥部めがけて走る二人。
「おらおらおらおら!」
「ストップ! アサト君!」
前を走っていたドゥーガルドが、突然足を止める。
「ちょと待てっ! いきなり止ま……」
がつ。どさ。
アサトは、リトルドラゴンもろともドゥーガルドを蹴り倒して止まった。
「あーあ。止まれねぇつったのに」
「ひ、ひど……」
「……まったく……早く起きろよ」
アサトはドゥーガルドを引きずり起こす。
「あいたたたた……」
「あがー」
「ん? おお、着いた着いた、ここが最奥部だよ」
見ると、デカい扉が、アサト達のすぐ目の前にあった。
絢爛豪華な装飾が施してあり、カンテラの光に反射して、眩しい光を放っている。
「ドゥーガルド、鍵掛けてあるぞ」
「ひょっとしたら……この鍵か?」
「使ってみようや」
「ようし」
がきん。
鈍い音を立てたが、扉自体はウンともスンともいわなかった。
「……あれ?」
「……えっ?」
「……あぎ?」
もちろん、開きもしないし、何の反応も無い。
「どういう事だよドゥーガルドぉぉぉぉぉっ!」
「知らないよ私はぁぁぁぁっ! 大体、この鍵使ったら、この鍵が開くなんて、
 誰も言ってないじゃないかっ!」
「む……確かにそうだが」
「それに、鍵がさっき拾った一本だけだとも言ってないって」
「は?」
「よいっしょっと」
どざざざざざざざ!
長い鍵、短い鍵、大きい鍵、小さい鍵、赤い鍵、青い鍵、黄色い鍵、黒い鍵、
変な形の鍵、宝石の付いた鍵、いかにも安っぽい鍵等々、
合計五十四本もの鍵がドゥーガルドの荷物袋から出てきた。
「……出すぎ」
「このダンジョンで手に入れた鍵全部だからねぇ」
「いや、それでも多いだろ、これは」
「多分、ほとんどがダミーのキーだろうね」
「どれが本物か分かるか?」
「分かるわけないじゃないか。手探りだよ、手探り」
「ええっ マジかよ!」
「当たり前だよ」
「やれやれ……」
かちゃかちゃかちゃかちゃ。
それから、二人は手探りでひたすら頑張って鍵を開けようとした。
かちり。
運良く二十九本目にて当たりだったらしく、白い透き通った鍵の時に、扉は開いた。
「開いたね……」
「開いたな……押すか、ドゥーガルド」
「そうだね……せえーのっ!」
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃ。
ぎぎぎぎ……。
ぎ。
扉は途中で止まった。押しても全く動かない。
「げ」
思わずアサトは絶句する。
どうやら、感触からして、中につっかえ棒が設置されていて、
それで止められているようである。扉の開き具合も非常に中途半端で、
扉の中には入れそうもない。
「……なんでこの世界の奴等ってのは、すんなりと中に入れてくんないんだろうな?」
「私に訊かないでくれよ。そんなの私だって知らないよ」
「どうすんだよ? もたもたしてっと、あいつら、トラップ乗り越えて来かねないぞ」
「仕方ないか……おうい、起きてくれよう」
いきなりドゥーガルドは、再度寝入っていたリトルドラゴンを起こす。
「くああ」
リトルドラゴンの氷の欠伸に警戒しながらも、ドゥーガルドはリトルドラゴンに話しかける。
「悪いんだけどね、リトルドラゴン。中のつっかえ棒を外してきてくれないかい?」
「あがー」
呑気な声で一声鳴いて、中にするりと入る。
体の小さなリトルドラゴンだからこそできる芸当である。
がさがさと物音がしてから、ぱこっと軽い音を立ててつっかえ棒が外れるのが分かる。
すると、今度はすんなりと扉が開く。
ぎぎぎぎぎ……ばたーん!
