第一章 打倒魔王軍!(らしい)


「……魔王を倒してくれ」
「やっかましいわっ!」
月並みな頼みとそれに似合わぬ怒声。
ザン国王ラルフ=ギル=ザン=アームT世と、ザイン=ストレンジャーの二人である。
「英雄と近辺で呼ばれているお前の力が必要なのだ!」
「食い逃げ犯を捕まえたくらいで英雄扱いされる覚えは無いわい!
ありゃあ町の連中が平和ボケしてるだけだろうがっ!」
「世界規模で長期に渡って食い逃げしろと言われて、普通できるか?奴はそれをやったから大物だ!」
「それは一体どういう理屈だ! 食い逃げは食い逃げ、みみっちい事に変わりはない!」
「ともかく、君もいっぱしの傭兵だ。だから、私が雇うというのはどうだ?」
「まあ、それなら……しかし、なんだっていきなり俺なんだか」
ザインのぼやきは至極もっともな事である。
芯のしっかりした黒眼。寝癖を素の髪型にし、そのままサークレットを付けている。
美形とまではいかないが、割と整った顔立ち。
弱そうには見えないが、決して強さを感じさせることのないレザーアーマー。
強風が吹こうと崩れない金髪は、いささか不自然ですらある。
これが、ザインの特徴らしい特徴だ。
年齢は十七になったばかり。いかんせん大きな戦いの場に立つには
経験不足と言わざるを得ない。無論、経験には個人差があるが。
対してラルフ王は、短めにカットした銀髪が好感的ではあるが、
優しさの中に秘めたブラウンの瞳の鋭さは、一流の戦士であれば、すぐに分かる。
赤いマントがよく似合い、三十七歳という年齢のせいか、それ相応か、またはそれ以上の威厳が感じられる。
どう見ても、ラルフ王の方が今のザインより一枚も二枚も上手のはずである。
それでもラルフ王がザインを呼んだのは、ザインの能力を話に聞いていたからだ。
「ザイン。確かお前は封神封魔流マスターのはずだったな?」
「何故、それを?」
剣術『封神封魔流』とは、扱い方によっては、神族、魔族すら簡単に倒せるほどの威力を持つ、
俗に言う『魔法剣』の亜種のような技を得意とする流派の事である。
最強の剣術として、その世界ではよく知られているが、ややマイナーではある。
彼がもともと捨て子で、養父に拾われて、ある事情から封神封魔流を学ぶよう養父に勧められ、
わずか十年でマスタークラスになった事を知る者は、ザインの養父か、ザインの師だけのはずであった。
「なぜ、あんたがそれを知ってる?」
「うちの娘に護身術を教えた人間が、お前の師匠と同一人物だったのだ。彼に助力を頼んだが、
『ンな事は俺の馬鹿弟子で十分だ。経験を積ませるために、俺なんぞより、そっちをこき使ってやってくれ』だそうだ」
「……はぁ」
ザインはため息をつくしかなかった。
自らの師の指示、もとい命令に逆らっても無駄な事はとっくに分かりきっていた。
「分かった。だが、まさか俺一人とか言うんじゃねぇだろな?旧時代のゲームじゃねぇんだからよ」
「そんな無謀な事するか。私も同行するんだよ」
「は?」
「私も行く、と言ったのだ。いくらなんでもお前一人行かせるわけにはいかんさ」
いきなり無茶な事を言うラルフ王。 この国は『共和王国』であり、王国、共和国の両方の特性を持っていて、
王と、選挙で国民に選ばれた大臣の両方で国を治めているのだ。その片方がいなくなれば、国が大混乱する可能性すらある。
「何もあんたが来るこたぁないだろ! ザン国はどうすんだよ!」
「それくらい考えていないと思ったのか? もちろんそれも大丈夫だ、代理を立てるさ。来てくれ、ミルフィーユ!」
「はぁい」
およそ場の雰囲気にそぐわない陽気かつ脳天気な声。
ザン国第一王女、ラルフ王の愛娘だ。
その名をミルフィーユ=クイニーアマン=ザン=アームという。十六歳だ。
ザインは、修行生活が長かったため、世事に疎く、王女の顔、名前共に知らなかった。
ラルフ王から簡単に紹介され、浮かんだ感想を彼はつい口に出して言った。
「ずいぶん甘そうな名前だな」
これにはさすがに、ミルフィーユも苦笑せざるを得ない。
「うん、死んだ母さんの趣味だったらしいんだけど、嫌いじゃないわ」
「趣味って……まあいいや、よろしく」
何故だか知らないが、ザインはあまり深く突っ込まないほうが良さそうな気がした。
「うん、これからパパとも、あたしとも長い付き合いになると思うから。
後の事はあたし達に任しといてよ! 大丈夫だから」
「あ、ああ」
『お姫様』という人種とこれほど気軽に話せるという感覚は、ザインにとってとても新鮮なものであった。
「とにかく、よろしく頼むよ。一緒に行こう、ラルフ王」
「任せておけ。こう見えても私は神官と騎士のスキルを持っている、心配は要らん」
スキル――簡単に言えば、職業(クラス)ごとに得られる技や魔法等の技能だ。
つまり、ラルフ王は、プリーストとナイトと呼ばれる技能的には
なかなか利用価値の高い技能を持っている、と言っているのだ。
スキルは、技能免許協会(スキル・ライセンス・ソサエティ)の認可したものが全部で五十種類ある。
スキルによっては、技や魔法だけでなく、装備可能なアイテムまで変わってしまうほど重要な要素なのだ。
さらに細かくラルフ王の持っているスキルを説明すれば、
プリーストスキルは、光魔法、回復魔法を自由に操れる数少ないスキルであり、
ナイトスキルは、他のスキルと組み合わせられ、それによって呼び名が様々なものに変わる
『汎用スキル』と呼ばれるものである。
「ザイン、お前のスキル証明書を見せろ」
「ん?ああ、ほれ」
ザインの証明書を見てラルフ王はスキルを確認する。そこには、傭兵、ソードマスターと記してあった。
「傭兵か、おい、ザイン。お前今すぐ昇格(スキルアップ)しろ」
「え? 独断でンな事していいのか?」
「特例だ。お前に『勇者』の称号を与えるからな」
スキルは、昇格により、上ランクのスキルとなる物もあり、『傭兵』のスキルアップクラスは『英雄』である。
ザインに送られるはずのスキル証明書には『英雄』ではなく、『勇者』が明記される。
『称号』とは、文字通りの意味で、特定の事情の者に与えられ、
同じスキル、同じ技を使っていても名前だけは違うというものだ。
つまりザインは、実質、英雄にスキルアップしたのと同じなのだが、
称号は無闇やたらに与えられるものではないので、脅しなどには十分使えるし、
称号があるだけで威圧になるので、無用な戦闘はある程度避けられることが容易に推測できる。
そういう意味では、まんざら無駄というわけでもない。
「ま、いいか」
あっさりとザインは承諾した。すると……
ぱーぱーぷぽぺぽぴーぱー!
