アナザー・コールズ 第五章 決戦も異世界


「うあああっ!」
どさどさっ!
いきなり、メイヴィスのある建物内と思われる場所に出現した直後の
アサト達の上に何かが落ちてきた。三人はあっさり気絶してしまったようである。
しかも、それは、聞き覚えのある声を発していた。
「やれやれ、どうも初めてだからうまく転移できないなぁ」
ドゥーガルドだった。
「お、おい! ドゥーガルド! てめぇ、何でこんな所にいやがる!」
「お、アサト君。それじゃ、私の実験は成功したようだね」
「実験だぁ?」
「ああ。これを見てくれ」
ドゥーガルドが持っていたのは、見た目、ただの杖だった。
「これは?」
「自還の杖。これがあれば自還魔法が使えるんだ。それで、
どこに行ったらいいのか分かんないから、実験しようにも困ってしまって、
 君の波長を追うことにしたんだ」
「んで、いるわけか」
「そういう事」
つまり、ちょうど転移するのとほぼ同時にドゥーガルドは
アサト達の場所に向かって自還したのである。
「ちょうどいいや。今でも色々アイテム持ってんだろう? こっちを手伝ってくれ」
「何かあったのかい?」
「お前の国に保管されるはずだったアイテムをいくつか盗んでいった奴が
 この世界にいるんだよ。名をヘティー=マクレガーという魔術師だ。
 奴は、ガートルードって世界の秘奥技魔術を使い、バーナバスのアイテムを使い、
 ルーファスって世界の神官戦士の技を会得している強敵だ。
 少しでもできるだけ戦力が欲しいところだ。強制はしないが、
 できれば参加してくれれば、非常にありがたい」
「そうか。いいだろ。幸い、色々と持ってきているからね。
 それより、シノさんと、私が知らない二人を起こした方がいいと思うけど」
ドゥーガルドは、三人を指差して言う。
「それもそうだな、おい、シノ、ブリジット、グリフィン。起きれ起きれ」
とりあえず三人をゆり起こす。
「む〜……あ、ドゥーガルドさんがいる」
最初に起きたのはシノだった。彼女はつい最近、彼に面識があった。
「……うわっ! ドラゴン?」
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
その後に起きたブリジットとグリフィンは、どう見ても
自分達の認識ではモンスターにしか見えないドゥーガルドを見て、騒ぎ、喚く。
「ええと……そんなに騒がれても困るんだけど」
「うぅわ、しゃべった、しゃべったぞ!」
「きっと賢いのよ、強力なモンスターだわ!」
「……え〜と……アサト君?」
盛大な誤解を受けながら、ドゥーガルドはアサトにフォローを求めた。
「ええと、まずグリフィン。お前には何回か名前を聞かせたと思う。
 それからブリジット。お前は名前を聞くのも初めてだったな?
 二人に紹介しよう。竜世界バーナバスの発掘を生業とする竜人、
 ドゥーガルド=ネルーダってんだ」
「ど、どうも。ドゥーガルドっていうんだ、よろしく」
ようやく、グリフィンとブリジットが冷静さを取り戻した。
「ま、魔道世界ガートルードのブリジット=クーパーです。よろしくお願いします」
「天空世界ルーファスのグリフィン=スタンフォードです。よろしく」
とにかく、誤解は解けた。
(とりあえず、敵ではない事が分かってもらえただけ、良しとしよう)
そうでも思わないと、ドゥーガルドはとても平静を保ってはいられなかった。
「それにしても、この建物は一体なんなんだ?」
「海底世界メイヴィスとかいう異世界なのは間違い無いみたいですよ、アサトさん」
「ま、そうだろうな。ヘティーの波長を追ってきたんだからな」
シノの意見に、当然だという顔で答えるアサト。
「それに、ヘティーの波長がなんとなくだが、近くに感じ取れる。
 きっと、この建物の中にいるんだろう」
その時、いきなり、ヘティーの声が聞こえてくる。
「やっぱり来てしまったのですね。あなた方は……」
「!」
いきなり聞こえてきたヘティーの声にブリジット、ドゥーガルドは驚くが、アサトもシノも
グリフィンも、その仕組みに明らかに覚えがあった。
スピーカである。どうやら、天空世界ルーファスにも、似た物、あるいは全く同じ物が
あるらしいんだな、とアサトは一人で勝手に解釈した。
「このまま引き返して下されば、あなた達と戦う必要もありません。
 できれば、今すぐに帰ってはいただけないものでしょうか……?」
「そうはいかないな。言ったはずだ。あんたを死の歩みから引きずり出してやる」
「できれば、戦いたくはありません。どうしてもというなら、これで……」
がしょんがしょんがしょんがしょん。
大きな音を立てて歩いてきたのは。ガートルードで見たのとは違う機械兵器である。
それはどうしても、見た目、無闇やたらにデカい箱にしか見えなかった。
デザインもへったくれもないその容姿は、その分、
機能美に重点を置いているというのが、十分に予想できた。
「ちっ! まーたくそ厄介なモン引っ張り出してきやがってっ!」
アサトは、プラズマセイバーを抜き放ち、攻撃できる体勢をとる。
「強き風の結界よ、我等全員を包み込め!」
グリフィンが、強力な結界を張って全員をガードする。
これで、ひとまずは安全なはずだ。
ぴぴっ。
ばばどしゅうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
軽い電子音の後に、カバーが開き、箱はミサイルを発射した。
「げげっ! またかいっ!」
ずどむどどむどむどどむどむどぉぉぉぉぉん!
