悲行少女


第一幕 妄執のギミック

イルミナ・タウン。ここはマリーネ共和王国の領土の一部である。
かろうじて共和王国重臣が奪還した、数少ない土地でもある。
その中でも、とりわけ目立たない位置に、目立たないように作られた
家屋の中、暗がりで手術が行われていた。
「どう? ファーリィ、痛みはある?」
「大丈夫です」
ファーリィと呼ばれた少女の傍には、医師と、別の女性がいる。
そのかかりつけの医師の手によって、ファーリィと呼ばれた少女――
すなわち、その正体を、ファーリッシュ=アーバン=マリーネ王女の、
欠損した両足に、義足が取り付けられていく最中である。
成長するにつれ、数年おきに付け替えられてきた義足。
いや義足だけでなく、四肢全てが欠損した彼女にとっては、両の腕に付ける義手も、である。
それが彼女の活動を支える、唯一の生命線に等しかった。
西暦の時代から比べものにならないほどの進化を果たした義手や義足は、
もはや手足代わりに等しいほどの使い勝手の良さを獲得しており、
彼女はそれほどの不自由を感じずにいられるのである。
本来の手足は、一度マリーネ共和王国が崩壊した際に失われていた。
運悪く出くわしてしまった敵の刺客は残虐な性分で、四肢を切断されてしまったのである。
幸い、その後救助されたものの、四肢を失ったショックは大きく、
救助されてもしばらくは口さえ利く事が出来なかった。
元気良く、闊達に走り回っていた少女が突然、動けなくなるショックは想像を絶する。
「立てる?」
「……はい、大丈夫です」
ファーリッシュがゆっくりとだが、確実に立ち上がる。
ノア暦270年――十年前と同じ事を、こうしてほぼ二年おきに繰り返す。
違うのは義手・義足のサイズだけだ。
だが、この義手・義足のおかげで彼女は自由を再び手に出来たのだ。
その義手・義足を提供した育ての親と、その家族に彼女は感謝を感じずにはいられないのだ。
そんなファーリッシュは、現在十七歳。緑色のロングヘアをさらりとなびかせる、
儚げながらも美しい少女へと変貌していた。気品も強く漂う。
そんな彼女が、両腕と両足に違和感を感じた。いつもの義手・義足より重いのだ。
「ユニアお母様。義手と義足、いつもと違うようですが?」
その発言は場の空気を気まずくしたのか、誰もが黙ってしまった。
医師に至っては、場の空気に耐えられず、そそくさと無言で出て行ってしまったほどである。
しばらくして、ユニアと呼ばれた女性がまた口を開いた。
「申し訳ありません、ファーリィ……いえ、ファーリッシュ王女」
「お母様?」
「……王女も一通り成長期を終えられ、一安心と言いたいところなのですが、
 本当の危険はここから始まると思われます。
 その時、あなたを助けるのがこの義手と義足です」
ファーリッシュにはユニア=レストレイドの意図が理解出来ていなかった。
危険なら、王国が崩壊し、落ち延びた時に去ったはずではなかったのか。
そんな淡い思いが彼女の胸を占めていた。
しかしそれが甘いのだと、彼女はすぐに思い知らされる事になる。
それを育ての親であり、母親代わりであったユニアが教えようとしていた。
「……あなたの親が国王として君臨しておられた、
 マリーネ共和王国……その解放戦争が、本格的に始まろうとしています」
「つまり、私にその盟主となれ、と……?」
「そのような生易しい事ではないんだ、ファーリィ」
外から男が二人入ってきた。
一人は若い男で、ジルヴィクス=アーバンという男だ。
茶色の髪も鮮やかな、たくましさを感じる好青年である。
歳もファーリッシュより上で、兄代わりである。
もう一人は中年の男で、ガイギャクス=アーバン。
ジルヴィクスをそのまま老けさせたような外観で、
たくましさより先に野性味を印象付ける眼差しである。
父代わりと言って差し障り無い。
そしてその妻、ユニア=レストレイド。
ガイギャクスとほぼ同じ年代ながらも、人間の丸みらしきものはあまり見られず、
むしろ勝ち気な瞳が印象深い。染めた紫のロングのウェーブヘアがよく似合っており、
神秘性を感じさせる事もある。
以上三名が、ファーリッシュを救出し、育ててきた『家族』である。
それぞれが普通の人間に見えるが、ファーリッシュを含め、
四人全員が卓越した戦闘能力の持ち主でもあった。
ファーリッシュを除いては、皆、実戦経験も積んでいる。
その卓越した戦士である家族の一人、ガイギャクスが、家族ではなく、臣下として礼をとった。
「あなたは盟主などという、生温い立場にいる者ではないのです。王女。
 すなわち後の女王――そう『王』なのです。頂点、トップ、ナンバーワン、
 呼び方は色々ありましょうが、その責任の重さ、
 まさかあなたに分からぬわけもありますまい」
「……責任の、重さ……」
「戦いになれば、勝つ事もあれば、負ける事もありましょう。どんなに辛くとも
 場合によっては逃げられず、全軍の指揮を続け、あなたは勝つまで戦わねばならない」
「でも……でも、私は! 私は戦いなど好みません!
 カイゼル帝国が統一を成すなら、それでも良いではありませんか!