何の脈絡も無く、突然のファンファーレ。
見ると、何故かザインを囲むようにして楽隊がいた。
その中の一人が、前に出てザインに話しかけた。
「スキルアップ、おめでとうございます」
「……あんたら誰?」
「技能免許協会音楽奏で隊です。それでは」
「ちょっと待たんかい!」
しかし、奏で隊とやらは既に走り去っていた。
ザインは、ただそれを見つめるしかない。もうどうでもよかった。
「まあいい、ともかく行こうか、ラルフ王」
「よし、ここに『勇者軍』を結成だ!」
「『軍』て、あんた……二人だろうが……」
「細かい事は気にするな!」
「するって……」
しかし、ラルフ王は聞く耳持たない。
「開門!」
ラルフの命令で城門が開く。
「さあ、行くか、ザイン!」
「へいへい……」
「いってらっしゃーい!」
ザインとラルフ王は、ミルフィーユの見送りを受けつつ、ザン国首都兼城下町、アームキャピタルへ出た。
二人は商店街である物を購入した。
魔道科学の結晶ともいうべきこの世界唯一の汎用型魔道媒体、ウィザーディ・ブレスレットである。
これさえあれば、既存魔法はおろか、アレンジ魔法、オリジナル魔法まで使える。
ただ、使用法である、イメージを頭の中に組んで呪文を唱えるというこの作業は、術者の力量が関わってくる。
実践でパニックになるような者に、実戦で呪文を使えと言っても無理な話なのである。
なお、魔道媒体を持っていない『人間』は、ごく稀な例を除いて、絶対に魔法を使うことはできないのである。
「使い方は知っているな?」
「一応な」
ザインとラルフ王は、W・B(一般では、こう略されている)を装備した。
その後、二人は、国境の町ロームタウンを目指すことにした。
その途中に現れたのは……
「コケッ!」
ニワトリだったりする。
「な……なんでニワトリ……」
ザインのセリフはもっともだった。
「そう言えば、最近この辺をうろついて、冒険者を襲うニワトリがいるという話を、
出張していた兵士から聞いたな。どの冒険者も、もちろん応戦はするんだが、
やられて食料を奪われてしまったらしい。根こそぎだ」
「けっ!だらしねえ! たかだかニワトリにやられるんじゃ冒険者失格だぜ!」
ラルフ王の解説に対して毒づくザイン。
ところがニワトリは、そのザインの態度が気に食わなかったのか、戦闘態勢に入る。
「コッケェェェェッ!」
ニワトリは闘牛よろしく吠え(鳴き?)、足で砂をザッザッと掻きだした。
その時、ニワトリの右足に引っかかっている謎の輪っかが、カチャリと音を鳴らした。
「って、あれは!」
「コケコケ、コケェェェッ!」
ザインが気付いた時はもう既に遅かった。
そう、その輪っかはW・Bだった。
ゴォォォッ!
フレイムバスター。火属性の弱威力系小規模単発攻撃呪文である。
「よけろぉッ!」
炎の弾丸をかろうじてかわす二人。
魔法を使うのは、何も人間だけではない。二人はそれを、身をもって体験した。
「ななななんで、ニワトリがW・B持ってやがんだっ!」
「おお、そういえば、W・Bを奪われた冒険者もいたとかいないとか」
「そういうのは最初に言わんかぁぁぁぁぁぁぁい!」
そんな事を言いつつ、きちんと反撃態勢を取る二人。
「てめぇもてめぇだっ! ニワトリの分際で魔法なんぞ使いやがって! 生意気な!」
「ザインの言う通り! 勇者軍の名にかけて、貴様は必ずヤキトリにしてみせる!」
「コケ……」
ニワトリは『いや、そういう気合の入れ方されても困るがな』とでも言いたげで、器用に翼をヒラヒラと振る。
「いくぞニワトリぃッ!」
ザインはショートソードを、ラルフ王はジャベリンを構える。
だっ!
二人は突撃し、ニワトリに一撃を加える。
「コォォォォォォケッ! コケケケケッ!」
ニワトリは一流の剣士並みのスピードで二人の額をつつく。
「あだだだだっ!」
「こっ、こいつ! やるぞ!」
二人は態勢を整えるため、森に逃げ込んだ。
「ザイン、あのニワトリ、勇者軍にどうだろう?」
「おいちょっと待たんかい! 人間外がメンバーにいていいのか!」
「何を言う! 古今東西、勇者ときたら何か人間外の生物を連れているのが基本だろう!」
「だからと言ってニワトリじゃなくてもよさそーなもんだろーが」
「強いじゃないか」
「いや強さともかく。だいたいそんなのん気な事を言ってる場合か!
どうせ説得なんてできるわけねーだろ! この森で迎撃すっぞ!」
ザインは足を止め、わずかな間に呼吸を整え、W・Bを使うため、イメージを組む。
光や闇などの精神魔術や補助等の神聖魔術となると、専用のスキルが必要だが、
一般の人間でも地水火風の精霊魔術なら独学と力量次第で使える。
ザインはラルフ王から簡単な解説を受けて、色々と練習した結果、いくつかの呪文は使えるようになった。
「フリーズウェイブ!」
全方位型広範囲攻撃呪文だ。
カキン!
