アナザー・コールズ 第四章 どうにもこうにも異世界


アサトとシノは、バーナバスの大地の上で起き上がった。
「ここは……バーナバスか!」
「ガートルードじゃないんですね」
「という事は……あ、やっぱりお前か! ドゥーガルド!」
「あれ? アサト君、その方は?」
「シノ=アサカ。俺を呼び戻せる唯一のチキュー人だ」
「ああ、初めまして。ドゥーガルド=ネルーダっていうんだ」
「どうも」
ぺこりとおじぎする二人。
「それで、何の用なんだ? ドゥーガルド。もうお前からの仕事は終わったぞ」
「君、魔法を使ってたよね? だったらこれが役に立つはずだ」
ドゥーガルドが渡したのは、ボトル飲料三本だった。
「マジック・ボトルだ。一時的な魔力増強ができる。
邪魔にはならないよ。なんせ、ボトルの方も硬金属製だし」
「そうか……何から何まですまない」
「いいんだってば」
ドゥーガルドは、ボトル三本をアサトに手渡す。
「さ、ガートルードへ行こうか、シノ」
「はい……ガートルードへ飛びます!」
シノのその言葉を条件に、二人はガートルードへ飛んだ。

そして、二人は約ゼロコンマ三秒だけガートルードの大地を見た。

二人(というかアサトだけを呼び出すつもりだったのだろう)は、
どうやらルーファスに呼び出されたらしい。
そこには、スタンフォード姉弟がいた。
「おめーらは……一体何の用だ、スタンフォーズ」
「何、複数形で人の苗字呼んでんのよ」
チェリーが少しムッとするが、グリフィンの方はシノの方が気になったようである。
「その人は? 『巻き込まれ』たんですか?」
「ああ、彼女は、シノ。俺の恋人」
チェリーの表情が少し歪むが、彼女はすぐに冷静さを取り戻した。
「チェリー=スタンフォードです、よろしくね、シノさん」
「グリフィン=スタンフォードです。天空世界ルーファスにようこそ」
とりあえず、自己紹介する二人。
「実はね、アサトさん、グリフィンを異世界に連れて行ってもらいたいのよ」
「はぁ」
「修行が必要なのよ。この子、経験が無いもんだから、才能はあるのに、
召喚は使えても、その他がちょっとね……私は多少はフォローが効くし、ね、頼むわ」
「いや、俺はいいんだが……シノ?」
「はい?」
「グリフィンの『個人波長』覚えとけよ?」
「大丈夫です」
召喚の対象を個人にする際には、個人の持つ何らかの『波長』を基準にする。
それは、シノも十分ゼナスから教わったようである。
「よし、それじゃあ、改めてよろしくな、グリフィン」
「はい! こちらこそよろし――」
彼の声はそこまでしか聞こえなかった。

もうその瞬間には、近くにいた二人はガートルードに召喚され、
ブリジットをはじめとする討伐隊馬車の中にいたからである。
彼女の他にも、数名の人間がいるが、割と友好的な雰囲気である。
「よ、よお……ブリジット」
「どぅもぉ。 あ、シノさんも一緒ですか」
「ゼナスは一緒か?」
「はい」
「そうか……もう出発してるんだな。ブリジット、
 もう一人連れを召喚するが? 別にかまいやしないだろう?」
「ええっ? 危険ですよ?」
「いいんだよ、すこぶるつきの魔術師だしな」
「そうですか。じゃあ召喚して下さい」
そういって、召喚対象が出てくるスペースを空けるために、その場を動く彼女。
「よし、シノ、やってくれや」
「はい。グリフィン=スタンフォードをこの場に召喚せよ……」
その一言を条件として、グリフィンを呼び出した。
まばゆい光と共に、グリフィンが現れた。
そのあまりにまばゆい光に、仲間達から少々ブーイングが飛ぶが、気にしてはいけない。
相変わらずにこにこしながら、シノへ話しかけてくる。
「あなたが呼び出してくれたんですね、シノさん。
 ありがとうございます。正直、いきなりあなた達が消えて、
 どうしようかと思ってたんですけどね」
「どういたしまして」
「んな挨拶いいからよ、彼女に自己紹介してやってくれ、グリフィン。
 彼女が、俺が異世界に来るはめになった発端とも言っていい人物だ。
 この世界での俺をサポートしてくれている。ほら、ブリジットも」
アサトは、二人に自己紹介を促す。
「よ、ようこそ魔道世界ガートルードへ。あたし、ブリジット=クーパーです。
 フードかぶったまんまでごめんなさい、よろしくお願いしますね」
「あ、どうもー。グリフィン=スタンフォードです。
 天空世界ルーファスって世界から来ました。よろしくお願いします。