 それでも平和であるのなら……!」
「カイゼル帝国がそれで満足するのであれば、ですがね」
ジルヴィクスも一歩前に出る。
「ただ統一が成されるのみならば、私とてそれでも構わぬと思っておりました。
 ですが、最近奪還した、我等が領土の惨状は目に余ります。
 多くの者が意に沿わぬ労働に駆り出され、民は根こそぎ重税に苦しんでいる状況でした。
 統一戦争への資金のためでしょう。もしこのままカイゼル帝国が勝利しようものなら、
 あの独裁政権の思うがままになりますな」
更に、ユニアも前に出た。
「シレーネ共和国も、グライア公国も、アムゼル民主国も、
 全てが統一戦争に乗り気です。どの国も、統一戦争を制するのは
 自国と信じて疑わない状況です。リグバルト、グライアに挟まれた
 我がマリーネ共和王国国土も大半以上が制圧されており、両国の統治下にある都市も、
 カイゼルと差はあれど、似たような状況に陥っています」
「私の知らない間に、そのような事に……」
ファーリッシュは、己の無知をこそ嘆いた。
知っていれば、このようにのうのうと暮らしてはいられなかっただろうが、
何も知らずに平然と生きている事も、乱世の中では罪悪である、という思いがあった。
ユニアは更に続ける。
「これらのどの国が世界を制したとしても、敵対した各国に対し、
 平穏無事に済ませるだけの度量があるかどうかは疑わしいものです。
 ですが、あなたは違う。あなたは王族として生まれ、
 庶民として生き、そして弱者として育った」
「何が言いたいのです?」
自然とファーリッシュの言葉には、ジルヴィクス達に対しての険がこもる。
これ以上話を焦らされるのは趣味ではなかった。
「我等も、統一戦争に参戦し、我々マリーネ共和王国が、
 いえ、あなたが世界の覇権を握るべきでしょう。
 あなたのような正しい心を持つ者が王となり、世界を導くのです」
「――ッ……!」
予想はしていたが、あまりにも重い言葉であった。
十七歳の少女に、このような過酷な運命を背負わせていいものかと、
ジルヴィクス達も散々悩んだが、何より国民が望んでいるのだ。
マリーネ共和王国王族と、その重臣達による、温かみのある統治を。
「……我がマリーネ共和王国国民も、それを望んでいるのです、ファーリッシュ王女」
「ジルヴィクス……お兄様……」
「王女……いや、ファーリィ。君は君主で、僕は臣下だ。
 その区別を付けられないというのであれば……僕は、君との義兄妹の関係を絶縁する!」
残酷な一言だったが、この一言はファーリッシュに理解をもたらした。
すなわち、逃れられないという現実である。
「お兄様……」
十二年もの長い間築かれてきた、義兄妹としての関係が崩される事は、
やはりなかなか受け入れ難いものがある。自然と涙が溢れてきた。
「考える、時間を……下さい……」
まだ慣れない義足で、ファーリッシュは外へと飛び出していった。
そしてその場にジルヴィクス、ガイギャクス、ユニアの三名のみが残され、長い沈黙が訪れた。
「……やはり無理なのか。王女とはいえ、わずか十七歳の少女に、
 これほどの過酷な運命を背負わせるのは、僕としても罪の意識があるよ、父さん」
「言うな。遅かれ早かれ結局はそうなる。ならば覚悟は早いほどいい。
 それにな、王女はすぐに現実を知る。この街にも最近では敵の偵察隊が
 よく現れるようになっている。それを見れば、敵・味方という区別が
 今の世にある事を知らざるを得ない。そして、彼女はそれを
 放置出来ない性格に育っている。彼女自身が弱者だった故にな」
「ガイギャクス……あたし達、卑怯者ね。ファーリィの性格に付け入って、
 勝手に彼女を国のシンボルに祀り上げようとしてる。酷い話だわ。
 ずっとあたしの娘でいてくれたらいい。
 そう思ってもいたのに、周りはそれも許してくれないのね……」
「だが、彼女が王女だという事実は変わらん。敵からもずっと狙われている。
 だとすれば、今が戦時中だという事を彼女に認識させ、俺達の手で守り、そして勝つ。
 それしか、彼女に安全を与える術は無いんだよ」
ガイギャクスが歯を食いしばる。そこから血が流れた。
誰より悔しいのは、自らの手でファーリッシュ王女を刺客から救出し、
養女とすることを決めた彼自身なのだ。
「……だが、やはり僕はもう少し様子を見たい。  卑怯者と謗りを受けるのは構わない。
 臆病者と罵られるのだって、逃亡生活の中で慣れてる。
 だけど、やはり決断はファーリィ自身にやらせたいんだ」
「問題は、それがいつまでかかるかだな……だがそうだな。
 彼女が義手と義足に慣れるまでは、確かに待つのも一理ある。
 いざという時に逃げられんのでは話にならんからな」
ガイギャクスの意見で、ささやかなる同意が、その場で行われたのであった。

ファーリッシュは飛び出してきたのは良かったものの、行く当ても無かったので、
とりあえず喫茶店に立ち寄り、アイスコーヒーをブラックで飲んでいた。
喫茶店でじっとしていても仕方が無かったので、すぐに出て、辺りを散策していた。
平和な光景が街中に広がる。戦争の気配など……どこにもない。
見ると、よく遊んであげている子供達が集団で、何やら遊んでいた。
「何をしているのですか?」
にゅっと出てきたファーリッシュに対し、子供達が近寄ってきた。
よく面倒を見てあげているので、非常に良く懐いているのだ。
「おねーちゃん、今日はね、おままごとー」
「わあ、いいですね。私も混じっていいですか?」
「いいよー」
町を行き来する者達は、大体ファーリッシュの頭に入っている。
庶民として過ごすには、優れた資質だと言えた。
子供達に混じって、おままごとで遊んであげていると、
ふと、見慣れない顔が、いや見慣れない者が現れた。
顔はフードで隠されていて見えなかったのだ。怪しい。
ガイギャクス達が言った『敵』という単語が頭をよぎる。
面は割れていないはずだが、名前はそこそこ有名な『ファーリッシュ』だ。
彼女はまず、名が知られる事を恐れた。
注意深く男を見やるが、まずい事に男は一人ではなかった。
二人で行動していたのだ。
更にまずい事に、男達はファーリッシュの視線に気付いてしまった。
偵察として動いている以上、注意力は研ぎ澄まされているのである。
「俺達の顔に何かついているのか?」
男が話しかけてくる。
「何でもありません。どこかへ行って下さいませ」
慌てて目を逸らすファーリッシュだったが、男は見逃さなかった。
「態度が怪しいな。まさかマリーネ共和王国王家の関係者か何かか?」
あわよくば、捕らえようとしたのか、男達が、ファーリッシュの両腕を掴んでくる。
もう間違いない、この怪しい男二人は、どこかの敵なのだ。
「何をするのです? ご無体な事はおやめ下さい!」
じたばたともがくファーリッシュだが、残念ながら腕力では男二人には勝てない。
「おねーちゃんに何するの! 放してー!」
子供達が男達にすがりつく。男達は乱暴に子供達を振り払った。
背中を打ったのか、泣き出す子供が出てきた。騒ぎになってしまっている。
周囲の人間達が慌しく動き始めた。逃げ惑う町民達もいる。
「何をするのです! 私にならともかく、子供に乱暴はおやめ下さい!」
「やはり怪しい! おい、こいつを連れて行くぞ!」
「嫌ぁッ!」
本当に連れて行かれる。ファーリッシュは身の危険を感じた。逃げたい。
ファーリッシュは強く念じた。その時、救いが現れた。ジルヴィクスである。
「ファーリィ、振りほどけ! 振りほどくイメージを描くんだ!」
「お兄様!」
「ちっ、追手か! やはりこいつは重要人物のようだな!」
ジルヴィクスは人波に呑まれ、到着には時間がかかり、距離もある。
「義手の力を解放しろ! 今しかない!」
わけが分からなかったが、ファーリッシュには従うしかなかった。
このまま連れて行かれるなど論外だったし、何より、尊敬するジルヴィクスの言葉なのだ。
何かの意味があるに違いない。
(強く、振りほどく! 強く!)
