悲行少女


終幕 悲行少女が喜び連れて

それから数週間が経過した。ファーリッシュの檄に渋々ながら応じざるを得なくなった
カイゼル帝国、シレーネ共和国、アムゼル民主国、グライア公国首脳が暗に使いを寄越し、
マリーネ・リグバルト連合軍主体の休戦協定に調印する事となり、
これによって第一次惑星ノア統一戦争はあっけなく幕を閉じた。
どの国にも、連合を組むほどの仲の良さや相容れる要素など無かったはずだし、
そもそもマリーネの領土を奪ったリグバルトが、
そのマリーネの提案で同盟を締結するなど、誰もが予想していなかったのである。
それに、残る四国はいずれもマリーネ・リグバルト同盟に対抗しうるほどの
国力、戦力ともに保持してはいないのだ。全ては戦略において優位に立った
ファーリッシュとエルトリオン王子の目論見通りである。
素直な結果ではないが、それだけに現実を帯びた平和が惑星ノア全土に訪れつつあった。
平和の立役者たるファーリッシュとエルトリオン王子は一つの伝説となり、
特に最大の功労者であるファーリッシュは、その生誕から没落、復興に至るまで
詳細が吟遊詩人によって語られ、ある一人の民兵が言った『悲行少女』という渾名が普及し、
あたかもそれが肩書き、あるいは叙事詩の題名であるかのように呼ばれるようになった。
で、その『悲行少女』本人であるファーリッシュ王女はというと――
「あ、このレタス、安いですね。一玉下さい」
「お、王女陛下?」
……城下町の八百屋で何故か買い物などしていたりする。
当然店員もファーリッシュの顔は知っているので、
普段着、かつラフな格好で出てきた王女に驚くばかりであった。
「あのー、お供の方とかはいないんですか?」
「え? ああ、ライディング・フレームで撒いてきました。
 ああ人数が多いと買い物どころではありませんので」
「いや、お一人じゃ危険なのでは……と……」
「いいじゃないですか。自分の国が一番安全なんですから。
 それにエルト君がせっかく遊びに来てくれると言っているんです。
 手料理ぐらい振る舞わなければ失礼でしょう?」
「え、エルト君?」
「同盟関係にあるリグバルト王国の王子です。御存知ではありませんか?」
「あ、いえ……一応知ってます、はい」
「それにこう見えても私、結構お料理とか好きなんですよ?」
「……はあ。まあそれはいい事ですけど、王家の人って料理とかするんですか?」
「城では『そういうのはシェフにお任せ下さい!』って、よく止められます。
 けどいいじゃないですか、お料理ぐらい……駄目ですか?」
「いや、自分がとやかく言う筋じゃないんで構いませんけども。あ、お会計を」
「あ、じゃあこれで」
釣り銭要らずの小銭をじゃらじゃら鳴らしつつ、しっかり支払うファーリッシュ。
「あ、毎度ありがとうございました!」
「さて、そろそろ帰らないといけませんね。また買いに来ます」
穏やかな微笑を浮かべ、大量の買い物袋を下げてファーリッシュは立ち去った。
「あれが噂の『悲行少女』……? ずいぶんと庶民臭い御方だなぁ……」
その背を、八百屋の店員は呆然と見つめるよりほか無いのであった。

城に戻ると、ジルヴィクスが腕組みして待っていた。
「また買い物? 好きだね、王女も」
「政務の息抜きにはちょうどいいですよ、お兄様」
「うん、それはいいけど、RFまで使って護衛を撒くのはやめてあげてくれ。
 今日で五回目だからって、流石にちょっと何名か泣いていたよ? 宥めるのに苦労したね」
「自国なんですから護衛なんて要らないのに……」
不満げな顔をするファーリッシュだが、敢えてそれを叱る事はしなかった。
どうせ短いかもしれない平和なのだ。満喫できるうちにしておいた方がいいだろう。
「さて、エルト君を出迎えるために手料理でも作りましょう。お兄様も手伝って下さいね」
「僕がかい? うーん、包丁で豆腐を切ると手を怪我するんだけど」
ジルヴィクスは刃物の扱いがあまり得意ではないらしい。武器は別なのだが。
「お兄様は武具の扱いに慣れすぎているからです。
 刃物を握ると斬る時に手を引く癖があるからだと思います」
「癖って怖いよねぇ」
と言いながらも、何故か早速指を切ったらしいジルヴィクスを見て、
ファーリッシュは困った顔をするのだった。
「お母様ー、お兄様が怪我しましたー」
ユニアが救急箱を持ってやって来た。ガイギャクスも夫唱婦随で一緒にいる。
「何をしているの、ジルヴィクス」
「まったく、お前は戦場以外ではてんで役に立たねぇ奴だな」
「面目ないです」
大人しく手当てを受けるジルヴィクスに、全員が苦笑する。
和やかな時間が流れるが、ふとそれを遮る無粋な声が聞こえた。
「報告!」
近衛兵団の兵士の一人が、軍務口調で報告を始めた。
「リグバルト王国筆頭、エルトリオン=セイル=リグバルトV世王子及び、
 リグバルト王国代表の将兵の方々、ただ今両国同盟における重要な親善交流のため、
 ご来訪なされました旨、確かにご報告申し上げました!」
ずびし。
ガイギャクスがその兵士に、軽くかかと落としを入れる。
「な、何をなさいます?」
「何を、じゃねぇ。まどろっこしいったらありゃしねぇ。
 お前はシンプルに『遊びに来た』と言えんのか? ああ?」
「いえ、一応同盟という名目上が……」
ずびし。
今度はガイギャクスのチョップが炸裂した。
「ですから何故叩くのです!」
「名目なんざどうでもいいって向こうの王子が言ってんだ。
 お言葉に甘えたって罰は当たらんだろうが。
 いいからとっとと客室に通してやれよ。待たせとく方がよっぽど失礼だろ」
「りょ、了解しました!」
半分涙目で兵士がキッチンを出て行く。
「ガイギャクス、あんまり部下をいじめちゃ駄目よ?」
「うるせぇなあ。あいつらのしゃちほこばった物言いはいい加減うんざりなんだ。
 ファーリィだってそうだろうが」
「私はまだ慣れないだけですけど……」
「ほら、とっとと作ってとっとと行くぞ。メシでも食えば気分も盛り上がらぁな」
ガイギャクスの言う通りではあったので、ファーリッシュとユニアは料理に集中する事にした。
ほどなく料理が完成し、後で運ばせるように指示した上で、
彼等は客室にいるはずの、エルトリオン王子以下、リグバルト王国軍の面々のもとへと向かった。