やかましい音を立てて、扉は完全に開いた。
棒を持って、リトルドラゴンが戻ってきた。
「よーし、よくやったぞ、リトルドラゴン」
「がー」
誇らしげに、リトルドラゴンはドゥーガルドの肩に乗っかる。
「さてと、何が出てくるやら……」
「行こう、アサト君。これで最後だ」
「おう」
二人と一匹は、扉からガンガン先へ進む。
「立ち去れ……立ち去れ……」
すると、いきなり洞窟内に声が響き渡る。聞き覚えのない声だ。
「何者だ」
「力無き者は命を失うのみ。命惜しくばここより立ち去れ……」
謎の声は、アサトの質問には答えず、ただ脅しを含んだ言葉を発するのみ。
「かまうことはないよ、アサト君。よくある、ただの脅しだから」
「……」
ドゥーガルドに従って、とにかく先へ進む。
「警告を無視したか……それは私への挑戦とみていいのだな?」
「お、おい、ドゥーガルド! 本当に脅しなのか?」
「おかしい! 普通の遺跡なら、番人などいるはずがないんだ……しまった!
 ここは私達が挑むには無謀な高等遺跡か!?」
「るぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
獣の雄叫びが聞こえた。
そして、出てきたのは、明らかにドゥーガルドの肩の上のリトルドラゴンとは
比べ物にならない程の大きなフロストドラゴンであった。
それも、二匹も。
「……くっ!」
びぃぃん!
思わず、アサトはプラズマセイバーのリミッターを外した。すぐに構えをとる。
「くぉぉぉぉぉらぁぁぁぁっ!」
その時、更に厄介な事に、盗掘団の首領がやって来た。
「ちっ! しつこいなっ!」
しかし、盗掘団の首領も、さすがに二匹の巨大なフロストドラゴンを見て足を止めた。
「な、何だこいつらはっ!」
「出てくんな! 命が惜しかったらな!」
アサトは、敵であるにも関わらず、思わず彼を制止した。
「うるせぇっ! てめぇなんぞの指図は受けねぇッ!」
アサトにそう言い返すと、首領は、呪文を唱え始めた。
「この世界に現存する最強のフロストドラゴンよ、その姿と力、我が前に示せ!」
首領は、フロストドラゴン二匹とアサト達を同時に相手にするために、
召喚魔法を使った。今度は、間抜けなミスも無いように見えた。それ故に、
アサト達は警戒をより強めなければならなかったのだが。
かぁぁぁぁぁぁぁ!
凄まじい光が、首領のすぐそばで発生し、そこにフロストドラゴンが一頭現れた。
そして、遺跡の番人――もとい番竜が一匹減っていた。
つまり、首領はわざわざ近くにフロストドラゴンを呼んだのだ。
敵をわざわざ射程圏内に入れただけの、ただの愚行である。
しかもなお最悪な事に、自分で呼び寄せた通り、
相手が現存最強のフロストドラゴンだというのが分かってしまった。
知らない方が幸せだったかも知れないにも関わらず、である。
「しまった! 挟み討ちになっちまう!」
しかし、召喚された方のフロストドラゴンは、首領を先に攻撃しだした。
「うわぁっ!」
ずずぅん!
踏み潰されそうになりながらも、首領は何とかよける。
もう片方のフロストドラゴンの方は、ドゥーガルドを狙うように動き出している。
「ドゥーガルドっ!」
アサトは迷わずドゥーガルドのフォローに入る。
「リトルドラゴン、君は離れるんだ!」
ドゥーガルドは、アサトに守られつつ、リトルドラゴンを逃がす態勢に入る。
「ぐあー!」
だが、そんなドゥーガルドの意思に反して、リトルドラゴンは、
ドゥーガルドを狙うフロストドラゴンの方へ向かっていく。
「あぎゃ、わぎゃぎゃ、あがー、あぎゃー! わぎゃ、ぎゃぎゃ、あぐー!」
何事か喚きたてるリトルドラゴン。
「ぐおおおおん! がおおん! ぐおお、がああ、ぐあああん!」
「ぐるるるる、がああ、ぐあおおぉぉん! がうううううっ!」
リトルドラゴンとフロストドラゴン二頭が会話をしている。
しばらくして、二頭のフロストドラゴンは、一列に並んで、
アサトとドゥーガルドに頭を下げた。
「な、何だ何だァ?」
首領もアサトも、戸惑うばかりである。
「この子を助けてくれた上、ここまで連れてきてもらって、感謝する」
「ありがとう、そこの竜人と、異世界の方……この子は、私達の……」
「子供とか?」