ファーリッシュが強く念じると、いきなりファーリッシュの
両の義手が伸びた――そのように見えた。
だが実際には、ワイヤーが延びているのだ。
勢い良く上空に射出されたワイヤーアームは、高々と敵偵察兵を持ち上げた。
機械と人力では、抗う術も無い。
やがて延びるのが止まったワイヤーアームが掴んでいた敵偵察兵二名は、
重力に従い、そのまま成す術も無く、あえなく落下して気を失った。
偵察兵の手が離れると同時に、ワイヤーアームは、ファーリッシュの義手へと、元の姿を取り戻した。
何事も無かったかのように。前の義手より重い原因は、このギミックにあったのだ。
「よくやった、ファーリィ!」
ようやくジルヴィクスが到着した。人波をかき分けるのに時間を食ったようだ。
「お兄様……これは……?」
「ギミック付きの義手と義足だ。これが君の身を守る武器にも防具にもなる。
 君の意思で伸縮し、五十メートルまでの射程距離を持ってる。
 もちろん擬似神経系も繋がってるから、物を掴んだり放したり、
 ピースしたりといった芸当もそのまま可能だよ」
ファーリッシュにはまだ信じ難い事であった。
自らの身がこれほど狙われやすい状況下にあった事が。
だが理解もしていた。
そんな状況で生きてこられたのは、ひたすら目立たないように、
アーバン一家が万事を丸く収めてきたおかげなのだと。
「いたいよー! いたいよー!」
まだ泣き喚く子供達を慌ててなだめるファーリッシュとジルヴィクス。
「よしよし、もう大丈夫だ。怖かったな」
「大丈夫ですか?」
「こわかったよー!」
泣き喚く子供達だが、しばらくなだめていると落ち着いてきたようだ。
「今日は危ないから、もうお帰り」
「うん」
子供達は帰っていった。これで今日のところは心配無いだろう。
「ふう。何とか事態は収まったか」
ジルヴィクスの言う通り、町はまた平穏を取り戻しつつあった。
「だが、見ただろう? あの子達は、ある意味もう戦争の被害者だ。
 僕達の計画に気付きかけた敵兵と、僕達との戦闘に巻き込まれた形でね。
 もちろん敵は逃がさないけど」
それを証明するように、ガイギャクスとユニアが来て、
がんじがらめに敵を捕縛していたのであった。
「この事態を放置すれば、こういう日々がずっと続く。
 もっと悪ければ占領されて君も僕も、みんなまとめて強制労働だ。
 君はそれが放置出来る子ではないはずだ」
「でもお兄様……私には力がありません……私にはあなたに
 命令出来るだけの力量も、智略も持ち合わせてはいないのです」
「自惚れてもらっては困るな、ファーリィ」
ジルヴィクスが厳しい言葉を投げかけた。
「民が求めているのは幻想としての英雄だ。亡き国王の愛娘であり、
 貴族として、庶民として、弱者として生きた君の『心優しき英雄』としての姿なんだ。
 力も必要だろうし、智略は今から学べばいい。
 だが、その唯一の資質を生まれながらに持っていながら、
 傍観している事など、君自身や僕が許しても、もう世界が許してはくれない。
 覚えておかないといけないよ、ファーリィ」
「……ッ!」
あまりにも重い現実がファーリッシュにのしかかり、そしてそれは涙になった。
「泣くなら泣いてもいい。後ろを向いても構わない。
 だが、止まる事だけは駄目だ。
 臨むと望まざるとに関わらず、君は王女だ。生まれついてのね」
「……やはり、そうなのですね」
「王女殿下、戦の時が始まります。既に戦いは各地で行われており、
 ようやく我が国も、戦いに耐えうるだけの実力を身に付けつつあります」
いきなりジルヴィクスは、臣下の礼を取った。
「カイゼル帝国の覇道、リグバルト王国の王道、
 シレーネ共和国の魔道、アムゼル民主国の獣道、
 グライア公国の商道。そしてそれに対するに相応しきは、あなたの人道です」
「人道……私に、人の道を説いて戦えと?
 戦いという、もっとも人としてやってはならない事をしていながら、
 人の道を示して見せろと、そう言うのですか?」
「出来なくてもやってもらう。君にしか出来ないとも言わない。
 しかし僕は、君が一番、それに適した人間だと信じている」
「…………」
ファーリッシュは涙を拭った。泣いていたところで始まらない。
『敵』にも察知された。もう安全な場所は戦場の高みしか無いのである。
「分かりました。ジルヴィクスお兄様……いえ、ジルヴィクス=アーバン。
 私にしか出来無い事があるというのであれば、私はそれを成すのみです。
 それが私の命を救ってくれた、あなた達に唯一報いる道でありましょう」
「……すまない、ファーリィ……いえ、王女」
ジルヴィクスは、再度臣下の礼を取る。
「参りましょう。義手と義足に続く、第二、第三の力があなたを待っています」
「……ええ」
ファーリッシュとジルヴィクスは、先に戻ったガイギャクスとユニアの待つ、
自宅へと戻ったのであった。

そこには、淡く、しかし美しく青い鎧が用意されていた。
他にも色とサイズこそ違うが、同じ形の鎧が複数、置いてある。
しかし鎧にしては防御面積が狭すぎる。
「これは……鎧なのですか?」
「正確には鎧ではありません。移動補助装備ですので」
ガイギャクスが説明を開始した。
「我が国の領土をゴタゴタの間に占領したアムゼル民主国の兵器です。
 本拠地を失ったとはいえ、むざむざと精鋭部隊が領土を三国から攻められ放題だったのには、
 この兵器の存在が大きいと言えます。他の国はこの兵器がある程度普及していたようですが、
 我が国は軍縮の一途を辿っていたため、この兵器の詳細さえ掴んでいなかったのです」
「このような兵器が戦局を……どういう事です? ガイギャクス」
一度大きく、咳払いをしてから、ファーリッシュの問いにガイギャクスが答える。
「兵器の名はライディング・フレーム。略称をRF。
『骨格に乗る』という変わった意味を持っています。
 見た通り、人型の骨格のみが組み立てられたような
 等身大パワード・スーツの一種というわけです。
 最大の特徴は、背中のバックパック部より、低温ジェット推進を行う事で、
 自由に、かつ高速で空中を飛行する事が出来るのです。もちろん定員は一人ですが」
なんと、人がグライダーなどの滑空道具や、航空機などを利用せず、
空を飛ぶ装置だというのだ。確かに戦局が変わってもおかしくないほどの代物だった。
「操縦法は?」
「貴女の義手・義足と同じく、脳波コントロールでダイレクトに。
 つまり意のままというわけです」
「そうですか」
分かりやすくて良かった、と彼女は思った。
正直ファーリッシュは、複雑な機械操作はあまり得意ではないのである。