 あ、フードはしてた方がいいなら、そのままで」
「あ、そ、そうですか?」
アサトは、今頃フードが気になった。
「そういや、なんでいつもフードかぶってんだ? ブリジット」
「……お互い目を見て話すと、恥ずかしいじゃないですか」
「ふうん、そういうもんかねぇ……?」
どうやらアサトは、彼女がちょっとした人見知りする性格だとは分かっていないらしい。
「おしゃべりはおしまいだ」
ゼナスの声が、馬車の前の方から聞こえる。どうやら御者を担当しているらしい。
「……着いたぞ、ヘティーの居城だ」
「!」
討伐隊全員が馬車の外に出る。
するとそこには小綺麗なたたずまいの小さな城が見えた。
庭園には花が咲き乱れ、美しい蝶や白い小鳥まで飛んでいて、
噴水がその雰囲気をより良く飾り立てている。
「……本当にここか?」
アサトがぽつりと一言もらす。
「……間違えた。ここは火の国の城だった。本物はもうちょっと先にあった。
 馬車に戻ってくれてかまわないぞ」
ゼナスが悪びれもせずに言う。やれやれとばかりに全員馬車に戻る。
「ともかく、ブリジット」
「はい、何でしょう? アサトさん」
「グリフィンの奴に今回の目的を教えてやってくれ」
「分かりましたっ」
グリフィンにあーだこーだとジェスチャーしつつ解説を始めるブリジット。
それを尻目に、アサトとシノはゼナスに話しかける。
「よう、ゼナス。あんた御者なんてやってんのか」
「どうも、ゼナスさん」
「ああ、アサトにシノか」
ゼナスは馬車の制御のため、振り向かずに答える。
「馬車の扱い方など、私しか知らんのだから仕方があるまい」
「人材いないんかい……ここの討伐隊には」
「民間人が中心だからな。私も、たまたま馬を扱った経験があるだけだ」
「人材がいなくて悪かったな」
数名の知らない人間のうちの一人が皮肉を込めてアサトに話しかける。
禿頭の体格の良い男だ。
「あ。す、すまない。気に障ったのなら謝る。悪気あっての事じゃないからな」
「いいさ、分かってるよ。それに短い付き合いになるとはいえ、
 仲間は仲間。しょっぱなから内輪モメなんぞ、俺もごめんだ。
 ついでだ。自己紹介しよう。おい、おめえら!」
禿頭の男の声に従い、他の三人が立ち上がる。
そして、各々自己紹介を始める。まずは禿頭の男が名乗りをあげた。
「ホプキンズ=バーンストンだ」
「ゴドフリー=ラオです。よろしく頼みます」
「モーリス=シャルパンティエという者だ」
「ユニケ=レストレードいいますー。よろしゅう」
ホプキンズに続き、銀髪の渋い中年弓使い、赤髪の三十代前半の槍使い、そして最後に
異世界人のくせに何故か妙な訛りのあるしゃべりの長身の青髪の女性クレリックが、
それぞれに自己紹介をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
照れながら、何とかぺこりとお辞儀するシノ。
「あはは。かわええなぁ、もう」
カラカラ笑って、ユニケがシノの頭を撫でる。
その様子を、他の三人や、ブリジット、グリフィンが微笑ましく見ている。
「今度こそ着いたぞ」
いきなりゼナスの声が聞こえる。全員、慌てて馬車の外に出た。
そこには、城というより多少大きめの一階建ての屋敷だった。
全体的に灰色を基調としたカラーリングは、見た者の記憶に残りやすい。
先程の火の国の城ほどではないが、割と清潔が保たれているいい屋敷だ。
「ゴドフリー、モーリス。自分の馬を馬車から切り離せ。戦闘準備だ」
ホプキンズの素早い指示が飛ぶ。
「ほら、おめえらも早く準備だ!」
こちらにも指示が飛んでくる。
「おめえじゃねぇ! アサト=サワハラってんだ!」
「シノ=アサカです」
ちょっとムッとして答えるアサトと、シノ。
「え、ええと。ついでにグリフィン=スタンフォードです」
その後方からおずおずとホプキンズ達に自己紹介をするグリフィン。
「分かったから、早く準備だ!」
「……おう!」
とりあえず分かってもらえたので返事して、戦闘準備を整える三人。
「行くぞ!」
ゼナスとホプキンズの号令が下り、全員突入する。
二頭の馬車馬に乗るゴドフリーとモーリス。
どうやら、馬車馬は彼らの愛馬でもあるらしい。
その彼等が先陣を切って突入する。
すると、向こうは既に迎撃態勢が整っていたらしく、先制攻撃を仕掛けてくる。
召喚された小さめのストーンゴーレムがヘティー軍の主戦力らしい。
その他にも、サイクロプスと呼ばれるモンスターが少数いた。
ぐぉんっ!