思わず口を挟むアサト。それに首領を襲っていたフロストドラゴンが答える。
「いや、私の弟の嫁さんのさらに妹夫婦の息子の従兄弟の義兄弟の夫婦の孫の甥だ」
「めちゃめちゃ遠いじゃねぇか……」
「それでも、我々の大事な仲間に変わりはない。改めて礼を言わせてくれ」
「それに引き換え、そこの召喚術師は……我々の仲間を痛めつけてくれたようだな」
二頭のフロストドラゴンの頭が首領の方を向く。
「があああああああっ!」
「るぐああああああっ!」
「うわああああああっ!」
二頭のフロストドラゴンのフリーズ・ブレス氷の吐息にまかれて、首領は氷漬けになった。
「馬鹿だなー……」
アサトとドゥーガルドは、異口同音に呟く。
「さて、名前をまだ聞いていなかったな」
フロストドラゴンは、謙虚な姿勢でこちらの名前を訊いてきた。
「アサト=サワハラだ」
「ドゥーガルド=ネルーダ」
「ありがとう、アサト殿、ドゥーガルド殿、この遺跡の物は
 全て持ち帰ってもらって構わない、じゃんじゃん持っていってくれ」
「いいのか?」
「……どうも私達は、遺跡の番竜でいる限り、平穏は得られそうにないらしいからな」
「……私達は、どこか遠くで暮らすことにする」
二頭の竜は、どこか寂しそうに言う。
「ありがとう、二人とも」
ドゥーガルドは、深く一礼する。
「では、さらばだ、勇敢な者達よ」
「あぎゃー」
フロストドラゴン達は、完全に姿を消した。
「さて、アサト君、めぼしい物を頂こうか」
「そうだな」
それから二人は、数十分かかって、めぼしいお宝を全て荷物袋の中に入れた。
「アサト君、君にもお礼をしなくちゃね」
「いや、いいよ、そんなん……」
「ここまで来れたのは、はっきり言って君のおかげでもある。
 無償なんて、私の気が済まないからね。せめて、遺産の中から、
 役に立ちそうなアイテムだけでもあげるよ」
「……すまんな」
「労働には正当な報酬を支払わないとね。これなんかどうだい? 魔法のバックラーだ」
「腕に装着する盾? しかも二つって事は、両腕に着けられるのか……」
バックラーとは、アサトが言う通り、手に持つタイプの盾ではなく、
腕にはめて、攻撃、防御を同時に行える防具の事である。
「このクラスの遺跡にはゴロゴロしてる程度の代物だけど、
 市場には滅多に出回らない一品だよ。君の持ってる
 その飛び道具みたいなものと併せて使えば、かなり役に立つはず。
 持ち主を、ある程度は自動で守ってくれるタイプみたいだしね」
ちなみに、ドゥーガルドの言う飛び道具みたいな物とは、
グリフィンに返しそこねた麻酔銃の事を指す。よくは分からないが、
飛び道具と推測し、アサトにアドバイスを送ったのだ。まあ、事実推測は当たっているのだが。
「さあ、アサト君、着けてみて」
「おう」
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。
バックラーを装備するなど初めての経験(当たり前)だったので、
少々手間取ったが、無事にアサトの両腕にバックラーは収まった。
少々旅人の服には不釣合いだが、まんざら不恰好でもない丸いバックラー。
攻防一体が基本のアサトにはうってつけの防具といえた。
「んー、軽いな、おい。何も着けてないようにすら感じるぞ、ドゥーガルド」
「そりゃ良かった」
「よし、んじゃ、長居は無用だ、さっさと出ようか」
「うん、そうしよう」
アサトとドゥーガルドは、気絶している盗掘団を踏み越えて、外へと急ぐ。
大荷物を持っている状態で盗掘団に狙われたら、ひたすら厄介だからである。
「さあ、急ごう、ドゥーガルド……」
しかし、その声はドゥーガルドには届かなかった。

なぜなら彼は、それを言う前に既にガートルードに召喚されていたからである。
「……誰ですか? ドゥーガルドって」
ちょこんと眼前に立っているのは、相も変わらずフード姿のブリジットであった。
「……まあ、いいけどよ……」
いきなり呼び出されるのは慣れている。
「んで、ヘティー=マクレガー討伐の件はどうなったんだよ?
 俺、ちっとも仕事してねぇような気がするんだがな」
「あ、そうでしたそうでした。あたしもすっかり忘れてましたよ」
「お・ぼ・え・と・かんかぁぁぁぁい!」
どすっ!