ユニアが更に、一振りの剣を取り出した。
「これは?」
「同じく、アムゼル民主国開発の『チェーンソード』です。
 チェーンソーの原理、すなわち刃の高速回転による切断攻撃が可能な武器です。
 ライディング・フレームへの対抗手段として、開発された経緯があります。
 こちらは少数ながらこちらにも配備されていますが、
 ライディング・フレーム装備の相手に対抗するには、
 こちらもライディング・フレームを装備しなければ、
 この剣をもって相手を攻撃する事が出来ないのです」
ファーリッシュは説明を聞きながら、その『チェーンソード』を握ってみた。
見た目ほどの重量は無いが、細剣(レイピア)しか握った事の無い彼女には、やはり重い。
扱うにはそれなりの鍛錬が必要かもしれなかった。
「スイッチ一つで駆動する仕組みですので、王女にも扱えるかと」
「これが、第二、第三の力ですか……やはり、私も自ら戦わねばならないのですね」
「旗頭としては致し方の無いところかと。まして我々には戦力がありません。
 贅沢を言うのは、領土を全て奪還してから、というところでしょうな。
 どこかと休戦し、一時同盟を結ぶとしても、それからでしょう。
 戦局はそれほどまでに逼迫(ひっぱく)しています」
ユニアの言葉の一つ一つが心にのしかかってくる。
やはり重責だ。だが後には引けない。引くわけにはいかないのだ。
「とりあえず、全て装備してみますか?」
「お願いします、ユニア。まだよく装備の仕方が分かりません」
ユニアの勧めで、とりあえず全て装備してみる事にした。
ついでにと、どこから持ってきたのか、鮮やかな赤色のマントなども付けさせられた。
もっとも、ライディング・フレームの低温ジェット推進でも
炎上する危険があるので、長さは短くしてあるが、
それでも何というか、馬子にも衣装的に、なかなかに見栄えがしてきたのであった。
「おおー、似合うぞ王女」
それを見たガイギャクスが、つい家族口調で話してしまうが、
今更誰もそれを咎める者はいなかった。何をどう取り繕ったところで、
ファーリッシュの精神的な臍の緒は切れないのである。
そしてそれは他の皆、全員が同じだった。人はそれを『絆』と呼ぶ。
「そうですか? ちょっと恥ずかしいですね」
マントなど、着用した事もない彼女であるから仕方が無いとは言えるが、
やはりそこは気品の漂う彼女ならではの、高貴さが漂っている。
「それから、アムゼル民主国が更なる新兵器を開発しているようだが、
 潜り込ませた味方の偵察兵が、上手くそれの試作品を奪取し、解析中だそうだ。
 完成したら第一号を王女に手渡す事にするよ。開発コンセプト上、王女は、
 その兵器の威力を二倍にも三倍にも高める事が出来るらしいからね。報告によると」
どんどん兵器で重装備になっていく自分。ついていけるかどうかは不安だった。
「これ以上重くなると、動けるかどうか心配ですね」
苦笑するファーリッシュに対し、ジルヴィクスが助言を行った。
「安心して、王女。剣を振り回すだけが君の戦いじゃないよ。
 ライディング・フレームの飛行能力を駆使し、チェーンソードを近くで振り、
 遠くへワイヤーアームを使って射出する。その戦い方こそが君の基本だ。
 近寄られたら義足のワイヤーを伸ばして敵を蹴り飛ばす事だってできる。
 こんな戦い方は君にしかできないんだ」
確かに、こんな妙なギミックの付いた義手・義足は
自分しか持っていないだろう、と彼女は、妙に納得してしまった。
「君がどうしても殺したくない敵兵がいるなら、
 ワイヤーアームで敵を絡めて捕まえてしまう事だって出来る。
 敵を生かしたまま捕らえる事も出来る、君に相応しい義手・義足なんだ。分かるね?」
「はい、ジルヴィクス」
ガイギャクスが、ジルヴィクスに続いて説明を開始する。
「それにな、王女。近年締結された『大南洋条約』が有効である限り、
 重火器や大量破壊兵器は、保持、使用はおろか、生産さえ禁じられている。
 つまりお前にリーチの差で勝てる奴は、ほぼいない。
 これは立派な利点だと知っておけば、少しは怖くなくなるだろ?」
不器用だが、現実味のあるフォローだった。
「でも、ガイギャクス。少し鍛える必要はあります。訓練には付き合ってもらいます」
「任せろ!」
ガイギャクスが、男気たっぷりに胸をドンと叩いた。
「で、ユニア。現状の戦局は?」
「我々は、国土の三分の一ほどを奪還しました。
 隣接するリグバルト王国が制圧した分の領土です。
 残りは同じく隣接するカイゼル帝国が占領した、我等が王城を含む分と、
 同じく隣接するグライア公国が占領した分の領土ですね」
「では、私達の当面の敵は、グライア公国とカイゼル帝国ですね。
 リグバルト王国に対しては、向こうが仕掛けてこない限りは、手を出さないようにしましょう。
 攻めてきても、出来るだけ専守防衛に専念しなければなりませんよ」
「はっ! ではそのように伝えます!」
ユニアが、家を飛び出していった。連絡員と接触しに行ったのだ。
「シレーネ共和国と、アムゼル民主国に対してはどうしましょうか?」
「シレーネ共和国の動向が分かりますか?」
「シレーネは、アムゼルと戦争状態が継続しています。
 また、シレーネ、アムゼルとリグバルトは、三つ巴の状態に陥っており、
 戦局は膠着状態に陥っていると言えます」
「下手に刺激しない方がいいでしょう。隣接していないシレーネとアムゼルが、
 マリーネ共和王国に介入してくる可能性は低いでしょうが、やはり相手にしないのが一番です。
 ただ、アムゼル民主国の工業技術力は気になります。引き続き偵察をさせるのがいいですね」
「甘いぞ、王女」
ガイギャクスが釘を刺してきた。
「それぞれの国には、それぞれの強みというものがある。
 我がマリーネ共和王国には、少数ながらも、図抜けた戦闘技術を持つ精鋭部隊と、
 自慢の海軍がある。だが、それだけでは勝てん」
「王女、一応説明すると、カイゼルは凄まじい士気の高さ、リグバルトは兵力、
 シレーネはその食料自給率の高さ、アムゼルは工業技術力の高さ、
 グライアは資金力の高さを頼みに、それぞれ惑星ノア統一を目指している。
 のんびりしている暇は無いんだ。早急に領土を取り戻し、安定した国力を取り戻さなければ、
 早くも僕達は駆逐されてしまう。だからこそ、ある程度の人数は残して、
 急いで領土奪還に向けて動かなきゃいけない」
「もっともです。私はまだまだ未熟ですね……」
ファーリッシュがしゅんとしてしまう。その頭をポンポンとガイギャクスが叩いた。