ニワトリの足が凍り、地面にくっついて、離れなくなった。
「おい、ザイン……」
「どうした? ラル……うわぁっ!」
ラルフ王の足も氷で固まっていたりする。
ラルフ王は、魔法を使う時は、味方の動きに注意しなければならないという事は、
うっかり説明するのを忘れていた。複数系魔法は攻撃対象をいちいち選んだりしないのだ。
「コッケェッ! コケ、コケ、コケッ、クァーッコッコッコッ! クケェッ!」
ニワトリは何やら喚いている。
「ザイン! あのニワトリを説得して、味方にするんだっ!」
「だからできんと言っとるのが分からんのかいっ!」
「これで大丈夫だっ! インタープレット!」
軍師スキルによる万能通訳の呪文だ。ということは、ラルフ王はあえて言わなかったが、
軍師スキルも持っているということになる。
「そういうのがあるなら最初から使わんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
かぱぁぁぁぁん!
ザインはそこら辺に落ちていた空き缶をラルフ王に投げつけた。ラルフ王は沈黙した。
ザインはラルフ王を放ってニワトリに話しかけてみた。
「おいニワトリ、やるなぁ、お前。確かに並の冒険者ならかなわねぇぞ!」
「アタイは負けたんだ。煮るなり焼くなり、あんた達の好きにすればいいさ!」
「まあ聞けって。その腕……翼……嘴……?
――を見込んで、頼みたい事がある」
「……何さ?」
「俺等の仲間にならないか?」
「……いいよ、なってやろうじゃないの」
「いいのか?」
「いい加減、弱い者いじめしてても面白くないし、あんた達が気に入ったのさ」
「……名は?」
「そっちから名乗りなよ」
ザインはニワトリに痛いところを突かれて、思わず冷や汗をかいた。
「……まさか、ニワトリに礼儀指導されるとはな。俺はザイン=ストレンジャー」
「あっちで気絶してるおっさんは?」
「ラルフ=ギル=ザン=アームT世、一応、このザン国の国王だ」
ラルフ王はまだ気を失っていたので、ザインが代わりに紹介してやる。
「アタイは……飼育ナンバー22569」
「……もとは家畜……か……分かった。俺が名前を付けてやる」
と、ここでラルフ王が起き上がり、自分で氷を溶かしてからやってきた。
「あ、ラルフ王。このニワトリ、仲間になってくれるそうだ。だが、仲間にするのに、
呼び名が無いのは困りモンだから、一緒に考えてやってくれ」
「分かった」
わくわくして待っているニワトリをよそにウンウン唸る二人。
そして、ふとラルフ王が顔を上げ、ザインがそれに反応する。
「フライドチキン」
「ボツ」
「ローストチキン」
「ダメ」
「チキンステーキ」
「却下だ却下っ!」
「チキンスープ」
「やめいと言っとろーがっ!」
「じゃあ何がいいと言うのだ!」
「逆ギレすんな! ……んーと……バーディでいいや」
ここでニワトリが身を乗り出して確認しに来た。
「決まった?」
「ああ、今日からお前の名前はバーディだ」
「バーディ……いい名前ねぇ……」
「そ、そうか? そいつは良かった」
実は適当に考えただけの名前だったりするが、フライドチキンその他よりはマシなはずだ……と、ザインは考えていた。
「よろしくね! ザイン、ラルフ王!」
勇者軍最初の仲間入りは、ニワトリに決定した。
バーディを加えた勇者軍は、国境の町ロームタウンに到着した。
そこで、彼等はとんでもないものを見てしまったのである――

ロームタウン。特徴は、国境の町。
それ以外に特筆すべきところの無い町。
しかし、A・Jも三千年を過ぎてなお、特筆すべき要素が無いというのは、ある意味で大きな特徴だと言える。
そんなロームタウンのあるレストランのテーブルの一つには、三人の男と二人の女が座っていた。
テーブルには空になった食器類がいっぱいある。
「さて……そろそろ頃合いかな……」
この中でリーダー格の一番背の高い男がつぶやく。
その一言を合図に素早く全員が店を出る。これは言うまでもなく食い逃げである。
「きゃーっ! 食い逃げよぉっ!」
あまりに月並みなウェイトレスの悲鳴。
「へっ、今頃気付いても遅ぇ!」
食い逃げ犯達は、あっという間に走り去っていく。
その進行方向には――ザイン達がいたりする。
「食い逃げだ! 誰か捕まえてくれっ!」
後方からはレストランのオーナーとおぼしき人物の声。
もちろん、その声はザイン達にも聞こえている。ラルフ王は即座にアイディアを出す。
「ザイン、たしか荷物にロープが……」
「うん、あるある。ラルフ王そっち持って」
ラルフ王の思惑を即座に読み取ってザインが反応する。
なんだかんだ言って、結構息が合うようである。
道の真ん中で何やら道具袋から取り出している二人を見て、食い逃げ犯リーダーが声を荒げて言う。
「どけどけぇぇっ! 蹴り倒すぞコラぁ!」
横一列に突進してくる食い逃げ犯五人との間合いを測って、ザインは道の右端に、ラルフ王は左端に移動する。
ただし、二人でロープをしっかりと持ったままで。
ぐわらぐわらどがしゃぁぁぁぁん!