アサトの後ろ回し蹴りがブリジットの横っ腹を強打する。
「うええええ。アサトさん酷いぃ、痛いぃ」
「泣かんでいい! 状況説明キリキリとっ!」
「ううう。ヘティー討伐隊は、明日出発です」
「て事は、俺もお前も、それに同行するんだな?」
「はいぃ、ううう」
まだ一人で呻き声とも泣き声ともつかない声をあげるブリジット。
ちょっとやり過ぎたかな、とアサトはばつが悪そうに頬を掻く。
「ほら、しっかりしろ、ブリジット、平和を望む民が、
 お前の力を必要としてるんだ、お前もその自覚があるんなら、
 きっちりやるこた事ぁやってのけろ」
「は……はい……」
「よし、休もうか、ブリジット」
「ええ、あたしの自宅にどうぞ」
「その必要は無いぞ」
聞き覚えのある声に、振り向くと、ゼナスの姿があった。
「ゼナス!」
「師匠!」
「アサト、ブリジット、二人とも私の家に来い」
「あ、ああ」
ゼナスに言われるがままについて行く。
それから少しして、ゼナスの洞窟へ到着した。
「さて、ブリジット、明日、討伐隊と一緒に出発だそうだな?」
座っていきなり開口一番、いきなりゼナスが本題に入った。
「え、あ、はい、そうです」
「なら、私を連れて行ってはくれないか? 今回、討伐する相手が、
 この戦争を長引かせているのだろう? 私を国から
 追い出したも同然の相手を、許すわけにはいかぬ」
「そりゃもう! 師匠なら信用できますし、
 師匠みたいな実力者について来てもらえるなら、これほど心強い事はありません!」
顔を輝かせるブリジットに、フードの下のゼナスの唇が、笑みの形をとる。
「よし、決まりだ。そろそろ私も、国に帰る頃合だろうからな」
「国に帰るって……あんたは火の国の人間じゃなかったのか?」
「私は、風の国の人間だ」
「そうだったんですか」
「何だよ、ブリジット、おめーも知らなかったのか?」
「ええ、師匠の素性を聞いたのはこれが初めてですから」
こくんこくんと頷きつつ、ブリジットが答える。
「ふうん、そうなんだ……弟子のブリジットですら、
 素性を知らないって事は、ゼナス、あんたはただならぬ事情の持ち主だな?」
「詮索は無用。事件が解決すれば自ずと分かる事だ」
「そいつぁ悪かった。で、俺には何の用なんだ?」
「アサトはここに泊まっていけ。私が特訓してやる」
「何の?」
「剣と、魔法のだ。魔法も、あれば役に立つはずだ。
 牽制用としてだけでも、覚えておいたほうがいいぞ」
「生憎、俺の世界では、魔法とか、占いとか、超能力の類は、
 単なる怪しい絵空事としか見られていない、そんな妙な能力を持っていれば、
 異端児扱いされる危険性を、俺の住む世界は含んでいるんだがな」
「死んでは元も子も無い」
「俺が負けるってか?」
「あり得んとでも思ったか?」
「いいや」
「なら、大人しく特訓を受けろ、ブリジット、家に帰っていていいぞ、準備しておけ」
「はい」
ぱたぱたと足音を立ててブリジットは自宅へ帰っていった。
それを見送ってから、ゼナスはアサトに木剣を手渡し、自分も同じ物を手に取る。
「さあ、やるか、アサト」
「お、おう」
ゼナスの威圧感は、アサトのものとは比較にならない。
それは、長い間、戦乱の時代を生き抜いてきた者こそが得られるものである。
人はそれを『経験』という名で呼ぶ。
リョウの時には感じられなかった威圧感に、アサトは自然に押されていた。
「ゼナス……マジで一体、あんた何者だ?」
「……詮索は無用と言ったはずだが?」
「……そういう事を言ってんじゃない。あんた、どれだけ戦いを潜り抜けてきたんだ!」
「まあ、長々と生きたが、実質的に戦いの中で生きたのは……十五年程だろうな」
「道理で……」
「ふっ、どうした、かかってこないのか?」
「遠慮なくっ!」
だだっ!
アサトが先にダッシュをかける。
しかし、ゼナスは何の構えもとらず、動くこともせず、ただ直立していた。
「あんた、俺をナメてんのか?」
ガッ!
二人の剣が交わった。
「そんなつもりは、無いのだが」
ガキッ!