ストーンゴーレムが、ゴドフリーめがけてパンチを放ってくる。
「ゴドフリー!」
モーリスが自慢の槍をもって、ゴドフリーを狙うゴーレムの胸に槍を刺した。
それと同時にモーリスは馬にゴーレムを蹴らせ、離脱する。
動揺しているサイクロプスをすかさずモーリスが弓で射倒す。
「聖なる力ぁ、ゴーレムに縛り付けられし大地の精霊の魂を解放しいやー!」
ユニケの訛り混じりの呪文で、数体のゴーレムが崩れ去る。
ゴーレムの体を繋ぎ止める役割をしていた大地の精霊を、解き放ったのだ。
これではゴーレムは崩れるしかない。 「はあああああああっ!」
最後にホプキンズの斧が数体のゴーレムを一気に両断する。
「やるじゃねぇか、ホプキンズ!」
アサトは自分も負けまいとばかり、プラズマセイバーのリミッターを外す。
「おぉぉらぁぁぁっ!」
「当たれっ!」
後からやって来たぜナスと共に、ゴーレムをすぱすぱ斬りまくるアサト。
「みんな、離れて下さい! 一気にカタをつけます!」
グリフィンが叫ぶ。
素早くそれぞれが退避する。
「それでは、いきますよ! シノさん、ブリジットさん!」
「ええ」
「はぁい」
ゴーレムやらサイクロプスやらがグリフィン達三人を狙って突撃してくる。
しかし、三人ともそれを見越しての行動だった。
「大いなる炎よ! 我が敵をなぎ払え!」
「広範囲プラズマボール、発射!」
ごぉぉぉぉぉぉっ!
ばぢばぢばぢっ!
ブリジットとシノの呪文が発動する。それよりコンマ数秒遅れて、
グリフィンの魔法が発動した。
「巨大竜巻、ゴー!」
ごぁぁぁぁぁぁっ!
グリフィンが出した巨大な竜巻は、先の二つの魔法めがけて飛んでいった。
ばごごごごごごごごご!
その二つの魔法は空中で合体、停止し、放電する火球となって空中に浮いていた。
そこに、グリフィンの竜巻がやってきて合体魔法を飲み込み、
放電する火炎竜巻が完成した。その放電火炎竜巻は、
その場にいる全ての敵を感電させ、焼き尽くし、吹き飛ばしていく。
危うくホプキンズも巻き込まれそうになる程凄まじい威力だ。
「うわわああっ! 馬っ鹿野郎っ! 危ねぇじゃねぇか、こんな作戦考えたん誰だっ!」
荒れ狂う放電火炎竜巻をバックに、ホプキンズが肩をいからせ、三人に詰め寄る。
「あ……あは……」
ブリジットがおずおずと挙手する。
「おめぇかぁぁぁっ! おめぇなのかぁぁぁぁぁぁっ! ちったぁ考えろぉぉぉぉっ!」
「うーっ! うーっ! うーっ!」
ぎううううううううう。
ブリジットのほっぺをフードの上から器用につねり上げる怒りのホプキンズ。
まあ、放電火炎竜巻などというやたら物騒な合体魔法に巻き込まれかけては当然だが。
ひとしきりつねったあと、彼は怒りながらゼナスのいる方に行った。
「うえええええ……」
地面にうずくまって泣くブリジットを見て、グリフィンが慰める。
「大変だね、ブリジットさんも……はい」
グリフィンが差し伸べた手につかまって立ち上がるブリジット。
何か自分にも思い当たる節があるのか、グリフィンはやけに親近感をもったようだった。
「ありがとうございますぅぅ」
いい加減、放電火炎竜巻も収まって、辺りにはゴーレムの残骸やら、
焼け焦げたサイクロプスの死体が残るばかり。
「よし、行こう。皆、ゴドフリーとモーリスに遅れるなよ」
ゼナスが指示を出す。
その指示が飛ぶと同時に、ゴドフリーとモーリス(+愛馬ズ)が突っ込んでいく。
アサト達はその後方からむやみやたらに広い庭を駆け抜けていく。
「ま、待ってぇぇぇ」
一人、ドンくさいブリジットが遅れる。シノもブリジットほどではないが、
だいぶゴドフリー達から離れている。
「モーリス、戻ろう」
「しょうがないな!」
ゴドフリーとモーリスが突然戻ってきて、ゴドフリーがシノを、
モーリスがブリジットをひょいと抱え上げ、自分の馬に乗せる。
この方が早いと二人は判断したのだ。
確かにそうなのだが、アサトはちょっとだけ腹を立てる。
(くっそ。そいつぁ俺の役目じゃねぇか!)