「いぇい!」
互いの手を叩く二人。
バーディが鳥葬よろしく食い逃げ犯達をつついていたりする。
そう、二人はロープで食い逃げ犯達を転倒させたのである。
それから少しして、レストランのオーナー他スタッフ一同が食い逃げ犯達を包囲した。
「……おや? お前、いつぞや俺がとっ捕まえた食い逃げ犯じゃん。仲間がいたのか?」
リーダー格の男を見ての、ザインの一言。
そう、リーダー格の男は、勇者軍結成前にザインが偶然捕まえた食い逃げ犯だった。
「くそっ……またお前か……また俺はこんな奴に捕まっちまうのか……?」
「『こんな奴』って……」
ザインのツッコミを無視する食い逃げ犯。
「おまけに仲間まで巻き込んじまってよぉ……ちっきしょう……!」
「だったら連れてくんなよ……」
「神よ! 俺はどうでもいいからどうか仲間を助けてやってくれ」
「祈る余裕あるなら逃げればいいのに……」
「そして仲間達を法の網から守ってくれ……」
「どう見てもお前等が悪いだろ……」
「もしも……」
「?」
「神が仲間達を救うと誓ってくれるのなら、俺は悪の心に身を染めても構わない!」
「神に助けを請いながら悪の誓いを立てるなぁぁぁぁっ!」
しかし、食い逃げ犯はザインのツッコミを聞いてはいない。
「どうか、俺達に力を!」
「その願い、しかと聞き届けたり!」
ザインのツッコミを見事に全部無視して、雰囲気に酔ったままの
食い逃げ犯の叫びに対する返事がどこからともなく聞こえた。
「誰さ? 姿を見せなよ!」
バーディの声に応じるかのように、一人の男が姿を現した。明らかに人間とは違う。
顔立ちこそ端正でで、人間のようではあるが、黒き翼や頭の角は、
明らかに魔族のものである。魔王を絵に描いたらこんな感じになる、と言わんばかりの外見である。
「我が名は魔王サタン……」
「うぅわ、なんてベタベタな」
「む……名前に関しては色々細かい理由とかあるのだが、まあいいではないか」
「いいのか……? まあ、いいけど……」
ザインは『サタン』に関してはこれ以上この場で突っ込んでもしょうがないと考えた。
「そこの食い逃げ犯。貴様、面白い奴だな。魔王軍に協力するなら力を与えよう」
確かに、はたから見ればザインと食い逃げ犯とのやりとりはある意味面白かったかも知れなかったが、
別にそういう意味で言ったわけではないはずである。
「救ってくれるのか……きっと俺の願いが神に届いたに違いない!」
「犯罪者の手助けさせるために魔王を使いによこす神がいてたまるかぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし、ザインのツッコミを聞く者は、一人もいなかった。
ラルフ王とバーディは呆然としているし、一般人は魔王が現れた時点でとっくに逃げているし、
魔王も食い逃げ犯も話に夢中で、ザインの声など全然聞こえていない。
ここでラルフ王は我に返り、魔王に対してジャベリンで突きを入れる。
バチンッ!
「黙って見ているがいい……」
魔王の左腕一本でラルフ王の攻撃は弾かれた。
「くっ……やはりこんな武器では無理か……!」
ラルフ王もザインもバーディも完全に気圧されていた。
それをよそに、魔王は腕時計のような物を食い逃げ犯達の人数分取り出し、手渡す。
「これをはめて『着装』と唱えろ」
「……分かった。アンタが俺達に何をさせたいかは知らないが、手伝ってやろう。みんな!
この腕時計みてーなのを着けろ!」
リーダーの声に応じて腕時計のような物を装備する食い逃げ犯達。
「着装!」
五人が同時に叫ぶ。
カッ!
すると、五人の体が光に包まれた。
あまりの眩しさにザイン達は思わず目を閉じた。
次の瞬間、食い逃げ犯達は、それぞれ別の色のスーツを着ていた。何故か五人ともポーズまでとっている。
それを見て魔王が頷く。
「人間というのは想像力豊かなのだな。子供向け特撮モノの番組とやらに、
まさかこれだけのアイディアが詰め込んであるとは思わなかった。魔王軍技術陣は参考になったと喜んでいたぞ。
基本は五人に五色のスーツというのが、いまいち解せんがな」
確かに五人はそれぞれ五色のスーツだ。
その筋の定番からいくと、雰囲気に酔いまくっていたリーダーがレッド。
以下はもとの正体を誰も知らないため、どうでもいいのだが、ちょっと細身だった男がブルー、
少し体格のいい男がイエロー、全体に漂わせている雰囲気がどこか幼い小柄な女がグリーン、
そして落ち着いた感のある女がピンクとなった。
「で? 俺達に何をしてほしいんだ?」
リーダー……いや、レッドが魔王に質問する。
だが、魔王はあっさりとこう言った。
「なら問いを問いで返すようだが、貴様等は何がしたい?」
「特に今と変わらんな。とりあえずは面白いし、スリルあるからな」
「分かった。それで我々の損になる事は一切無い。自由にやってくれ。
ただ、暇な時とか、奴等の方からちょっかい出してきた時でいいから、相手をしてやればいい」
「OK! ちょーどあのガキにゃ借りがある。喜んで引き受けるぞ!」
「そうか。ではチーム名とか細かい事はそっちで適当に決めてくれ。私は戻る」
魔王は次元跳躍移動の魔法で消えた。
あんまりと言えばあんまりのこの事態に、ザインもラルフ王も、バーディすらも開いた口が塞がらなかった。
そのザイン達をまたもや無視して何やら円陣まで組んでひそひそ話する名称未定戦隊。
ほどなくして意見がまとまったらしく、再び横一列に並ぶ五人。そして――
「天は知ったこっちゃないし、地も知らんだろーけど、人には少しだけ知っててほしい!
――皆、俺等なんぞ呼んじゃいないが、俺達ゃイヤでも現れる!」
ここで、レッドがいきなり一歩前に出て叫ぶ。
「食い逃げ魂この世に示せ!」
ブルー、イエロー、ピンク、グリーンも前に出ながら同時に叫ぶ。
「ゲーダーレッド!」
「ゲーダーブルー!」
「ゲーダーイエロー!」
「ゲーダーピンク!」
「ゲーダーグリーン!」
五人が五人とも完全に子供向け特撮番組の戦隊そのものだ。
「五人揃って……」
ピンクがこの時、何かを後方に投げた。
それが地面に落ちるよりも速く、五人はまたポーズをとって叫ぶ。
「食い逃げ戦隊・クイニゲーダー!」
叫び終わった瞬間、ピンクの投げた物がクイニゲーダーの後方数十メートルに落ちた。
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉん!
後方で大爆発。演出のための手榴弾だったらしいが、あまり意味は無い。
もちろん、そんな物をどこに隠し持っていたのかは一切謎である。
「……というわけで、俺達は今からクイニゲーダーだ! 参ったか!」
「ま・い・る・かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
勇者軍全員の心からの叫びが飛ぶ。もっとも、ザインからは叫びだけでなく、
そこら辺で拾った折れた傘も飛んできたのだが。
パァン!