ゼナスは、片手握りの剣でアサトの剣をあっさり弾いてしまった。
「そう見えるなら、失礼を詫びる」
「……っ!」
アサトは、強く歯噛みした。
強さの底が全く知れない。
半ば畏怖の念を抱いて、アサトは特攻をかける。
「はあああああああっ!」
「……! いい剣腕をしているな」
がきぃん!
しかし、それでもゼナスはアサトの剣を片手握りのままの剣でいともあっさり弾く。
「しかし、いささか経験不足だな」
「――っ!」
ガッガッ! ガッ! ゴッ! ガガッ!
いきなりゼナスが攻めに出た。
どむっ!
「かはっ!」
ゼナスが、強力な突きを、アサトの腹に叩き込んだ。
ダブル・バックラーによる自動防御すら、全く間に合わなかった。
「げほっ……げぇほっ、がはっ!」
「まあ、ここまでできれば上出来か」
アサトは激しく咳き込むが、悪びれもせずにゼナスは言い放つ。
「だが、少々技が大振りすぎないか? 大振りは決定打だ。
 そうそうホイホイ使うものではないと思うのだがな」
ゼナスは、冷静にアサトの癖を見極めた。
「はぁっ! はぁっ!」
アサトは、息を荒くしながらもなんとか立ち上がった。
「さあ……もう1ラウンドいこうじゃねぇの?」
「その意気だ。だが無理をするものではないぞ。
 剣と魔法の訓練だと言ったはずだ。今のような状況を避けるために、
 牽制するための魔法が必要なのだ。まあ、牽制用に使うとはいえ、れっきとした攻撃魔法だが」
「……」
アサトは、ようやく本題を思い出した。
「シノから魔法の使い方を習ったりしたか?」
「いや」
「なら、説明するぞ、聞いておけ。まず、魔法には様々な『条件』が
 関わってくるのは知っているな?」
「ああ、大雑把な条件で召喚魔法を使うと、それに見合う者を無作為に
 呼び寄せちまうっていう例のある、アレだな?」
「よく知っているな? 他の世界で体験でもしてきたのか?」
「まあな」
アサトは、リトル・ドラゴンと間抜けな盗掘団首領の例を述べたのである。
「なら話は早い。そこの壁に標的を置いておいた」
ゼナスがそう言って、指差した方向には、金属製のかかしといった感じの
物体が置いてあった。いかにも頑丈そうである。
「あれに向かって、炎を頭に浮かべながら、いかにも炎の呪文といった感じの言葉を叫んでみろ」
「な、なんだそりゃ?」
「いいから」
有無を言わせぬゼナスの雰囲気に、やや押されながらも、
アサトは頭の中に炎を思い浮かべた。そして標的に手をかざした。
「火よ、敵を焼け!」
ぼ。
ちりちりちりちり。
じゅっ。
アサトの放った火は、標的に当たった最初の一瞬だけ、
ほんの少し勢い良く燃え上がり、すぐに残り火と化し、あっさり消え去った。
「……あれ?」
「もう一度」
「あ、ああ。火よ、敵を焼け!」
ごわぁぁぁぁっ!
ぼぉぉぉぉぉっ!
ずごぉぉぉぉっ!
今度の火は、放った瞬間から、凄まじい勢いで燃え上がり、
標的を焼きつつ、壁に反射してバック・ファイアを引き起こし、
アサト自身をちょっと焦がした。
「……熱ぃ」
「お前、『条件』本当に分かっているのか?
 ブリジットが魔法を使うところを見た事あるだろう? ちゃんと思い出せ」
「ンな事言われてもなぁ……あ!」
アサトは、『条件』を『きちんとした意味で』思い出した。
その上で、もう一度呪文を唱える。
「どっからどう見てもごく普通の平均的な炎の弾丸よ、
 とりあえず敵を焼き尽くして、なおかつこっちにバック・ファイアなんてすんなっ!」
ごぅっ!
ぼわぁぁっ!