まあ、馬を操れないアサトには問題外の話だが。シノを助ける役を
取られるのが非常に悔しかったのである。
「おい、ゴドフリー! シノこっちによこせ! 俺が担いで運ぶ!」
「ええっ!?」
シノが思いっきり動揺の声を挙げる。
「ご老体にはつらいだろう?」
「おやおや、私は年寄り扱いですか?」
ゴドフリーは苦笑する。
「それじゃ、シノ君は返しますぞ」
「え?」
ゴドフリーはシノを馬上からアサトに向かって放り投げた。
「いやぁぁぁぁっ!」
「なんつー事するんだぁぁぁぁぁっ!」
がしぃっ!
アサトは、しっかりとシノをキャッチして、すぐさま担ぐ。
「ちょ、ちょっと、アサトさん!」
頬を真っ赤にしながら焦るシノ。
「黙ってろ! 俺に任せときゃいいんだっ!」
「ええええっ?」
「どぉぉぉぉけどけどけどけぇぇぇぁぁぁぁぁぁっ!」
今までにないスピードでゼナスやユニケを追い抜きながら庭園を走り抜けるアサト。
それも、シノを担ぎ上げたまま。
「いやー、若いってなぁいいねぇ」
「そうですな」
追い抜かれざまにゴドフリーとそんな事をしゃべるホプキンズ。
「待って下さいよ、アサトさぁぁん!」
グリフィンも、意外に速い足で、アサトとシノを追いかける。
結局、最後尾は、ホプキンズとユニケになってしまった。
「待って、アサトさん!」
「しゃべるなシノ! 舌噛む!」
「そうじゃなくて、横、横!」
「!」
左右からはハウンドウルフと呼ばれるモンスターがアサト達に接近してきていた。
ちなみに、この世界のモンスターに関する知識は、大概ブリジットから聞いておいたものだ。
「ちぃっ! ジャマだぁっ!」
プラズマセイバーを抜き放ってさらに加速する。
「アサトさん! 私を降ろして下さい! このままではあなたが危険です!」
「馬鹿! 何を言ってやがる! わざわざ危険の中に飛び込もうとする奴があるか!
 お前が死んだら、親父さんもお袋さんも泣くぞ!」
「あなたが死んでも、父さんや母さんは泣きますよ!」
「なら、じっとしてな! お前が動くとやりにくいんだ!」
「そんな!」
プラズマセイバーであしらうが、どうしても多数の傷が付いてしまう。
とうとうシノは見かねて、援護のために魔法を唱えた。
「落雷よ、アサトさんを傷付ける者を打ち据えて!」
カカッ!
ドォォォォォォォォォン!