辺りに炸裂しまくるミサイル。
「まったく、あんな大人しそうな顔して、やる事ぁえげつないんだからなっ!」
「しょうがないじゃありませんか。向こうが戦いたくないって言ってるのに、
 こっちがほとんど無理矢理押しかけてるようなものなんですから」
愚痴をこぼすアサトをなだめるブリジット。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
そんな間にも、箱は休みなく今度は機銃を撃ってきている。
ミサイルみたいによけようが無い分、余計に始末が悪い。
「一体どこにあんだけの弾薬積んでるんでしょうか……?」
「このままじゃ、風の結界が持ちませんねぇ」
と、のん気にしゃべるシノとブリジット。
「どうだろう、アサト君。君の魔法を使うというのは」
「俺のか? ドゥーガルド。そりゃ見当違いだ。魔法の腕なら、
 俺はここにいる人間の誰一人としてかないやしない。
 グリフィンは手が空いてないから、シノかブリジットにでも
 頼んでくれ。何だったら、あんたがやってみてもいいじゃないか」
ドゥーガルドの意見を笑い飛ばすアサト。
「君達みたいに、科学の進んだ世界の人間でなければ、重力魔法はうまく使えないんだ。
 君とシノ君で、この部屋を効果範囲とし、我々の結界内に効果を及ぼさないように
 重力制御をやってみてほしい」
「そうか……重力が重くなるのを実感する機会なんて、少ないもんな」
「と言うよりは、皆無に等しい」
「分かった」
作戦は決定したので、アサトはシノに事情を説明する。
「分かりました。やりましょう。アサトさん」
「頼む……いくぞ!」
二人は同時に叫ぶ。
「結界の外で、部屋の中に効果を現せ、強烈な重力!」
「結界の外、部屋の中に効果を現して、強大な重力よ!」
二人いっぺんに魔法を放ったので、相乗効果で威力は倍加する。
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
ミサイルも機銃も、発射した瞬間に、尋常ならざる重力によって、
瞬時に地面に着弾してしまった。それらの爆風に巻き込まれ、
箱は勝手に自滅して壊れてしまった。
「ふぃー、さすがに危なかったですよ。あと一分ドゥーガルドさんの
 アイディアが遅れていたら、僕達全員ことごとく蜂の巣にされてましたね」
風の結界を消して、ようやく一息つくグリフィン。
「あ、あれあれ。あっちにあるのは通路じゃないかい?」
ドゥーガルドが指差した先には、明らかに通路らしきものがあった。
「ようし、行こう」
全員、注意を払いながら走る。
しかし、予想に反して何のトラップも見当たらぬまま、大きな部屋へ到着した。
とにかく大きい部屋である。ダンスホールのようだ。
ここで、大勢の高貴な人間がワルツでも踊れば、さぞかし絵になるだろう。
戦いの場としては、不釣り合いな事この上無いのだろうが。
シノやブリジットなどは、しばらく見とれてすらいた。
カツ、コツ……
そこに、薄い青紫色のドレスの上から、美しい装飾の施されたアーマーと、柄に女神が
掘り込まれている、透き通るような、白い刃の、不思議なレイピアを装備したヘティーが
ゆっくりと、ゆっくりと現れた。
顔は笑っていても、どこか憂いを帯びた瞳は相変わらずである。
「みなさん、お揃いで……少々、面子が変わられたようですが……
 どちらにしろ、私と、関わりのある方なのでしょうね……」
代表で、アサトがヘティーと話をする。
「そういうこった。あいつは、ドゥーガルド=ネルーダっつって、バーナバスの住人だ。
 発掘を生業としていて、あんたに奪われた遺産のアイテムを回収しに来てんだが、
 それはどうだっていい。そろそろ決着を着けさせちゃあくれねぇか?