すると、アサトが言った『条件』にぴったりな、どこからどう見ても平均的な炎の弾丸が、
標的を的確に焼き、なおかつバック・ファイアもしなかった。
アサトは、条件を並べ立ててそれを言えば、それが呪文になる事を悟ったのだ。
「どうでぇ!」
と、誇らしげにアサト。
しかし、ゼナスはなお冷静に評価する。
「まあ、ありていに言えばそうなるんだ。完璧な炎の弾丸だな。
 だが、いちいちそれを実戦中に唱えて牽制する気か?」
「あ」
根本的な欠点に、アサトは気付いていなかったようである。
「完璧な呪文は唱えようと思えば、唱えられるが、
 どう考えても乱戦向きではない。そこで、魔法を略するんだ」
「大丈夫か? そんな事をして」
「まあ、見てろ。今のお前の例を略するぞ。炎の中威力弾よ、敵を焼け!」
ごぉぉっ!
ぼわぁっ!
すると、さっきのアサトの炎とほぼ同じものが標的を焼いた。
「これがいい例だ。大体、中威力と言えば、平均的な威力になるもんだし、
 それくらいなら、大概の場所ではバック・ファイアなどは起こさないものだ。
 適度に区切らないと、唱えている間に、とんでもない目に遭うかもしれんぞ。
 こういった例はいっぱいあるから、後は自分で考えるんだ。
 優れた魔術師の必須事項として、条件の立て方が挙げられるくらいだ。
 やり方次第で、お前は一流の魔術師にだって勝てるはずなんだ」
「分かった」
「これで、特訓は終了だ。後は、風なり大地なり水なり、
 好きな属性で魔法を使ってみろ、そうすれば、自然と使い方は上手くなる」
「おう」
「疲れただろう? もう休むがいい。明日は早いぞ」
「分かった」
「とりあえず、毛布がある。藁を敷いたから、その上で、毛布かぶって寝ろ」
「ああ」
とりあえず、装備は外さぬままそこで眠った。

しかし、アサトはすぐ目を覚ましてしまった。
「……むー……?」
なぜなら、自分の体がめちゃめちゃ揺れているのが分かったからだった。
「なっ! 何だ?」
とりあえず状況判断を急いだ。
どうも、薄暗い洞窟の中にいて、なおかつ物凄いスピードで移動しているらしい。
足に何かが触っている感触があるので、まずそれを確認する。
鱗の付いた腕が、自らの足を掴んでいた。さらに、よく確かめると、
なんと、それは竜人であった。どうやらかつ担がれているらしい。しかも後ろ向きに。
その状態のままで前に注意を払うと、大勢の竜人の足音と声が聞こえる。
どうも、今自分を担いでいる人物を追っているらしい。
やる事は決まった、当然、危機的状況だっただろうこの場所から自分を担いでまで
助け出してくれているこの竜人を助けるために、話しかける。
「おい、あんた!」
「あ、アサト君! 起きたか!」
「ドゥ、ドゥーガルド!? あんでこんな所にいんだよ」
なんと、自分を担いでいたのは、ドゥーガルドであった。
「それはこっちのセリフだよ! いきなり君がいなくなって、
とりあえず外に出ようかと思って、盗掘団に見つからないように移動してたら、
一気に二つの盗掘団とはち合わせしちゃって、追いかけられたから、
しょうがなく君を呼び出したら、寝てたんだよ!
だから、私が君を担いで逃げてたんだ! 君の装備が軽くて助かったよっ!」
走りながらも器用に皮肉を交えながら、事情説明をするドゥーガルド。
しかし、そのせいか、敵の姿がだいぶ近付いている。
「すまんすまん! だが、もう少し我慢して走ってくれ!
 新しい力をご披露しようじゃないか! それで敵の足止めて、その間に逃げ切るぞ!」
「分かった! ここはもう地下一階だ! 一気に振り切りたい!」
「おおっしゃあ! 重力の力場よ、三倍の力で、しばらく我が目の前の敵を押さえろ!」
ヴヴ……ン!