「いやいや、なかなか的を得ていた。素人の生兵法にしては大したモンだ。
 ちょっと詰めが甘かったけどな」
「ありがとう、ガイギャクス」
ファーリッシュは、本日初めての笑みを見せた。
その笑みは、お使いを誉められた子供と変わらない、純粋で、脆い笑みである。
「今日は休め、王女。明日からは作戦統合本部に移動するぞ」
「そうだね。今日は色々あり過ぎたと思う」
「はい、そうします」
気付けば、説明やら何やらで、夜も更け始めていた。
ファーリッシュは重たい装備を脱ぎ捨てて、庶民の香りがする寝巻着に着替え、
その憂いを帯びた表情に、一時の安らぎを浮かべながら、穏やかに眠りに就いたのであった。
それは、運命が与えたもうた、貴重な安らぎである。

翌朝、ファーリッシュ達は、作戦統合本部と名付けられた、
名も無い平原に適当に設置された、粗末極まりないテントに案内された。
「皆、頭が高い! ファーリッシュ=アーバン=マリーネ王女のお越しであるぞ!」
中に入ると、その叫びが聞こえるや否や、兵士全員が土下座を始める。
これでは安っぽいドラマではないか、とファーリッシュは早くも辟易していた。
「やめて下さい。そのような行い、私は好みません。まだ実感も湧かないのですから……」
この反応は予想外だったのか、周囲の兵がうろたえ始める。
いや、兵だけではなく、指揮官レベルの人間もであった。
ガイギャクスがすかさずフォローを入れる。
「臨戦態勢中にそんな事をする奴があるか。王女は敬礼だけでいい、と言ってるんだ」
「りょ、了解であります! ガイギャクス殿!」
ガイギャクスの言葉で、ようやく将兵は落ち着きを取り戻した。
「ガイギャクス、私は別にそのような事を言って――」
「早く慣れる事だ、王女。王族なら、これぐらいの対応をされて当たり前だ。
 現に前王殿も、そういう態度で迎えられておられたろう? 覚えていないか?」
ファーリッシュはおぼろげな記憶の中で思い出した。式典に出ていた父親の姿を。
というより、彼女自身もそこにいたのであるから、当たり前である。
もっとも何の事だったのか、当時も分からなかったし、そもそも何の式典だったかも覚えていない。
「……確かに。でもそう慣れるものでもありません。
 しばらくは敬礼のみで対応させるよう、将兵に指示をお願いします、ガイギャクス」
「分かっている。不慣れな部分のフォローは、俺達家族の役目だからな」
うんうん、と横でユニアとジルヴィクスが頷いた。
「王女陛下! お席へどうぞ!」
将兵がまた並んだ。軍議が始まるらしい。一番の上座に通された。
アーバン家では上座に座った事が無いので、またしても落ち着かない。
テントの中の将全員が着席し、立っているのは一般の兵と、
ガイギャクス、ユニアの両名のみになった。
彼等は近衛兵団の隊長、副隊長という重要な地位であり、軍師としての役割も持っている。
「近衛兵団団長のガイギャクス=アーバン及び、副団長ユニア=レストレイドだ。
 俺達が今回から軍議や作戦の説明をするので、各員、よろしく頼む」
「了解!」
将兵の声が綺麗に唱和する。
「あー、まずは今回の作戦概要からだ。
 今回の作戦では、グライア公国が占領した我が国の領土を奪還するための作戦である。
 この作戦が成功すれば、パワー・バランスは大いにこちらへ傾き、
 グライア公国が占領した分の領土の半分は奪還出来るだろう。
 ターゲットは、グライア公国のマリーネ駐留軍主力部隊だ。
 グライア公国は資金力に物を言わせて、新兵器である
 ライディング・フレームを多数用意しているようだが、
 兵の質は極めて低い。焦らず騒がず、少しずつ戦力を削いでいけば、
 確実に勝利出来るだろう。また、兵器ばかり揃えて、
 数も我々と大差があるとは言えないので、尚更だな」
「これに際し、連絡の円滑化のため、以降、正式にライディング・フレームを
『RF』と称します。頭に叩き込んでおいて下さい」
ガイギャクスとユニアが淡々と説明する。
「また、注意しておくべき事項として、王女陛下の事がある」
「…………」
ガイギャクスの言葉にファーリッシュを含め、全員が神妙な顔をした。
「王女も状況によっては前線に出る可能性がある。RF自体がまだ貴重な上、
 我々には国力が無いので仕方が無い。だが、積極的に攻めに出るのもいいが、
 最優先は王女の防衛だ。王女が捕縛ないし殺害された場合、
 二度と共和王国再建は不可能だと思え。いいな?」
「了解! 我等が命は王女と共に!」
狂信的ともとれるその言葉に、王女は身震いした。
「野戦になりますので、撤退の自由は比較的効く方ですが、
 王女の初陣で敗北となると、これまたイメージ的に悪い上、
 敵を調子付かせてしまうので、あたしやガイギャクスも精一杯戦いますけど、
 不退転の覚悟で臨むように。いいですね?」
「了解です!」
「よろしい。では、王女。皆に激励の言葉を」
ファーリッシュは立ち上がった。丸暗記させられた台本の文章を、暗唱する。
「マリーネ共和王国の将兵よ。私が王女ファーリッシュ=アーバン=マリーネです。
 私の命は、忠臣たるアーバン一家に救われ、その報いとして、
 我が名にアーバンの字を込めるようになり、はや十年の歳月が流れ、
 今、こうして戦場に出ようとしています。
 全ては、亡き父上、母上、それに兄上が愛されたこの国の復興のために。
 私は立ち上がらなければならないのです。
 全将兵諸君! 持ちうる全ての力と、技と、機知とをもって、
 今、私と共に戦場に臨みなさい。惑星ノアの統一をこの手で勝ち取るために!」
「おおおおおッ!」
将兵の咆哮がテントに響いた。つられて外の兵まで士気が上がったらしく、
あちこちで雄叫びがあがっていた。
「ジルヴィクス……やっぱりこの台本、私には似合わないのですけど……」
思い切り、しかしこっそりと不満を口に出すファーリッシュに対し、
ジルヴィクスは、笑って返答する。
「そう? 結構サマになってたと思うんだけどね、僕は」
「そうでしょうか……?」
いまいち納得のいかない顔をするファーリッシュであった。
「では、出撃する! 総員、戦支度だ!」
バタバタと将兵全員が出て行った。ジルヴィクスとガイギャクスも
RFを着込みに行ったので、ここにはファーリッシュとユニアしかいない。
「さ、王女。戦装束に着替えておきましょう」
「ええ……」
やはり特別扱い。慣れない事だらけだが、文句を言ってはいられない。
ファーリッシュは教えられた手順どおりにRFを装着し、チェーンソードを手に持った。
マントは一人では装着出来ないので、ユニアに手伝ってもらう。