 あんたが逃げ回っても俺達があんたとの戦いを諦めるようにゃ、見えねぇだろうが」
「……」
「……でなきゃ、泥沼だ。どっちが妥協するにしたって、このままじゃ収まらねぇだろ」
「やはり、そうですか……」
「ああ」
アサトは、プラズマセイバーにリミッターを付け直す。
「勝負だ、ヘティー=マクレガー」
「あなたには感謝していますが……ヘティーさん、アサトさんの敵になるなら、
 私はあなたと戦わなければいけません」
「さすがに短い間とはいえ、ガートルードの平和を乱したのですから、
 ただで許すわけにはいきません。覚悟して下さい、ヘティー」
「とりあえず、国の文化遺産を取り戻すため、私も戦うよ」
「僕達アービトレーションの戦いは、今、決着を着けてみせます!」
 アサト、シノ、ブリジット、ドゥーガルド、グリフィンの順に言うべき事を言い、
 それぞれが戦闘態勢を整える。
「……ごめんなさい、わがままを言って……」
へティーは、どこか諦めたような表情でその一言を言い放ち、ぶつぶつとしゃべりだす。
「私の体よ、私の望むまま、浮いて下さい……」
へティーがそう言うと、それを条件としてヘティーの体が浮く。
それが、戦闘開始の合図となった。
「大っジャーンプ!」
アサトは、それを条件として魔法を放ち、自らの体のバネと共に跳ぶ。
「うううううううああああああああああああああああああっ!?」
ごっ!
そして、アサトは天井に激突した。どうも、並べるべき条件を間違えたらしい。
パラパラと、埃が落ちるが、まあどうでもいい。
問題は、アサトもそれらと一緒に、何の抵抗も無く落ちるという事だ。
さすがに、ビル三階クラスの高さの天井から落ちっぱなしでは、 いくらアサトでもタダで済むわけがない。
「重力軽減で、アサトさん、ゆっくり降りてきて!」
シノの重力操作で、幸いアサトはゆっくり着地する事ができた。
「あー、痛ぇ……」
「あんな無理をするからです」
シノがアサトを嗜めるが、そんな場合でもない。他の全員は既に戦闘を開始している。
ばしゅっ! ぼしゅっ! 
ひゅん! ひゅんひゅひゅんっ!
ブリジットが炎の弾丸を、グリフィンが光の弾丸を放っていた。
ドゥーガルドも、最も扱いを得意とする重力球を投げて、
上手くコントロールして攻撃を仕掛けている。
「魔力障壁よ、私を守って……」
ばちばちっ!
ばぁんっ!
グリフィンのものとは、全く次元が違う魔力の壁が、それら全てをあっさり弾いた。
「くっ! ならこれでっ! 竜巻よ、我が敵を撃てぇっ!」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
グリフィンの発生させた竜巻も、ヘティーの障壁には、全く通用しなかった。
「そ、そんな……」
激しく息をつきながら、絶句するグリフィン。
「まだですっ! グリフィンさんっ! まだ終わってません!」
ブリジットが懸命にグリフィンを励ます。
「溶岩よ、あたしの目の前の敵に、その力を示してください!」
グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
ブリジットの呼び出した溶岩と、まだ消えてはいなかった竜巻が混じり合って、
強烈な溶岩を伴った豪熱の竜巻と化す。
しかし、それでもヘティーの結界は小揺らぎもしない。
「そんな馬鹿な……」
ブリジットも、さすがに顔色を変えて呻く。
「はは……やべぇな……」
アサトは、虚勢を張って笑う。
「私がやってみます! 全力プラズマボール!」
ばちばちばちばちばちばち!
現在、ゼナスと同等の魔力を持っているシノの放つプラズマボールは、
ブリジット達の放つ攻撃魔法とは、これまた次元が違う。強烈極まりない。
ばしぃんっ!