襲いかかってきたハウンドウルフ全てを、シノの雷光が打ち据える。
「ギャワン!」
「ギャウン! ギャウン!」
全てのハウンドウルフをあっけなく倒し、シノはアサトに降ろしてもらった。
が、シノはその場にうずくまって、顔を手で押さえ、泣きだしてしまった。
「どうしてあなたを守るために戦っちゃ駄目なんですか……私は、
 あなたの足手まといは嫌です。あなたの役に立ちたいのに、
 どうしてそういう事を言うんですか? 私は、決して
 あなたの役には立てないと言うんですか?」
「誰もそんな事言ってないだろが。それこそ、お前に死なれたら、
 俺が困る事になんら変わりは無ぇよ。俺の知る限り、
 お前は俺を元の世界に戻せる唯一の人間なんだからな」
はっ! とシノは顔を上げた。
ようやく気付いたのだ、彼にとっての自分という存在の重要性に。
「だから、間違っても死ぬな。誰のためでもなく、お前と俺のためにだ!」
ここで、どちらかのためだけと言わないところがアサトらしい。
必ずアサトはシノを立てて行動し、シノはアサトを支えようと努力する。
だから、時々気持ちがすれ違いになる。
二人の喧嘩は珍しい。が、全く無いわけでもなかった。
しかも、両想い故の喧嘩というから、全く難儀な話である。
「ほら、立った立った。俺が悪かったから。どうもひどい事言っちまったようだ」
「ううー……」
とりあえず、シノはアサトが差し出した手を握って立ち上がった。
「いいなぁ……シノさん……あんなに恋人に甘えちゃったりして……」
そんなアサトとシノを、馬上からブリジットがうらやましそうに見ていたりする。
「ブリジット」
その馬の持ち主、モーリスがブリジットに語りかける。
「何ですか?」
「こんな言葉がある。男の数は人口の二分の一」
「……フォローになってません」
疑いの眼差しをモーリスに向けるブリジット。
「まあ聞け。焦らなくてもいいんだ。お前ほどの女をそうそう男が放っておくはずがない。
 今は待て。私は予感がするんだ。お前の相手は向こうから攻めて来るという予感がな。
 案外、近くにいるかもしれんぞ」
「……?」
ブリジットはさっぱり意味が分からなかった。
「まあいい。とにかく時期を待て。今は分からない方がいいかも知れんしな」
そう言って自らとブリジットを乗せた馬を走らせるモーリスを先頭に、
全員が屋敷に向かって再び走り始めた。
そうして、しばらく進むと、ようやく、建物玄関に到着した。
そこには、招かれざる来客を拒む大きな扉。アサカ家の倍以上ありそうだ。
あまりの大きさに、アサトは開いた口が塞がらなかったりする。
「……どうする? えらい頑丈そうにできてるんだけど」
「知ってるか、アサト」
「何をだ、ゼナス」
「扉は壊れるためにあるんだ中プラズマボォォォォォォォル!」
ばしゅん!
ばぢばぢばぢばぢばぢっ。
ぷしゅう。
間髪入れずゼナスが解き放った呪文により、扉に大穴が開き、
周囲に多少の電流をばらまき、ゴドフリーの頭にちょっとしたパーマがかかっていた。
どうやら静電気を受けやすい体質をしているらしい。まあ、すぐに元に戻るのだろうが。
「ほな行こかー?」
「あ、ああ……」
ユニケの持つ雰囲気に圧倒されつつも、一同中に入る。
中は怪しい雰囲気がそれほどあるわけでもなく、とりたてておかしいわけでもない。
簡素な造りの屋敷だが、安心感あふれる屋敷だ。
しかし、その安心感は一瞬にして断ち切られてしまった。
ゴーストが多量に出てきたのだ。
さすがにプラズマセイバーでも、ゴーストの類にはあまり効果が無い。
きゃーきゃー喚くブリジットや慌てるアサトを尻目に、ユニケは杖を掲げる。
「えらいいっぱい破邪ぁ♪」
ぱぁぁぁぁぁぁぁ。
じゅ。
そのやたらアバウトな光の呪文により、大量のゴーストはあっさり浄化され、消えた。
「ありがとう、ユニケさん」
「ブリジット、あんたも破邪魔法ぐらい覚えといた方がええでぇ」
「考えときますね」
そうして、さらに奥深くへ進む。
「ん? 何だありゃ?」
ホプキンズがふと足を止める。その先には、人型の物体があった。
「明らかにガートルードには存在しないな。異世界のリビングメイルみたいな物か?」
ゼナスが分からないなりの推測をする。
「いや、あれは……」
アサトが見る限り、日本のSFアニメなどで見られる、人型兵器である。
「俺達の世界の空想娯楽の中に出てくる人型の機械兵器ってやつに似てる。
 よく、トルーパーとかって呼ばれる奴だ。気を付けろ。そういうパターンだと、
 大概強力な火器を積んでいたりするんだ。迂闊に行動すると死ぬぞ」
とりあえず、シノ以外の全員を退避させるアサト。
(しかし、なんでこんなモンがこんな世界にあるんだよ……?)