飛んできた傘は叩き落された。
やったのは、ブルーである。その行動は、今までの食い逃げ犯の姿ではできなかっただろう。
だが、ブルーは片腕だけでそれをあっさりとやってのけた。
クイニゲーダーになって、明らかに常人を大幅どころではないほどに上回る実力を得てしまっているのだ。
「意外となめてかかれねぇか? ならこれでっ! 封神封魔流・気圧斬!」
ザインの剣を鋼鉄すら裂くほどの空気の圧力が包む。封神封魔流を実戦で使う。ザインには初めてのことであった。
しかし、不安は無い。
一流のソードファイターの称号『ソードマスター』になるための修行の方が今の状況より
いくらか辛いはずだと判断したからである。
「うぉぉらぁっ!」
チッ!
風で包まれたザインの剣をかすりつつもギリギリで避けるレッド。
「くっ……やるな!」
ザインは唸る。まさか、かすっただけで終わってしまうほど相手が強いとは思わなかったのだ。
ザインは少しショックを受けていたが、それで落ち込む彼ではない。
一方、レッドはザインの攻撃に対して怒っていた。
「こっ……この野郎……やりやがったな。よし、反撃だ! いくぞ、みんな!」
「レッド!」
「どうした? ピンク」
「武器がありません」
「は?」
「こんな置き手紙があったでー」
「イエロー、それよこせ」
「ハイな」
「早く読んで、レッド!」
「グリーン、せかすんじゃない」
イエローがレッドに手紙を渡し、レッドはグリーンを宥めつつ手紙を読む。
「『予算の関係で武器開発がまだもう少しだけ長引く。とりあえず今は移動用の
ホバー・ボードだけで我慢してくれ by 魔王』……だそうだ」
「……これの事か?」
ブルーがスノー・ボードによく似たその物体を人数分の数持ってきた。
どうやらそこら辺に魔王が置いて帰った物らしい。
あくまで『よく似ている』のであってそのものではない。よく分からないが、
エンジンらしきものと、ホバークラフトにブースターらしき物が付いている。
「面白ぉーい!」
グリーンを筆頭に試乗するクイニゲーダーを見て、『ラルフ王、ぐうの音も出ないよ』とか
『どうする? バーディ』とか話すザインとバーディ。
話題になっているラルフ王本人は、ぐうの音も出ない、とバーディに表現されたが、
むしろ、硬直していると言った方が正しい。
ひとしきり試乗を終えると、レッドが、
「とりあえず逃げるんで、それじゃ」
と一言だけ残して逃げ出した。
「何だその展開はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ザイン達が物凄い形相で追いかける。
「食い逃げボード、ゴー!」
キュゴォォォォォォォォッ!
ザイン達の追撃をあっさり振り切って、あっという間に見えなくなるクイニゲーダー。
「速い……」
どうしたらいいかザイン達は分からない。
そこへ、ぱっかぽっことゆっくり呑気にこちらへやって来る馬と、その上の女性。
「何してるんですか? ラルフ王」
「クレア!」
どうやらラルフ王の部下らしい。
「どうしてお前がこんな所に?」
「上級装備をお届けに来ました。今の装備より役に立ちますよ」
クレアと呼ばれた女性は、ラルフ王に魔法武器オーラスピアとメタルプレートを渡した。
そして、次はザインに近寄ってくる。
「あなたが、勇者ザイン君ね」
「あ、ああ」
「そこのニワトリさんも仲間なんでしょ?」
「バーディだよ」
「自己紹介しておくわね。あたしはアーム城ラルフ王親衛隊、クレア=ティライル」
「よろしくね!」
バーディが元気良く挨拶をする。
クレアも笑って応じる。そして、ザインにちょっと咎めるような視線を送り、一言。
「はい、これ」
と渡されたのはシミターである。『斬り』を重視した上級装備だ。
それを受け取ったザインに、まだ咎める視線のまま、クレアは言う。
「ザイン君、いえ、ザイン……。駄目じゃない。ショートソード一本で旅に出るなんて。
もうおねーさんに心配かけちゃ駄目だからね」
「はぁ?」
ザインは養子で、その上一人っ子である。姉など記憶に無い。
「あたしの事、クレア姉さんって呼んで」
「いや……なんで?」
「ヒ・ミ・ツ!」
「呼べるかぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
「そんな事言われても、あたしはザインを知ってるんだってば」
「俺は知らんわい!」
「そのうち分かるわよ」
ザインは余計わけが分からなくなった。とりあえず色々と考えてみる。
(まず、顔似てない。でもって髪の毛も眼の色も姉弟にしちゃあまりに不自然だ。
俺はブロンドで彼女がピンク。眼の色は俺がブラックで、彼女がブルー。
一体どこに接点があるんだか……けど、本人は強い自信を持っていってるし、この時代、
姓の違いなんて証拠にも何にもなりゃしない……ま、いいか。とりあえず、今は考えないでおこう)
この割り切りの良さがザインの長所である。ちなみに、姓の違いが証拠にならないというのは、
夫婦別姓が基本だからである。子供の名前は父母どちらの姓でもいい事になっている。それをザインは挙げたのだ。
一人、考えをまとめたザインを尻目に、クレアは乗ってきた馬をラルフ王に引き渡していた。
ナイトには、やはり馬である。
「ご自分の愛馬を置いていかれるなんて、駄目じゃないですか、ラルフ王」
「この馬は……ブレッドは戦えるのか? どんどん戦況は厳しくなるのだぞ、クレア」
「大丈夫ですよ。ね、ブレッド?」
「ヒヒン!」
ブレッドと呼ばれた馬は、力強い声をあげていた。
「そうか……なら、また私を乗せてくれ」
「ブルルッ!」
ラルフ王がブレッドに乗った。
「よっし、行くぞ!」
「もちろん、あたしもついて行くわよ」
クレアとブレッドを加えた勇者軍は、国境を越え、アース三大国の一つ、ダイ国に入国したのであった。

――亜人の山脈。
亜人とは、デミ・ヒューマンとも呼ばれ、人間と他種族の組み合わさった
ヒューマノイド・タイプが主体の生物の総称である。
代表的なのコボルド、リザードマン、ワーウルフ、ジャイアント等である。
その他にも多くの種類が存在している。
ここは、そういったデミ・ヒューマン達の世界最大の生息地なのだ。それ故に、亜人の山脈と呼ばれているのだ。
そんな亜人の山脈の中で、ザイン達は思いっきり道に迷っていた。それには理由がある。
「こんっ! ちく! しょう! がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
げっ!