数分もすると、見事な戦装束に切り替わっていた。
まったく、この呆れるほどの手際の良さは、かつてのファーリッシュにはなかったものである。
全員揃って戦場に到着した。既に敵は迎撃態勢を整え、
RFを装備した敵兵もちらほらと見受けられる。
RF兵の数はマリーネ共和王国より、グライア公国の方が多いようだ。
これは情報通りである。
「索敵は済んでいるか?」
「はい。周囲十キロメートルに敵兵の姿はとりあえず見当たりませんね。
 伏兵はいないでしょう。もちろんそれは、こちらも同じですが」
ガイギャクスは、偵察兵の言葉を聞いて納得した模様だった。
「戦術というのは、色々大変なのですね、ガイギャクス」
「何を他人事のように言っている、王女。
 兵法書を今日から毎日熟読してもらうからな。
 実戦でもテストをさせるぞ、いいな?」
「あ、はい……」
自信無さげにファーリッシュが返事する。
「来ました! 敵の第一波です!」
偵察兵が慌てて重臣一同へ知らせる。ジルヴィクスが前面に出た。
「慌てるな。ここは僕達の陸戦隊が押さえる。敵にRF兵はいるのかい?」
「数は十です。他は全て歩兵です」
「十か……弓兵を上手く守りきればいけなくもないだろうね。
母さんの魔法部隊が出るほどの事もないか。出るよ」
「はっ!」
ジルヴィクスと兵員の四分の一ほどが前に出た。
主力は弓兵部隊である。魔法部隊はシレーネ共和国と違い、
貴重な存在なので、無闇に消耗させられないのだ。
「わ、私は……?」
オロオロしながらファーリッシュが席を立つ。
「王女、後ろで見ていなさい。あなたが出るとしたら、戦局が不利に傾いた時よ。
 あなたの仕事は味方の士気を向上させる事。
 今、あなたにはそれ以外出来ないのだから、大人しくしているのよ」
ユニアが嗜めたので、とりあえずファーリッシュは部隊の中心に移動し、
大人しく戦場を観察する事にした。
グライア公国との戦闘が始まると、すぐに無数の矢が敵RF兵を射抜いていく。
それをかいくぐった、残りの敵RF兵が、成す術も無い弓兵を一方的に屠る。
もちろん、ジルヴィクスは、それを防ぐために、自らチェーンソードの槍バージョンである、
チェーンランスを持って、敵RF兵へと斬りかかり、そこから熾烈なRF兵同士の空中戦が始まった。
舞い散る血飛沫(ちしぶき)、巻き起こる悲鳴と怒声、墜落するRF兵の無残な姿……
「ユニア……戦場は、怖いですね……」
「覚悟が必要よ、王女。あなたが足を踏み入れるのはこういう世界。
 場合によっては自ら戦ってもらうし、人も屠って、なおかつあなたはその上で人道を説いて、
 敵国を制圧しなければならない。その重責に耐えられる?」
「悲しい事ですが……受け入れざるを得ないでしょう」
ファーリッシュの目から涙が溢れる。
数が不利なせいか、少しずつマリーネ共和王国の部隊が押され始める。
「敵第二波が来ます!」
更に、RF兵と歩兵が出てきた。
数を頼みに、弓兵などをあまり用意していないようだが、
数に勝るというだけで、この場合は充分に脅威である。
「俺が出る。ユニアは後方から攻撃魔法による援護を頼む」
「任せて、ガイギャクス」
「待っていろ、ジルヴィクス! 野郎共、出撃だ!」
今、マリーネ共和王国にあるRF兵全てが出撃した。士気も極めて高い。
反面、グライア公国は、マリーネ共和王国側の予想外のRF兵の数に驚愕していた。
「まずい、救援を、救援……ぐあああッ!」
「そうはさせない!」
RFを操るガイギャクスとジルヴィクスが、率先して敵を屠っていくおかげで、
味方の士気は最高潮に達していた。反面、グライア公国側は半ばパニック状態に陥り始めていた。
しかし、味方の好調も長くは続かなかった。敵の第三波、第四波が
挟撃用の陣形を組んで、ガイギャクス隊、ジルヴィクス隊の方向に向かっていたのだ。
彼我戦力差は、なんとこちらの一・五倍にも達する。
じわじわと陣形が崩され、味方部隊が窮地に陥ろうとしている時だった。
ユニアが呪文の詠唱を始めたのだ。
「フレイムバスター!」
文字通り、複数発ほど発射された火の弾丸が、敵兵の集団を襲う。
敵兵はまたしても混乱に陥った。グライア公国には
魔道兵がいないので対処のしようが無いのが原因らしい。
惑星ノアの魔法は、魔力を練り上げて放つまでの時間が勝負である。
地・水・火・風・光・闇・氷・雷の八種類の呪文属性に、
弾丸(バスター)、砲弾(キャノン)、貫通弾(シューター)、
波(ウェイブ)、衝撃波(ブラスター)、照射砲(ランチャー)と呼ばれる
六種類の射撃タイプを組み合わせて放たれるのが一般的である。
また、その他にも治癒魔法や、筋力の一時的な増強などの援護魔法が存在するが、
この辺りになると、普通の魔道士では不得手な部分も多い。専門的な使い手が必要である。
ユニア隊は、対単体向けの弱威力魔法である『弾丸(バスター)』に火の属性を合わせ、
敵に向かって乱射しているのである。大きな魔法を使うよりは、魔力の節約になるのだ。
ユニア隊の魔法のおかげもあってか、少しずつではあるが、
マリーネ共和王国軍は、グライア公国軍を押し返し始めていた。

一方、グライア公国陣営の中心では、焦りが見え始めていた。
グライア公国の指揮官が苛立ちを隠そうともせずに、将兵を睨みつけて歩き回っている。
気の毒なほどに萎縮した、まだ出撃していない将兵一同は、
一言を発する事さえ出来ずにいた。女指揮官のディーヴァ=ニールセンが恐ろしいのだ。
苛烈な性格を買われ、対外駐留軍の総司令官として就任した彼女ではあったが、
過ぎた過激さは、将兵からの不満を同時に招く原因にもなっていた。
「で? たかが十七の小娘が指揮する部隊なんぞに、
 この私の部隊が押されつつあるってのかい? 面白い冗談だねぇ、ええ?」
嫌味たっぷりにディーヴァが言うと、将兵が一斉に反論してきた。
「しかしニールセン将軍! 敵はこちらの予想を遥かに上回るRF隊を編成しており、
 その上に魔法隊まで控えております。更に王女自らの初陣とあって、
 士気も遥かに我等より上です!」
「その通りです! ここは一旦退いて、別の部隊と合流した上で、
 改めて攻略作戦を展開すべきかと存じます!
 失礼ながらあなたは雇われ将軍! 軍略の何たるかを御存知でないのではないでしょうか!」
「お黙りよ!」
ぴしゃり! と強く怒鳴りつけるディーヴァに、グライア公国将兵は黙ってしまう。
「士気が高い? 王女が自ら出てる? その程度が何だってんだい!
 あんた達、ご自慢の愛国心がありゃあ、あの程度の数どうとでも出来るだろうよ!