だが、プラズマボールも弾かれてしまった。
「凄い……私が考えていたより、ずっと素晴らしい才能を秘めていますのね」
そのヘティーの言葉通り、弾かれたプラズマボールの威力は恐ろしいものがあり、
初めてヘティーの結界が揺らぎを見せた。しかし、
連射の効かないプラズマボールではどうしても決定打にはならない。
「そろそろ、反撃してもよろしいでしょうか」
未だに余裕綽々のヘティー。彼女は、初めて明確な攻撃態勢に入った。
「原初の恒星、太陽の表面の炎よ……」
「あれは……危ない!」
どうやら、ブリジットはあの魔法に覚えがあるようだった。
「結界よ、全員を包んで!」
シノがブリジットの反応を見て、魔力障壁を張る。
その直後。
「刹那の間、私の敵を攻撃して下さい……」
ゴッ!
それは、太陽表面級の熱を人間には知覚できない程の間だけ、前方位に照射する
魔法のようだった。しかし、それほどの熱となれば、それだけの照射で、
十分にその場にいる全員を戦闘不能にする事ができる。
シノの障壁をもってしても、熱さのあまり、一番前にいたグリフィンが
大火傷をしてしまったようだ。
慌ててドゥーガルドが、魔法のアイテムらしき物で、グリフィンを治療するが、
その彼とて、決して軽い火傷ではない。それはブリジットも、
アサトも同様だった。唯一、シノのみが、軽い火傷で済んでいる。
「なんて魔力だ……人を犠牲にして得た力というのは、こんなにも強いものなのか」
アサトは、ただただ驚愕するしかなかった。
さらにヘティーは呪文を唱え始める。
「絶対零度の世界よ、この部屋の中に渦巻いてください……」
「や、やっぱり! さっきのも今のも、ガートルードの各国の秘奥技魔術です!」
ブリジットが怯えながら言う。
「!」
シノはさらに、障壁の出力を上げるが、ヘティーの魔力の方が上である。
びゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
「きゃああっ! 助けて、師匠ぉぉぉっ!」
「うああっ、姉さぁぁぁぁぁん! 助けてぇぇぇっ!」
結界を通して、なお体が凍りつきそうな吹雪に、泣き言を言うブリジットとグリフィン。
しかし……
「……な、何だ? うおっ! 何だこの寒さはっ!」
「……あれっ? きゃあっ! 何なのよ、ここはっ!」
どんな条件かは知らないが、どうやら、二人の叫びは呪文となってしまったようである。
ヘティーとの戦いの場に、ゼナスとチェリーは呼び出されたのだ。
「師匠!」
「姉さん!」
頼れる人物の(半強制的な)登場に、ブリジットとグリフィンは歓喜の声をあげる。
「ブリジット! お前か!?」
「グリフィン! あなた、こんな所で何やってんのよっ!」
「ゼナス! チェリー! 話は後だ! ヘティー倒すの、手伝ってくれ!」
アサトが二人を説得する。
「分かった。どうもお前達だけでは、手に余るようだな」
「ヘティーって、あの浮いてる人ね? 何か知らないけど、
 グリフィンをいたぶってくれたらしいわね。覚悟なさい!」
 吹雪が止むと同時に、二人いっぺんに攻撃呪文を唱えだす。
「真空を伴った竜巻よ、敵を撃て!」
「魔道条件崩壊を、私の敵に誘発させて!」
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
チェリーの放った謎の魔法は、結界を分解し、破壊した。
「どう? 魔法を構成する条件を崩壊させる呪文は!」
チェリーが、分かりにくい解説をするが、それどころではない。
結界を砕かれたヘティーを、ゼナスの真空竜巻が襲う。
きゅんきゅんきゅん!