ザインはバーディを蹴り飛ばした。
ばいんばいんとゴムボールよろしくバウンドしながらふっ飛んだ後、怒鳴るバーディ。
「何すんのさっ!」
「るせぇっ! てめぇがとち狂ってこんな所に入り込んだからだろうがっ!」
山脈に一番近い村、ハンゼアヴィレッジの小さなペットショップにて、
ザイン達は、付けまつ毛ならぬ付けトサカを買った。
もちろん、雌鶏であるバーディには、トサカは無い。
だが、ニワトリ=トサカというイメージが付きまとうのも事実である。そのイメージのもとに、買うこととなったのだ。
バーディも喜んでそれを着けた。ニワトリ内でもそういうイメージがあるらしい。
よほど嬉しかったのか、意味も無しに走り回るバーディ。
ザインも、ラルフ王も、クレアもそんなバーディを微笑ましげに見ていた。
しかし、とうとう居ても立ってもいられなくなったらしく、
バーディはいきなり羽ばたいて、亜人の山脈の方へ飛んでいった。
その突然の出来事に、慌てて追いかけても、既に遅く、バーディを発見した時は、
右も左も全然分からない亜人の山脈の中であった、という聞くも語るも馬鹿馬鹿しいだけの経緯があった。
もともと、この山脈は避けて進む事ができたし、ラルフ王もそのつもりだった。
しかし、バーディのおかげで、山脈の中、しかも森林地帯のど真ん中というオマケ付きでの
わけの分からない現在位置となっていた。
「だって、嬉しくて仕方無かったんだからどうしようもないじゃないさ!」
バーディが弁解になっていない弁解をする。
「喜ぶのは構わんが飛ぶな去るな迷うな!」
「はいはい、そこまでそこまでっ」
ザインとバーディの口喧嘩を止めに入ったのはクレアだ。
「クレアさん……」
「クレア『姉さん』でしょ?」
「るっせ」
「そんなことはいいから。ザイン、変な気配しない?」
「気配……五人ってとこかな?」
クレアに言われてザインは初めて気が付いた。
ラルフ王が旅の必須アイテム、方位磁石を見る。ラルフ王は別の気配にも気付いた。
「ザイン、クレア。お前達の気付いた気配五つは、南西だな。さらに今、私が気付いた気配が二つ、東の方角だ」
「しかも両方こっちに向かってきてやがんなぁ……」
ザインの言葉を最後に、それぞれ戦闘態勢に入る勇者軍一同。
ブレッドに乗るラルフ王の姿はさすがに絵になっているが、のんびり見ていられる状況でもないようである。
東からやって来る気配は、気配を隠そうと努力はしているようだが、いまいち隠せていない。
東からの気配の方が、わずかに南西の五つより早くやって来る。
南西の五つは気配を消そうとする様子すら感じられぬまま、真っ直ぐこっちへ向かってくる。
「このままだと、東と南西の気配の両方の相手をしなくてはならないか……」
「そうね……けどラルフ王、今からじゃもう逃げられないわよ」
二秒、三秒と静かな時間が流れる。
(あと四秒、三、二、一……)
タイミングを計るザイン。そして――
「シャアァァァッ!」
シュッ!
しげみから二人の亜人が仕掛けてきた。
「っとぉ! 遅ぇんじゃねーの?」
しかし、ザインはあっさりとかわした。
「フーッ!」
二人……と呼ぶべきか、二頭と呼ぶべきかは分からないが、ザインに襲いかかった二つの気配の正体は、
ワーキャット。ヒューマノイド・キャットという表現が良く似合う亜人の一種である。
ワーキャットはまだザインに狙いを定めたままである。
「アァァオッ!」
二頭揃ってワーキャットが再度ザインに突撃してきた。ザインは迎撃体制をとる。
だが、その瞬間、南西の五つの気配が姿を現し、とてつもないスピードで……
ごしょがきゃっ!
その高速に比例するような音……もとい騒音を発生させつつ、ワーキャットと衝突した。
「ギャッギャッ!」
「ギィッ! ギギィ!」
ワーキャットは悲鳴をあげて走り去った。
五つの気配の主はワーキャットと衝突してものの見事に転倒していた。
ザイン達は、不幸な事にその五つの気配の主を知っていた。
クイニゲーダーである。様子から察するにどこかで食い逃げした後のようだ。
もちろん、ザインのやるべき事は決まっている。とっ捕まえて警察に引き渡すのだ。
「あいたたた……」
最初に起きたのはブルーである。
「いったぁ〜い」
「何やねんな……?」
「大丈夫か?」
続いてグリーン、イエロー、レッドが起き上がった。
「あら、あなた達、なんでこんな所に?」
最後に起きたピンクがザインに問いかけてきたので、彼は少し返事に困った。
(まさか、道に迷ったとは言えんわな……)
少しザインが悩んでる間に、バーディが羽根を撒き散らしつつ、
翼でクイニゲーダーを指差す。(というのも妙な表現だが)
「見つけたよ、クイニゲーダー! あれからずっと捜してたのさ! 覚悟しな!」
バーディが自らのミスをごまかすように堂々とした声を張り上げる。
「本当に捜したの? どうせ道に迷っていて、偶然会っただけじゃ……」
鋭いツッコミを入れるピンク。
それに対してバーディは、わなわなと体を震わせつつ怒声をあげる。
「遠い過去のミスを指摘して他人の心の傷を抉るなんて最低だね!」
「それがいつ遠い過去の話になったっちゅうんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どげしっ!