アサトは愚痴りつつ、プラズマセイバーを抜き放った。
「グリフィン。俺とシノに風の結界を。すこぶる強力なヤツを頼むわ」
「あ、はい。すこぶるつきの強力風結界よ。二人を包み込め!」
(もうちょっと言いようってもんが無いのかなあ……)
そう言いながらも、しっかり結界で包んでもらった。
まだ『トルーパー』は動く気配を見せない。
アサトとシノは、じわりじわりと近寄る。
次第に間合いを詰める両者。しかし、その距離が約三メートルを切った瞬間。
がちゃこん。
いきなり『トルーパー』の肩、足、胴カバーが開き、ミサイルが姿を現した。
「げげっ!」
どうやら、一定範囲に入った者を自動攻撃するシステムになっているらしい。
「みんな、そっから離れろーっ!」
アサトが叫ぶと、全員退避する。
「行くぞ、シノ。奴が結界を破るのが先か、俺のセイバーが奴に届くのが先かだ」
「分かりました!」
「走れぇっ!」
だだっ。
ばばひゅんばひゅんばひゅん!
アサト達がダッシュすると同時に『トルーパー』はミサイル十発を連続発射した。
どむっ! どどむどむっ!
風の結界に当たって爆発するミサイルにたじろぎながら、二人は一直線に走った。
その結果、何とか風の結界が破られる前にこちらの射程内に『トルーパー』が入った。
「いっせぇーのぉ、でぇ、そぅぅぅりゃぁぁぁっ!」
間合いとタイミングを計って、プラズマセイバーを十字に振る。
すると、ものの見事に『トルーパー』はその形に切れた。
「ふっ、今日の必殺剣はよく斬れる……ぬぁんちゃってな、はっはっはっ……」
「せーのぉ」
アサトが一人でキメて笑っていると、シノのやたらのんびりした声が聞こえる。
「!」
彼が驚いて振り向くと、シノは腕に何らかのエネルギーを集めていた。
「冷風の……衝撃波ぁーっ!」
びゅどごっ!
衝撃波を伴った吹雪が『トルーパー』を凍らせながら砕く。
「うあああああああああ!」
外からもホプキンズとかグリフィンとかの悲鳴が聞こえてくる。
「何しとんじゃオノレはぁぁぁぁぁっ!」
思わずツッコミを入れるアサト。
「いえ、ですから、機械ってのは冷却して完全に機能停止するわけですし」
「限度っつーもんがあるだろーが。ほら見ろ、俺の髪なんか凍ってっぞ!」
「すいませ〜ん……僕もブリジットさんも……」
外から入ってきたグリフィンとブリジットは、マントとマントが凍って繋がっていた。
ほとんどセット人形のように密着して並んでいる状態である。
もともと近くにいたところに吹雪をくらったのであろう。
「あ、あのう……これ、外してくれませんか? こんなに密着してると恥ずかしくて」
ブリジットがうつむきながらゼナスに頼み込む。
「自分の炎の魔法で氷を溶かせ。自分達のマント焦げるの嫌ならやめておけ」
「そんなぁ!」
冷たく言い放つゼナスにブリジットが抗議するが、取り合ってはもらえなかった。
未だ未熟なブリジットでは、細かい火力の調整まではきかないので、どうしようもない。
結局その後は、双方照れて口もきかぬまま、二人一緒に走ることになった。
そうやって先に進むと、道が二手に分かれている。
「二手に分かれるか、一つずつ調べるか」
「さあ、どうする? ホプキンズ」
ゴドフリーとモーリスがホプキンズをからかうように言う。
「お前等は……ちったぁ自分で考えろよ……頭脳労働が面倒臭いからって、
 俺やユニケに押し付けてねーでよ」
「ま、冗談はともかくだな」
ゼナスが挙手する。
「多数決だ。二つに分かれるか、一つにまとまるか」
多数決の結果、二手に分かれる事になった。
右の道担当が、アサト、ユニケ、モーリス、くっついたままのブリジットとグリフィン。
左の道担当が、ゼナス、シノ、ホプキンズ、ゴドフリー。
「また後で!」
アサトがそう言うと同時に、全員がそれぞれの行くべき道へ走りだす。
そして、その二十秒後――
二つに分けた部隊はあっさり合流した。
「……あれ?」
ただ単に、一つの部屋を通路が囲む形になっていただけらしかった。
馬鹿馬鹿しいと言えば、これ以上馬鹿馬鹿しい事は無いかもしれないが、事実は事実だ。
その通路に囲まれた部屋に入ることにした。
というよりは、これ以上進むべき道が無かったのだ。
いくら屋敷が広かろうとも、さすがにこればかりは仕方が無いし、
大体この屋敷に散策しに来たわけでもない。
そして、そこのドアの上の壁には『個人書斎』と書かれた札が掛けてあった。
「……入るぞ」
ゼナスが言うと、全員に極度の緊張が走る。
がちゃり……。
しかし、開けて中に入った瞬間に、氷の弾丸とも呼べる魔法がこちらへ飛んできた。
「中ファイアボール、発射っ!」
しかし、いつの間にか呪文を唱えてスタンバイしていたブリジットが、
ファイアボールを放ち、氷の弾丸と相殺させた。
「ナイスだ、ブリジット!」
ゼナスから珍しく誉められるブリジット。
だが、その炎と氷の衝突による効果で、辺りに霧が発生した。
その霧の中からうっすらと姿を現したのは、アサトよりやや長身の
紫色の髪と漆黒の瞳を持つ一人の優美な大人しそうな女性だった。
椅子に座ったまま話しかける。
「ヘティー=マクレガーだな?」
くすくすと笑い声。ゼナスの詰問にも、彼女は依然、余裕のままである。
「何がおかしいってんだ、てめぇ!」
「黙っていろ、ホプキンズ!」
ゼナスが怒るホプキンズを制止する。
「他人に名前を聞く前に、自分から名乗るのが礼儀ではないのですか?」
「これから死ぬ人間の名を聞く必要は無いっていうのが、敵役のパターンだろう?