 しかも相手の王女はまだ初陣だ? そんな経験不足の新米指揮官、
 あたしが出てぶっ潰してやるさね!」
一方的に話を打ち切ると、ディーヴァは自分用のRFを着るために出て行ってしまった。
「愛国心だなどと……笑わせる。向こうの王女が小娘なら、
 こちらの指揮官は戦術も知らぬ未熟者よ」
「だが、従わないわけにはいかないだろう。あれでも公子自らが選抜した
 精鋭だというし、腕は確かにあるからな」
「ふん、要は腕力馬鹿じゃないか」
口々に不満を露にする将軍達に対し、兵士達はひたすらうろたえる。
「敵が……敵が第三波と第四波をほぼ敗走させつつありますーッ!」
「慌てるな! 第五波を出せ! 最終防衛ラインを崩すなよ!」
「りょ、了解!」
兵士達は慌てて戦闘態勢に入った。それほどまでに追い詰められるなど、
グライア公国にとっては、誤算以外の何物でもなかった。
敵は数も少なく、資金力も無く、国力はまるで期待できず、技術力も何もない。
ただあるのは、際立って優秀な近衛兵団だけなのだ。だが、あまりにも質が違いすぎた。
大南洋条約がある以上、個の力というのは、絶対に無視出来ない要素なのだと、
グライア公国の誰もが思い知る事になったのである。

その頃、ガイギャクス、ジルヴィクスは敵兵に投降を呼びかけようかと思っていたが、
その矢先に敵の第五波が現れ、その目論見を台無しにされた所だった。
戦力的には厳しいが、あまり屠ってばかりもいられない。
敵の中には現地徴用で挑発された、自国民がいるからである。
なんとか降伏に持ち込みたいところであった。
「ちいッ! ジルヴィクス、そっちは大丈夫か?」
「父さんこそ!」
「質は大した事無いが、あまり自国民を屠りたくない! 敵将を探せ!」
「分かっています!」
敵RF兵を撃墜しながら、敵将を必死に探し回る。
その時だった。
「ファーリッシュ王女! どこにいる! 出て来な!」
ディーヴァがRFを纏い、高速で現れて、ガイギャクスとジルヴィクスのいる位置を
電光石火の勢いで通過していった。見事に無視された形だ。
「まずいぞ! ジルヴィクス、ファーリィを頼む!」
「分かっています! やらせるものかッ!」
ジルヴィクスは急遽反転し、ガイギャクスは引き続き敵将を探し始めた。
迂闊な事に、ガイギャクスは今のRF使いが、敵将だと気付かなかったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
凄まじい勢いで、こちらの兵をチェーンソードで斬りつけながら、ディーヴァは強行していた。
いや、もはやこれは強襲と呼ぶのが相応しかった。
辺りにまたも、血飛沫と悲鳴、そして怒声が交じり合う。

「敵RF兵、来ます! な……単騎駆けだと!」
索敵班からの偵察を聞いても、ファーリッシュは慌てなかった。
なんとなくだが、勘で分かったのだ。きっと敵の重要人物が来たのだと。
「王女、下がって! 私が迎撃します」
「いいえ……私が出ます!」
「王女!」
「私の仕事は味方の士気向上。ならば、私が出て、敵将を退けます!」
「王女! 待ちなさい、ファーリィ!」
「出撃です!」
ファーリッシュは、RFのエンジンを全開し、宙へと舞った。
 何故自分でもそうしたのかは分からなかったが、またなんとなくの勘で、
 自分を狙ってきたのだと思ったからだ。
「くっ、後を任せます!」
ユニアもすぐにその後を追う。しかしもう遅かった。
敵の指揮官らしき人物が、直接、ファーリッシュと接触する寸前だったからである。
「小娘が! えらく立派なライディング・フレームを着て! 生意気な!」
「あなたが指揮官ですね! 私が相手です!」
「は! 遅いってのさ!」
ディーヴァはまたもエンジンを最大出力にし、
チェーンソードを唸らせてファーリッシュの方に向かってくる。
熾烈な空中戦がここでも始まったのだ。
ファーリッシュもチェーンソードを唸らせ、鍔迫り合いが始まった。
ぎぃぃぃぃぃぃ!
チェーンソーの原理で回転する刃同士が押し付けられ、
凄まじい火花と耳障りな金属の摩擦音を立てる。
思わず耳を塞ぎたくなる騒音に、ファーリッシュは顔をしかめる。
「騒音程度で怯んでどうするよ、小娘ぇ!」
「私は小娘ではありません! ファーリッシュ=アーバン=マリーネです!」
「何ッ!」
ディーヴァは驚きのあまり、思わず鍔迫り合いをやめてしまった。
まさか、これほど頼りなさげな少女が王女だとは思いもしなかっただろう。
王族というからには、相応の威厳がある、との勝手な思い込みが彼女の隙を招いてしまった。
「今です!」
ファーリッシュはチェーンソードを持っていない、左腕側の義手のギミックを展開。
ワイヤーアームが速やかに伸び、ディーヴァをRFごと縛り付けた。
「しまった!」
更に予想外の反撃を受けて、完全に空中制御を失ったディーヴァは墜落を始めた。
しかし、ワイヤーアームの最長限界である五十メートルという長さに救われ、
ディーヴァはかろうじて、墜落死を免れていた。しかし本人は停止のショックで気を失っていた。
「私の勝ちですね」
ワイヤーアームを振り、敵陣の中にディーヴァを放り投げてやる。
ディーヴァの身体がワイヤーアームから離れると、ファーリッシュは義手を元に戻した。
誰が見ても、初陣にしては過ぎた完全勝利と言えた。
実際の戦闘時間は二分にも満たなかったのだから。
だが、相手の油断、隙、そして予想外の事態への混乱が大きな勝因になったのは事実である。
ただ、それを生かすだけの実力がファーリッシュにあったのは
否定されざるべき要員なのもまた、事実であった。
ディーヴァを突き返されたグライア公国軍は、既に恐慌状態にあり、
まともな戦闘など出来はしないほどになっていた。
「撤退だ、撤退ーッ! ディーヴァ将軍を守れーッ!」
敵兵が撤退していくが、それに付き従ったのは純粋なグライア公国の兵士のみであった。
徴発兵はその場に残され、殿という名の囮部隊をやらされた形である。
だが、そのような命令を真っ向から聞く義理など、徴発兵達には無かった。
元々彼等はマリーネ共和王国の兵、もしくは民であり、
元々心情はファーリッシュの方に寄せられていたのだから、至極当然な話である。
かくして駐留軍の半数以上をも動員したこの戦闘は、マリーネ共和王国の見事な勝利で飾られ、
グライア徴発兵は、マリーネ陣営に帰参した。
これにより、マリーネ共和王国の兵力は、一・五倍にも膨れ上がったのである。
「報告! 朗報ですぞー!」
勝利の余韻に浸っていたガイギャクスの所へ、偵察兵がやって来た。
「どうした?」
「グライア公国が占領した我が領土の南半分から、敵兵が一人残らず撤退しつつあるようです!