アーマーから甲高い音が鳴り響く。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
真空竜巻は、ヘティーに接触した瞬間に、アーマーに吸収され、
そのままの威力で、こちらに戻ってきた。
「くっ!」
かろうじて、全員がその竜巻をかわした。
障壁をようやく破壊したと思ったら、今度は魔法を吸収し、そのまま跳ね返すアーマー。
これでは、魔法は通用しないと言っているのと同じである。
「魔力障壁よ、私を守って……」
その上、彼女は間髪入れず再び魔力障壁を張る。これでは手の出しようがない。
シノがヘティーの攻撃に備えて、障壁を張りつづけているが、
それもいつまで保つかは分からないし、いつまでもアテにしてはいけない。
しかし、一抹の希望が見えた。
「アサト君」
「何だ、ドゥーガルド」
「妙案がある。これを見てくれ」
そう言って、ドゥーガルドが見せたのは、一本の杖だった。
ドゥーガルドがメイヴィスに来た時に持っていた自還の杖によく似ていた。
「送還の杖だ。これで君を敵の結界の中に転移させる」
「内部から攻撃しろってか? 上等だ!」
「それじゃ、いくよ! アサト君を、敵の結界内部へ送りたまえ!」
例によって、何の前触れもなく、転移は一瞬で終わった。
気が付けば、アサトは既にヘティーの結界内に入っていたのだ。
「きゃああっ!」
それによって驚き、一気に集中力を失ったヘティーは、
思わず障壁と空中浮遊の魔法を解いてしまった。
どさどさっ!
「……っ痛ぇ……」
「……ううっ……」
二人いっぺんに床に落ちるが、それでも双方すぐに自らの愛剣を拾う。
「てぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
凄まじい気迫をもって、アサトはリミッターのついた剣で攻撃を仕掛ける。
「いい腕をしています……ですが……」
ヘティーは、見た事も無いような剣技で、反撃に出た。
踊るような流れる動きと、絶妙のタイミングで繰り出される凄まじい勢いの剣撃。
いわゆる、剣舞というやつである。
キンキンキンキンキンキンキィン!
双方の剣が火花を散らす。ヘティーの剣はレイピアだというのにも関わらず、頑丈さは
まるで、バスタード・ソードを上回るかのようだった。
「加勢するぞ、アサト!」
見かねたゼナスが、自らのナマクラ刀を持って前に出た。
剣の腕に関しては、ゼナスはアサトより上なので、頼もしい事この上ない存在である。
「……!」
キンキンキンキンキンキンキキィィィン!
ところが、ヘティーは、アサトとゼナスの二人を相手にしても、なお互角であった。
ゼナスと比較して五割ほど上の反応速度で、防御と反撃をしているのだ。
アサト、あるいはゼナスのどちらか一人だけでかなう余地など、全く無かった。
しかも、ほとんど息が乱れていない。
「はぁぁっ!」
だんっ!
ヘティーは、一瞬の隙を突いて、アサト達から離れ、呪文詠唱を始める。
「大地の精霊、水の精霊よ、私の疲れ、渇きを癒して下さい……」
ぱぁぁぁぁ。
ヘティーの体が軽く光る。
その呪文一つで、今までの疲労は回復してしまったらしい。
「ちっ! 早い、強い、堅い、その上疲れない! あれのどこに死角があるってんだ!」
思わず愚痴をこぼすが、チェリーとグリフィンが、呪文を唱える。
「大地と水の精霊よ、彼等の疲れを癒したまえ……」
スタンフォード姉弟は、アサト達二人の疲労を回復してくれた。
しかし、気休めにしかならないだろう。
「噂には聞いていたけど、凄いわね……」
と、チェリー。
「あれが、神官戦士の剣舞ってヤツなのね……初めて見たわ」
「じゃあ、あれはルーファスの秘められた技なんですか?」
チェリーのつぶやきに対して、ブリジットが質問すると、
「あなたは?」 「ブリジット=クーパー。あなたの弟さんがやってきた世界の人間です」
「そう。私はチェリー。よろしく。さっきのあなたの質問だけど、その通りよ。けど、
 なんであなたが、あれをルーファスの技だって思ったの?」
「あのヘティーって人は、ガートルードっていう私達の世界と、
 あなた達の世界の混乱を煽って、それぞれの秘められし技や魔法を会得しているんです。
 そこにいる、竜人のドゥーガルド=ネルーダさんの世界の遺跡のアイテムが
 それに加わりますから、さらに強さを増して、始末に負えなくなっているんですよ」
と、のん気に自己紹介ついでに説明する。
「なるほどね……こりゃ厄介極まりないわ」
ひとしきり納得するチェリー。