 まあいいだろう、名乗れというならそうしようじゃないか。
 お前を捕らえる人間の名を聞いておくがいいさ」
「あら、名乗っていただるんですのね、ありがとう」
また、くすりと笑う彼女。あくまで優雅なその姿勢を崩さない。
「ゼナス=マリーウェザーだ」
「科学世界チキューの一般人、アサト=サワハラだ」
「同じく、シノ=アサカです」
「ホプキンズ=バーンストンってんだ、よっく覚えときやがれ!」
「ゴドフリー=ラオという者ですよ」
「モーリス=シャルパンティエ」
「ユニケ=レストレードや、よう覚えとき」
「ブリジット=クーパーです」
「天空世界ルーファスのグリフィン=スタンフォードです」
敵に自己紹介というのもおかしな話だが、お互い名も知らぬまま戦い、
どちらかが倒れても名も呼べぬとなれば、それこそ絵にも何にもなりはしない。
「うふふ、ありがとう。それじゃ、自己紹介しますわね。
 私はヘティー=マクレガー。海底世界メイヴィスの魔術師です。
 よろしくお願いしますね」
「……あ!」
突然、シノがヘティーを見て叫ぶ。
「どこかで聞いた声だと思ったら、あの時の人じゃないですか!」
「何 シノ! どういう事だ! 何故お前がヘティーを知っている! まさか……!」
アサトは嫌な予感がした。
「お久しぶりね、シノさん。あの時はフードをかぶっていたから、
 すぐには分からなかったかも知れませんわね。あの時お教えした魔法、
 お役に立っていらっしゃるのかしら?」
その一言は、彼女がシノに魔術を教えに行った謎の人物だということを証明していた。
「やっぱりか……! まさか、シノが教えてもらった相手ってのが、
 俺達の敵だったとはな? 何故、シノを魔術師にしたんだ! 答えろ、ヘティー!」
「それには、何故私がこういう事をしたのかから、話さなければいけませんね……
 いいでしょう。何もかもお話します。その上で、よければ是非私達に協力していただければ、
 これほど幸いな事はございませんわ」
そう言って、彼女は椅子から立ち上がった。
「私は、故郷を変えたかったのです」
「?」
正直、全員がヘティーの言った言葉の意味を分かりかねていた。
「私の両親は、盗賊に殺され、命からがら生き延びた私は、
 生きるためになんでもやりました。窃盗、強盗、傷害、密輸……でも、
 そんな私を助けてくれた人がいました。どん底にいた私を救い出してくれた人がいました。
 でも、その人は、私一人がどん底から抜け出すのに怒った人によって殺されました。
 そうして、また一人ぼっち……」
ヘティーの話は続く。
「そうして行き着いた先は魔法の学校……ここで私は自分の魔力を開花させました。
 素晴らしい師に巡り会い、力を引き出してもらいました。けど、その師は、
 私の内なる力を読み違えて、私の力を開花させると同時に、
 私の力を誤って暴発させ、亡くなられてしまいました。その時、師は言ったのです。
『ヘティー。私の意志を継いでくれ。未だ混乱に満ちたこの世界に平穏を――』
 と。だから、力を求めているのです」
「ちょっと待て、ヘティー。お前の話はよく分かったが、
 それがどうしてガートルードにちょっかい出して、各国の戦争を煽ったりする理由になる!