 敵は一箇所に固まり、厚みも増しましたが、これで国土の半分が戻ってきた計算になります!」
「よし、足の速い者を百名ほど向かわせろ。
 さっそく統治の建て直しを行うから、文官も忘れずに連れて行くんだ。
 俺も後から行く。いいな?」
「分かりました! すぐ行動に移ります!」
連絡兵が指示を伝えるや否や、すぐに兵士達と文官連中が動き出す。
見事な統制であると言えよう。その光景に、またもファーリッシュは息を飲む。
「すごい……」
その横にユニアが立った。
「独断専行が過ぎるわね、ファーリッシュ。
 動機は分かるけど、あまり誉められた行動ではないわ」
「敵将はこちらを狙って、次々と味方兵を屠っていました。
 無駄な犠牲を出すよりは、私が出て無駄な被害を
 抑えなければならない、と思いました。いけませんか?」
「悪いとは言わないわ。必要に迫られていたのは事実だったし、
 無駄な被害を抑えるのは戦術上、当然の事だからね。
 でも、あなたは総大将なの。もう少し自覚が必要かしらね」
「……ごめんなさい、ユニア」
「分かればよろしい。まあ士気向上に繋がったのも事実だからね。今回は大目に見るわ」
手をヒラヒラ振りつつ、ユニアはその場を去って行った。
それに続いて、ジルヴィクスがやってきた。
「思ったよりライディング・フレームを上手く使いこなしていたね、ファーリィ。
 やはり君は、亡き前王の娘だ。あの御方も、比類無き実力を備えていたという」
「父上ほど上手くは出来ないでしょうが、私なりに上手く扱えた方だと思います。
 義手の扱い方はその場のアドリブでしたけれど……」
「それでいい。君はわざと敵指揮官を屠らなかったようだけど、
 指揮官自らが敵を殺す事は、君のためにも出来るだけは避けるべきだと思う」
「はい、お兄様」
「でも疲れただろう? 今日はもう戦術書を読むだけ読んで、寝ておくべきだね」
「分かっています。興奮が強くて眠れるかどうかは分かりませんけれど……」
「うん。でも睡眠時間は貴重だよ。これからは特にね……」
そう言うと、ジルヴィクスは夕焼けの空を見つめた。
血みどろの戦場には似合わないほどの美しい夕焼けだ。
この夕焼けが後何度見られるか分からない、という思いが、
覇気のあるジルヴィクスの顔に、不思議な翳りを与えていた。
「お兄様……私、お兄様が死んだら嫌です……どうか……どうか私を置いて、
 先に死んだりなどしないで下さい……
 ガイギャクスも、ユニアも一緒に……必ず、生き残りましょう」
「ファーリィ……世の中に『絶対』は無いんだよ。
 戦場の中では誰しも生き、死にを見て、自らもそれに見舞われる。
 君さえ例外では無いかもしれない。唯一世の中に『絶対』があるのなら、
 絶対に『絶対』というものが無い、というだけの話なんだ」
「でも……それでは酷過ぎます。あなた達は何のために生き、何のために死すというのです?
 誰しも、やりたい事は各々ありますのに……」
「それさえ踏みにじるのが戦争だ。だから僕達の手で終わらせるんだ。
 この不毛な戦争を真の意味で終わらせるのは覇道でも王道でも無い。
 人の道だけだ。そしてそれが成せるのが君だけだからこそ、
 こうして担ぎ出されている事を知らなければならない」
「……はい」
「さあ、重苦しい話をしている暇は無い。休むんだ」
「分かりました、お兄様」
納得はしたが、ファーリッシュの胸中には一つの疑問が浮かんでいた。
本当に、この戦争を終わらせる資格を持つのが、自分ひとりだけなのか、
自分でなくてはならないのか、という疑問である。
人生経験も遥かに豊富なガイギャクスの方が、遥かに相応しいようにも思えるのであった。
何か胸にモヤモヤしたものを抱えながら、
とりあえず言われた通り休息を取るファーリッシュであった。
その周りには多数の兵士が護衛に就いている。
またしても落ち着かないが、贅沢を言っても始まらないのは分かったので、
何も言わない事にしておく。
こうして初陣の日は終わったのであった。

一方、大急ぎで占領地域の半分を放棄したディーヴァ率いるグライア公国対外駐留軍は、
残りの部隊と合流して、再度軍議を開いていた。
「参ったね……魔法部隊までいるとは思わなかった。
 それにあの王女、見た目によらず小細工を使って、しかも腕が立ちやがる。
 強行突破は無理があるかねぇ……」
ディーヴァは珍しく唸っていた。自分よりも強い敵に出会うとは思わなかったのである。
ただし、不意打ちによる部分が重要なのに彼女は気付いていなかった。
「ともあれ、こっちは王女一人を捕まえるなり、屠るなりすれば勝ちなんだ。
 あんた達、なんかいいアイディアでも無いのかい?」
将兵が唸る。が、ほどなくアイディアでもあったのか、一人の将が手を挙げた。
「ディーヴァ将軍が、ファーリッシュ王女に勝てるのを前提に
 考えた策がある。聞いてもらえるかな?」
「どういう意味だい?」
「ディーヴァ将軍に、数名の者をお付きとして用意しよう。
 もちろんRFを装備させた上での随伴だ。ディーヴァ将軍と、本隊が囮になるのだ。
 そこをあらかじめ、周辺の森に待機させた伏兵達が挟撃する。
 それも四方向からだ。この陣形に対した時、並の指揮官であれば、
 成す術も無く混乱するはずだ。そこをディーヴァ将軍と随伴部隊が、
 再度強襲し、直接、ファーリッシュ王女を屠ればいい。
 もちろん伏兵部隊には敵魔法部隊を最優先目標として攻撃させるのが妥当だろう」
「私を囮に使おうってかい。面白いじゃないか、乗ったよ」
ディーヴァはその策を採用する事にした。
「よし、戦力の半数を私に付けろ! 残りの者はすぐにでもバラけるんだよ!
 四方といわず、八方から攻め立てるように工夫するんだ! いいね!」
「了解!」
指示に従い、バラけるグライア公国の将兵。
「さーて、あの小娘め! 一度は遅れを取ったが、
 今度はこちらもちゃんと策を立てて挑むんだ。そう簡単にはやらせないよ!」
指の節をボキボキと鳴らすディーヴァだった。気合は満点。
士気も低くはない。唯一の不安は、徴発兵が離反したりしないかどうかの問題だけであった。
だがそれでも、この策の前には、たかが十七歳の小娘など
成す術もあるまい、と彼女は思ったのである。


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