「どうする。こんなんじゃ、いずれどっちかが……と言うか俺達がジリ貧でやられる」
アサトが悩んでいると、またもやドゥーガルドがアサトとゼナスにアイテムを渡す。
それは、液体の入ったボトルだった。
「ドゥーガルド、これは?」
「人間に関わらず、生物普段はその筋力を半分しか使っていないと言われています」
「だから?」
「この中の液体を飲めば、数十秒間だけ、筋力を百パーセント解放できます。
その数十秒間だけ、相手を上回れるという事です。その間に、王手をとって下さい」
「……分かった」
「誰かは知らんが、感謝する」
アサト、ゼナス両名覚悟を決めた。
「雷撃よ、部屋の中で暴れてみて下さい」
ヘティーが、次の呪文を放つと同時に、シノ、チェリー、グリフィン、ブリジットの
四重の魔力障壁が、何とかヘティーの雷撃をシャットアウトしていた。
「さあ、飲んで」
「ああ」
ごっごっごっごっごっごっ。
「うわっ! 甘ッ!」
「アサト、いいから飲め!」
妙な甘さにげんなりしつつも、一気に飲み干す。
すると、感じた事もないような力が、体の中で躍動している。
「アサト君を、敵の結界内へ!」
ドゥーガルドが、再びアサトをヘティーの障壁の中へ飛ばす。
ヘティーは、さっきみたいになるのが嫌だったのか、自ら結界を解いた。
「もうその手はっ!」
へティーは、すぐさま、攻撃態勢に移る。
しかし、今までのアサトの力を五、ゼナスの力を十とするなら、へティーは十五の力だ。
それが今、ボトルの液体の力によって、アサトは十、ゼナスは二十になっている。
つまり、総合的な実力で、ヘティーは自分二人を相手にしているようなものだ。
「……くっ!」
カンカンキンキンカンカカカキキキカンッ!
ガキカキガガガキキキィンキンキキキンッ!
二人から繰り出される剣撃を防ぎきれずに、追い詰められるヘティー。
間合いを引き離そうとするが、それも今の二人には全く通用しなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「これで終わりだぁぁぁっ!」
「ひっ!」
へティーが、引きつった声を出す。
だだんっ!
二人の剣が、ヘティー自身には当たらぬよう、彼女の頭を挟むように、
垂直に並んで壁に突き刺さった。それが王手だった。
ヘティーは、一瞬だが自制心を失い、レイピアを落としてしまったのだ。
「……あら?」
ヘティーが、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「……何故ですかね……? 死ぬのなんて、今更怖くも何ともなかったはずですのに……
 何故……怖いの……? 何でまだ死ぬわけにはいかないって……思ったんでしょうか……
 いつ殺されたって……おかしくなかったはずですのに……」
「……人並みに泣けるんじゃねぇか」
百パーセントの力を解放した反動で、激しく息をついていたアサトが言う。
「どうしたって、人は自分の死が怖いんだ。でも、あんたはそれを分かってたはずだ。
 でなければ、あれほどまでに人の争いを嫌ったりはしないし、
 俺達との戦いを避けようともしなかったはず。あんたは俺達に、
 死の恐怖を与えたくはなかったんだ」
「……」
「なるようにしかならない。だから、俺達はあんたを罰して、殺したりはしない。
 だから償え。死ぬのはいつでもできる。けど、死ぬのは償いじゃないからな」
「……似ていますね」
「……?」
「アサトさん、偶然でしょうか? あなたは非常によく似ています。私の親に」
「……なら、一度くれぇ甘えてみてもいいんじゃねぇかな。偶然も縁だ」
「……そう……ですね……う、うう、うああああああ……」
ヘティーは、アサトにしがみついたまま、気の済むまで泣き続けた……

そして、小一時間後――
「申し訳……ありませんでした。まず、ドゥーガルドさん」
「うん?」
「このレイピアと、リフレクトアーマーをお返し致します。
 これは元々バーナバスの遺産ですもの。どうぞ、お持ち帰り下さい」
「ありがとう」
そっと、ヘティーは装備品を外し、ドゥーガルドに手渡す。
「ありがとう……ですか……? 元々あなた達の物だったのを、
 私が無断で持っていってしまって、その後お返ししただけですのに」
「変かい?」
「ええ。おかしいですわ」
そう言って笑うヘティーの笑みは、どこか寂しげだった。
ヘティーは結構、このアーマーとレイピアに愛着を持っていたのかもしれなかった。
「それからチェリーさん、グリフィンさん、ゼナスさん、ブリジットさん。
 私は、これから今すぐに両方の世界のサポートに回ります」