「ファーリィ!」
客室に入るなり、いきなりエルトリオン王子が抱きついてくる。
「ひゃっ!」
ファーリッシュは驚いたが、いつもこんな調子なので、さして拒絶する気にもならない。
というよりそんなに嫌でもないのは、彼女自身にも不思議だった。
「もう……そんなに大胆に振る舞うものではありません。人目があるのですよ?」
「じゃあ人目が無かったらいい?」
そんな事を言いながら、エルトリオン王子は部下を睨みつける。
「いえ、だからってせっかく一緒に来たお供の人を追い出すのもどうかと……」
困った顔でフォローを入れるファーリッシュをしっかり抱きしめたまま、
エルトリオン王子はジト目で睨んだ。
「……城の人に聞いたよ。しょっちゅうお忍びで出かけては
 ファーリィも護衛の人をRFを使ってまで、撒いてるらしいじゃないか」
「な、なんで喋るんですか! そんな城の恥を晒さなくてもいいでしょう!」
おしゃべり大好きな女官達を真っ赤になって叱り飛ばすファーリッシュを見て、
ジルヴィクスをはじめとして、全員が爆笑した。
悪びれもせず黄色い声をあげて、たちまち女官達は客室から逃げ出した。
真っ赤になって顔を隠すファーリッシュを見て、
エルトリオン王子は抱きつくのをやめ、彼女の頭を撫で始めた。
「ほら、ファーリィも偉そうにしてるけど、僕と大差無いね」
「ううぅ。立場が逆になってしまいそうです」
なんとなく年上の優位性(アドバンテージ)が
薄れてしまいそうなほどの恥を晒した彼女であった。
「でもファーリィ、なんとなく笑顔が自然になってきたね?」
鋭いエルトリオン王子の指摘に、ふと真顔になるファーリッシュと他多数。
「そう……でしょうか……一時の平和のためとは言え、
 そのために払った犠牲は決して少なくありません。
 特に敗戦国であるカイゼルとグライアにとっては……」
「元々あっちから吹っかけてきた戦争だし、元々僕の国だって、
 君の国の一部を勝手に制圧したんだから仕方無いよ。ちゃんとしっぺ返しも食らったしね」
屈託無く笑うエルトリオン王子に、ファーリッシュは暖かい何かを感じた。
「君のそういう顔を見れるってだけで、同盟した価値が僕的にはあったね。
 僕が婚姻可能な年齢になったら、きっと迎えに来るんだから、覚悟はしといてね?」
不敵なエルトリオン王子の言葉に、ファーリッシュは困った顔をする。
「まあ……エルトリオン王子、私はまだお受けするとは言っていませんよ?」
「ええー? 抱きついた時拒絶しなかったくせに」
「今の所のエルト君は、良い弟分というか、お友達というか、そんな間柄です。
 これからどうなるかは、全て私とエルト君次第ですよ」
「そっか。じゃあ駄目とは言ってないから、まだ目があるね」
思考が単純なエルトリオン王子は、それだけでも喜べる幸せな人であった。
「さて、せっかく作った食事が冷めてしまいます。
 たくさん作りましたので、どうぞ皆様も、立食パーティを楽しんで行って下さいね」
ファーリッシュの言葉が終わるや否や、いつそんなに作ったのか、大量の料理が客室へと運び込まれた。
平和な時の、しかも至福の時間が、ようやく取り戻されたマリーネ王城に流れ始めたのであった。
それが一時の頼りない平和だとしても、『悲行少女』ファーリッシュは、
その時間をこそ、永遠に望んでやまないのであった。

悲行少女−完結−


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