またしてもザインがバーディを蹴る。
「いつからって……さっき」
「いっぺん解体するぞ……バーディ……」
「寛容な心が勇者の条件だよね」
「これ以上いらん事を一言でもぬかしたら本気で解体してやるからな……」
「ごめーんね♪」
「黙れっつってんだ」
「むぎゅ」
とうとうザインはバーディを右足で踏んづけて黙らせた。
「偶然でも何でもいい。とにかくクイニゲーダーを発見したんだ。
魔王からの物資補充で力を蓄えられては厄介だからな。今のうちにさっさと捕まえてやる!」
ラルフ王を乗せたブレッドが地を駆ける。
「させるかっ! みんな、ゲーダーガンだ!」
どうやら装備を全てゲーダーなんとかという名前で統一させる事になったらしい。
(たぶん、ありがちなレーザー銃……)
そうラルフ王はふんだ。
しかし、クイニゲーダーがゲーダーガンとやらを撃った瞬間、ブレッドの足が突然止まってしまった。
ゲーダーガンの標的は地面。着弾点を中心に、地面が凍っている。
「ゲーダーボード!」
この前のボードの名前もやはり変わっていた。多分色々と話し合ってそうなったのだろう。
凍った地面に影響されず浮くボードは確かに便利だ。そのボードに五人が乗る。ザイン達は一方的に行動を制限された。
動けば滑ってコケる。しかし、別にザイン達は動く必要は無かった。
「ウィンドブラスター!」
風属性全方位攻撃魔法の術をザインがすぐさま放った。
バギ!バギバギバギィッ!
地面の氷は砕け散り、攻撃しようと間合いを詰めていたクイニゲーダーも、風によって体に傷を負わされた。
「くっ、全員退却!」
レッドの指示で全員散開した。
「ザイン、追いましょう!」
「待ってくれ、クレアさん! 集合場所も決めずに散らばるのは危険だ! まず一人捕まえようじゃないか」
「そうね……情報聞くのなら一人で十分だし。無理は禁物……一緒に行きましょう」
どっちにしろアジトがあるのなら、そこを潰さなければならないし、
運が良ければ何かほかの情報も引き出せるかもしれない。そう考えて、
ザイン達は口の軽そうなゲーダーグリーンを追撃することにした。
「その道中だが、森の中に亜人がたくさんいて、襲われる危険がある。誰か飛行呪文を使えないか?」
と、ラルフ王。するとザインが挙手する。
「一応、俺が使える」
ザインは修行時代、役に立つということでイメージの組み立て方を師から学んだ高速飛行呪文が使える。
「そうか。じゃあ、ひとっ飛びしてゲーダーグリーンを捕縛してきてくれ。ほれ、ロープ」
「分かったよ、ラルフ王。よし、バーディも来てくれ」
「うん、いいよ」
「よし、行くぞ……エアウィング!」
――中級飛行呪文だ。特に大荷物持ちでなければ、音速飛行すら可能な呪文である。
風の結界を張る事でそれだけのスピードが出せる。
初級飛行呪文も決して遅くはないのだが、この呪文にはとても勝てない。
バーディを抱えて、その呪文でザインはゲーダーグリーンの追撃を開始した。

……一方、その頃、ゲーダーグリーンは、とりあえず一休みしていた。
「早くみんなと合流しないと……」
そこまで呟いた瞬間、声が聞こえた。どんどん自分に接近してくる。
「ザイン=ストレンジャーシュートぉっ!」
意味不明の叫びと共に自分の真上に何か降ってきた。
それは、言うまでも無く……
「コケェェェェェッ!」
ガッ!
ニワトリだった。
ゲーダーグリーンが降ってきたニワトリと激突したのを知覚したのは、
頭の痛みを感じた数秒後であった。彼女が上を見ると……
ザインの足の裏が見えた。
ごがしゃっ!
つまり、ザインが降下ついでにグリーンを踏みつけたのだ。
グリーンは状況判断する間も無く沈黙した。
「コケコケコケーッ!」
ラルフ王のインタープレットの呪文の効果が切れたためバーディが何を言っているのかは分からないが、
怒っているのは確かである。空中から武器として蹴り落とされたら、誰だって怒るのが当然と言えば当然なのだが。
「はいはい、文句は後で聞くから。とにかくこいつを連れてみんなの所に戻るぞ」
再びエアウィングでザイン達は宙を舞う。

「で? 魔王のアジトはどこにあるの?」
ザイン達が捕縛したゲーダーグリーンに対しての、クレアの第一声である。
「言わないですぅ!」
当たり前だがグリーンはその気は無い。
「バーディ!」
「はいよ!」
かかかかかかかかっ!
ラルフ王の指示でバーディがグリーンをひたすらつつく。
「痛い、痛いですぅ!」
「言う気になってくれた?」
「嫌ですぅ!」
「バーディちゃん、スピードアップ」
クレアがさらにキツい指示を出す。
「アイアイサー!」
こかかかかかかかかかかかっ!