「ああ、それだったらいいのよ、別に」
「そうそう、問題ないですよ」
と、チェリーとブリジット。
「でも、それでは……」
「僕達、ルーファスの各宗教は、日頃からいがみあっていて、
 どうしても和解しようなんて雰囲気じゃなかったんですよ。けど、
 明確に争う姿勢を見せて、初めてお互いの主張を理解しあうようになって、
 はじめて和解が成立したんです。本当言うと、
 こっちがお礼を言わなければならないんですよ?」
「それは我々ガートルードの人間にも同様の事が言えるな。四つの国は、
 いがみ合うばかりで、互いの主張を認めようともしなかった。
 これではいつ戦争が起こったって、仕方がなかったんだ。むしろ、
 明確に争う雰囲気が出来たおかげで、もうどいつもこいつも争いが嫌いになっている。
 どうせ小競り合いばかりの日々よりは、明確に平和のきっかけが
 出来て、ありがたく思っている。おかげで、ガートルードの休戦はもうすぐだ」
グリフィンとゼナスも、自分の言いたい事を言う。
「それより、あなたの目的を達成して下さい」
と、シノ。
「あなたの目的が達成しなければ、お互いにここまでした意味がありませんもの。ですから、
 メイヴィスを頑張って平和にして下さい。私、応援してますから」
「シノさん……怒ってないんですか?」
「私だって、お礼を言わなければいけません。あなたがいなければ、アサトさんは、永遠に
チキューに戻れなかったかもしれないじゃないですか。魔法、ありがとうございます」
感極まって、ヘティーは、シノに抱きついて、再び泣きだす。
「まあ、これで一件落着ってトコかな……なあ、ヘティー」
「はい?」
アサトの呼びかけに、彼女が答える。
「また来ていいか? シノも一緒にさ。もちろん、遊びにだ」
「……はい!」
初めてヘティーが心からの笑みを見せる。その瞳に憂いの色は全く無かった。
「さあ、帰るかね。おい、シノ。疲れてるところ、悪ぃんだけどよ、
 皆をそれぞれ元の世界に送らねーといけねーんだ。頼む」
「ええ、いいですよ。まずはチェリーさんとグリフィンさんですね」
「それなんだけど、僕はまだルーファスには帰らない」
「グリフィン?」
チェリーが驚いたような声をあげる。
「僕は、またガートルードで修行を積む。大事なものを見つけたから……」
そのグリフィンの手は、ブリジットの手としっかり繋がっていた。
「……そっか、あなたがそう言うなら仕方が無いわね。けど、たまに呼び出すからね。
 その時は、ブリジットちゃんも、一日、二日くらいは時間、頂戴ね」
「はい!」
フードの上からでも、満面の笑みを浮かべている事が分かるようなブリジットの声。
「それから、アサト」
「あん? 何だ?」
「シノちゃんて、いい娘じゃないの? 彼女を不幸にしたら、髪の毛一本残らず、
 原子分解してやるからね。覚悟しときなさいよ」
「げっ! やめてくれよ、マジで……」
「あ、あの〜……勝手にアサトさんを原子分解されても困るんですけど……」
シノの困ったような表情を見て、ふっと笑うチェリー。
結局、チェリーはシノに送られて、一人ルーファスへ戻った。
しばらくして、シノは戻ってきた。
「次はドゥーガルドさんですね」
「あ、私は結構だよ。自還の杖があるからね。それじゃあね。楽しかったよ、アサト君」
「おう、またでっけぇヤマがあったら、呼んでくれていいぜ」
「ははは、当分その機会は無いよ。それじゃ、私をバーナバスへ!」
一瞬にして、ドゥーガルドは転移した。
「さて、それじゃガートルードへ行こうか」
「さすがに全員一気には行けまい。私と、シノが自還を使うから、
 ブリジットとグリフィンは、私を囲め。アサトは、シノの近くにいればいい。行くぞ!」
「それじゃあ、行くか!」
「私達を、ガートルードへ!」
五人は、シノとゼナスの自還魔法で転移した。

そして、ボロボロになったダンスホールに残されたのはヘティーのみ。
彼女は静かに、しまってあったロケットを開いた。
「お父様、お母様……私は……ヘティーは幸せ者ですね……
 こんなにも私の事を気にかけてくれる方がいらっしゃいます……
 私は、まだお父様達の所へは参れません」
そのロケットの写真には、アサトも知らない、アサトの両親の姿が写っていた……

また、アサトは知らないが、ヘティーの両親の顔写真は、
シノの家の奥深くにしまってあるアサトの両親の顔写真のものと一致していた。

エピローグに続く


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