「なっ!」
「くそっ!」
敵全員の動きが見るからに遅くなった。そればかりか、立っている事さえ辛そうである。
少々唱えるのに時間がかかったが、慣れればもっと短くできるはずである。
「すごいじゃないか、アサト君、いつの間に魔法なんて」
「ついさっきだ、さあ、降ろせ!」
アサトの指示に従って、ドゥーガルドが降ろしてくれたので、自力で走る。
ドゥーガルドの案内に従うと、出口はすぐだった。
「よし、脱出だ!」
見覚えのあるヴォルカ洞窟入り口の風景がそこにはあった。
「ありがとう、アサト君」
「いいって、そいつを届けなきゃなんないんだろ? さっさと行け!」
「ああ!」
ドゥーガルドは去っていった。
「さて、俺はどうするかな……正直、こんな時間に異世界でやる事なんて無いからな」
アサトは、一気にヒマ人になってしまった。
目を閉じて、冷静に考えてみた。
とりあえず、翌日自分がいない事に気付けば、ブリジットかゼナスが
呼び出してくれるだろう。それまで自分に出来る事は、
疲れを蓄積させない事。すなわち、睡眠。
となると、次は寝る場所探しである。これに関しては、適当に探すことに決めた。

そして目を開くと、アサトの目に見えたのは、ルーファスの大地。
そこには、グリフィンではなく、チェリー=スタンフォードがいた。
「こんばんは、アサト殿」
「よせやい。俺がそんな柄かってんだ」
「うふふ。照れなくてもいいわ。あなたの名前は後世まで救世主として残るもの、
 これぐらい呼ばれていい威厳は持ってもらわないと」
チェリーは、薄く微笑む。気が強いように見えて、本当は優しいという、
いかにもグリフィンの姉といった感じの笑みが、よく似合う。
「冗談。で、何の用だ?」
「護衛及び、遊撃隊就任の報酬がまだだわ」
「いいのに、そんなモン……」
「馬鹿言わないで、他の人達にも報酬は払ったのよ?
 あなただけ払わなかったら、不公平じゃないの……」
「おカタいねぇ。ンな金あったら、生きるために仕方なく敵対してた奴等でも、
 アービトレーションで雇えよ。そっちの方が、よりよいルーファスの平和のためだと思うがな」
その言葉に、思わずチェリーは苦笑する。
「もう、あなたって人は……自分の得は考えないの?」
「まあ、少なくともあんた等のような連中を相手にして得しようとは思わんね」
「……どうしたら、あなたの力になれるかしらね? 私達は」
「そうだな、ピンチになったら助けてくれりゃあいいんだ。
 後は、麻酔銃の弾丸、いっぱいくれないか? 人を殺すのは好ましくないんだ」
「まあ、いいけど、どうしようもないお人好しね。別に協力する義務も義理も無いのに」
麻酔銃の弾丸を数百発渡してもらいつつ、チェリーが呆れ顔で言う。
「協力する権利はあるだろ?」
「……っ! これ以上……な……でよ!」
チェリーが思い余って何か言ったが、小声と興奮のせいで半分は言葉になっていない。
「ん? 何か言ったか?」
「もういいわよ! この鈍感!」
チェリーはそっぽを向く。
「私達の家で休んでいってちょうだい」
「あ、ああ」
どうして自分が怒られているのか分からないまま、チェリーに案内され、
スタンフォード家に向かった。家へは十分ほどで着いた。
「悪いけど、ソファーでいいかしら?」
「構わねぇよ」
とりあえず、疲れを残さぬよう眠った。

だが、朝起きると、志乃の部屋にいた。しかも志乃のベッドの上に寝かされている。
「……あれ? 志乃の部屋?」
更に、志乃が隣で寝ていた。
「うぉわっ! 何してんだ志乃っ!」
思わず志乃を揺り起こす。
「むー……あ、おはようございます」
「おはようございます、じゃあなく! 何をしてるんだと訊いているんだ!」
「懐かしいですねぇ。小さい頃は、こうやってよく一緒に寝ましたもの」
「あ、あのなあ……」
志乃のこの無頓着さが怖かった。
倫理への反逆に近いこの行為、朝人にしてみれば肝を冷やす思いである。
もし、涼や霧子が見ていたら、何と言われるか分かったものではない。
「とにかく、俺を呼び戻したのは志乃だな?」
「ええ、定期的に呼び戻す約束ですし。でも、既に寝てましたから、
ベッドに寝かせたんです。それで、つい小さい頃が懐かしくて……」
「はあ……」
ため息が出るばかりである。
ともかく、涼と霧子に状況報告を済ませ、朝食をとり、また準備をする。
「ちょっと二階へ行こう。色々話しておかなくちゃな」
「手伝います」
二人で階段を上がっていく。すると――
どたむ!
「きゃ!」
志乃が、階段でコケた。
がしっ!
「うおおわっ!」
どたどたっ! ばきっ!
志乃がその勢いのまま朝人にしがみついたため、朝人は階段の角に顔面を打ちつけた。
が、二人起き上がった場所は朝霞家の階段ではなかった。

第四章に続く


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