 元々一触即発の状況ではあったが、何もわざわざ
 長い戦争に発展させる事はなかったはずだぞ!」
ホプキンズが抗議する。
「私は、力を求めているといったはずですわ。私が欲しかったのは、
 魔道世界であるこのガートルードの四つの王国の秘奥技魔術です。
 各国が疲弊した隙をついて、秘奥技魔術は勝手に侵入して会得させていただきました。
 その他にも、バーナバスという世界に行き、勝手にダンジョンに侵入させていただき、
 アイテムを頂戴しましたし、そこのグリフィンさんの世界、
 ルーファスにも行き、色々な人をけしかけて、各宗教から
 神官戦士の技を会得してきましたわ。人を殺さないように言い聞かせたのですけど、
 どうも聞いてくれなくて、申し訳ありませんでした」
「……てっめぇ!」
「待ってくれ、ホプキンズ! 俺も言いたい事が残ってるんだよ!」
アサトはホプキンズの前に出る。
「力を求める事がなんでシノと……チキューと接触する事になるんだ!」
「あの世界に足を踏み入れたのは、この間が初めてでしたの。
 アサトさんの波長を念じる女性を条件……つまり、アサトさんを心配する女性を条件に、
 直にシノさんの所へ行く事が、つまりチキューに足を踏み入れる事ができました。
 私一人が強くなるより、協力者がいれば、より行動しやすいというもの。
 しかし、何の疑いも無く私を、自分の能力を受け入れてくれた純真な彼女を巻き込むのは、
 あまりに忍びなかったのですが……」
「……それにしたって、あんたのした事は、到底許される事でもないはずだ」
「分かっております。メイヴィスに平穏をもたらした後は、
 メイヴィスの全力をもってして、それぞれの世界の
 サポートにあたるつもりでいます。その後、私は自ら死にます」
「そんな勝手を!」
「そう思うなら止めてみてくださいな。ガートルード、バーナバス、ルーファス、
 そしてメイヴィスの力を使いこなすことのできる私を、止められるものなら……」
「あんたは勝手に死んでいい類の人間じゃないんだ、お前が自ら死への道を歩むなら、
 俺はそれからあんたを守るために、ヘティー、あんたを倒す!」
 アサトはプラズマセイバーにリミッターを付けて、その腕に握った。
「そう、倒せるものなら、倒してみてください。ただし、どちらにせよ
 書斎は戦いの場ではありませんわ。また会えるものなら、お会いしましょう。
 それでは……メイヴィスへ」
ヘティーはその言葉を呪文として、ガートルードから消え去った。
「これで、ガートルードの件は片付いたな? ブリジット」
「ええ。和平はもうすぐ成立しますよ、アサトさん」
よく見ると、アサトの質問に答えたブリジットは、ようやく氷が溶け、
マントがくっつきっ放しだったグリフィンと離れる事ができたようである。
「だが、奴との決着がまだだ」
「そうですね。僕等アービトレーションの敵対者の首領が、
 まさか異世界の人間だとは思いもしませんでした。
 決着を着けた後にでも、姉さんに報告しないと……」
グリフィンも覚悟を決めたようである。
「私も帰る。これから故郷に帰って、事後処理をしなければならない。幸運を祈るぞ」
と、ゼナス。それだけ言うと、去っていく。
「ちょっとの間だったが、楽しかったぜ」
「アサト、シノ君。君達とはまた色々と話す事がある。無事に帰ってくるのだぞ」
「ブリジット、また酒でも飲み交わそう。それに、グリフィンもだ」
「ほな、気ぃ付けやー」
ホプキンズ、ゴドフリー、モーリス、ユニケの順に言いたい事を言って去っていく。
「……さて」
アサトは、一通り彼等を見送ってから、相談を始めた。
「さて、ブリジットはどうする?」
「ここまで手伝ってもらっておいて、ここでさよならはできませぇん。
 最後まで付き合わせていただきますよー」
ブリジットが、彼女らしからぬ頼もしい事を言う。
「なら決まりだな。この中で自還魔法が使えるのはシノだけだな?」
「はい」
「なら、全員シノを囲むように立つんだ」
アサト、ブリジット、グリフィンがシノを囲んで立つ。
「ええと……そういう風に囲まれると、妙に照れるんですけど……」
「あー、我慢我慢。こうしないと、他人を『巻き込む』範囲に全員が入んないんだから」
「は、はい。ヘティーさんの波長を追って、転移!」
しゅんっ!
若干の霧を残して、四人はその場から消え去った。

第五章に続く


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