バーディもそれに応じてつつくスピードを急速に上げた。
「ふぇぇぇぇぇっ!」
グリーンが半泣きになる。
「ごめんなさい……本当はこういう事、したくないけど、話さないなら仕方ないの……」
「ふえぇぇん! この人言ってる事とやってる事がめちゃくちゃですぅぅぅぅぅぅっ!」
しのびなく思いつつ思いっきり攻撃指示。確かに理不尽ではある。
「まあまあ、落ち着けバーディ。クレアさんもラルフ王もだ、こっち来てくれ」
ザインが二人と一羽を集める。
「なあ、北風と太陽って知ってるか?」
「知ってる」
「知らない」
ラルフ王とクレアは知っていたが、バーディは知らないようであった。
「ラルフ王達のやり方は北風だよ。俺が太陽をやってみるさ、任せな」
「ねえ、北風と太陽って何なのさ?」
「あーはいはい。俺が尋問してる間ににでもクレアさんに教えてもらえよ」
ザインはグリーンの尋問に取りかかった。
ザインがやろうとしていたのは――誘導尋問。
そう呼ぶのもおこがましい方法を使おうとしていたが、グリーンの精神年齢の低さを見ているうち、
何故かそれでも十分成功しそうな気がした。
北風と太陽――要は『力づく』と『頭脳戦』である。尋問に必要なのは力ではない。ザインはそれをよく分かっていた。
「グリーン、答えられる分だけでいい。俺の質問に答えてくれ」
「……」
初めてグリーンは従う様子を見せた。
「まず、俺達は迷っている。俺達の次の目的地、フォラーシティはどっちだか分かるか、とりあえずそれが聞きたい」
「あっちの方ですぅ」
と、南南西の方に顔を向けるグリーン。
「ありがとな。じゃあ次、どういう所で今まで食い逃げしてきたんだ?」
「主にレストランですぅ」
「そか、じゃあ今何時?」
「午後三時ですねぇ」
「ふむふむなるほど。他には……あ、そうだ。魔王は元気だったか?」
「とっても元気でしたよぉ」
「ほほぉ。じゃ会いに行くから魔王城がどこにあるか教えてくれないか?」
「この国の首都、ウィルキャピタルから北に十キロ進んだ地点にありまーす!」
…………
「引っかけましたねぇ!」
「いや、かかる方もかかる方……まあ、いいや。とっとと警察に突き出そうと思ったけど、
なんか今回はどうでもよくなってきた。こんな危険地帯でお前みたいなの連れてたらジャマだし、
五人一緒に捕まえないと、あっさり脱獄されそうな気がする。とっとと帰れ」
ザインがグリーンを解放すると、グリーンは一目散に逃げ出した。
「何か分かった?」
「ああ、クレアさん」
「クレア『姉さん』でしょ」
「やかまし。ともかく魔王城はウィルキャピタルから北十キロ地点だそうだ」
「じゃあ、急ぎましょ、ザイン」
「分かってるさ。よし、行くか」
ザイン達は少しずつ山を下っていった。

「ようやく着いたな……」
魔王城――これまたあまりに月並みだが、これほどシンプルな名前も他に無い。
その白の前にザイン達は来ていた。そこでラルフ王がぽつりと呟いたのだ。
亜人の山脈から魔王城までの道中、沢山のモンスターやデミヒューマン達が襲撃してきたのだ。
それを思えば、ラルフ王の言葉も当然だ。その中で、ザインはクレアの能力を知ることとなった。
『騎士』『エスパー』『吟遊詩人』の三つのスキルである。
なかなか変わった組み合わせではある。
クレアの場合、戦闘ではエスパースキルがメインとなる。エスパー、要は低ランクの超能力者だ。
クレアが得意とするのは念動力(サイコキネシス)である。
彼女はそれを利用できる円盤状の遠隔操作武器『ソーサー』を使う。
超能力で移動と回転を行い、相手を斬る特殊な武器なのだ。
そんな便利なエスパースキルだが、人によっては副作用が出る事があるらしい。
エスパーのスキルアップタイプ『サイキッカー』にも同様の事が言えるらしいのだ。
発症する、しないも症状の種類も個人によって全く違うらしいので、研究家の混乱を招くばかりなのである。
一説には、DNAが絡んでいるのではという憶測も飛び交ったことがあるのだが、全然真相は分かっていない。
バードスキルは、楽器や歌で、お金を稼いだり、魔法の曲で味方の援護をしたりする特殊なスキルだ。
ナイトスキルは護身程度にと本人は言っているが、なかなかこれが強い。
ここまで来れたのは、クレアの活躍が割と大きな部分を占めている。もちろんザイン達も健闘はしている。
そんな彼等だったが、目的の魔王城を目の前にして、足が止まっていた。
「で? このどデカい城門、どうやって開けんのさ? ラルフ王」
もちろん、城塞戦の経験の無い勇者軍には、どうしようもない。
「これだけデカいとな……」
と、ザイン。まあ無理もないが。
破壊するのはほぼ無理であろう。ザインの剣の奥義を使えば破壊できないこともないのだが、
決戦前に城門一つで魔力や精神力を無駄に消費したくはない。
と、いきなりクレアが何か発見した。
「何かスイッチがあるわよ、ザイン」
「スイッチ……あ、ホントだ」
よく見ると城門の横にスイッチがあった。
「押してみるわよいいわね押すわよえいっ」
カチッ!
ろくに人の意見を聞きもせずスイッチを押すクレア。
ぴーん、ぽーん……
どうやら、チャイムのようである。
「はーい、今出まーす」
と、スイッチの下のスピーカーからの声。
グガゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
城門が音を立てて開いていく。
「はいはい、お待たせしてすみません」
城門の奥からの陽気な声。
ポカーンと勇者軍一同が見ていると、声の主――スケルトン、またの名を骸骨戦士が、
ザインとラルフ王を一目見るなり、驚いた声をあげる。
「げっ! 魔王様の言った特徴通りの奴! 勇者軍か! と、とにかく城門を……」
「い! ま! どぁぁぁぁぁぁぁっ! 突撃ぃぃぃぃぃぃっ!」
我に返ったラルフ王の指示で、スケルトンを蹴り倒して走るブレッド。ザイン達もすぐ後ろからついて行く。
「うおおっ!」
広いことは広いが、その分馬のブレッドが思いっきり動ける。一階しか存在しないので、
魔王を探すのはそんなに難しくない。歩兵のザインやクレアが探して、
ラルフ王とブレッドが敵を蹴散らせばいいのだ。バーディは全体的な援護である。
「騒がしい……」
ラルフ王達が暴れていると、魔王と護衛がどこからともなく現れた。
「やれやれ……よくも暴れてくれたものだ……」
護衛がぽつりとつぶやく。
護衛の言う通りではあった。ラルフ王達が蹴散らしたスケルトンやらパペットマンやら、たくさん散らばっているし、
ザインとクレアも魔王を見つけるために、色々な部屋を手当たり次第に散らかしたのである。
「後片付けが大変ではないか。お前等みたいなのがいるせいで、俺の掃除の腕が上達してしまうのだぞ……」
「いや、それはそれでいいのでは……」
やたら悲しげな護衛のぼやきに、どう返答していいか分からないラルフ王。
そのラルフ王に気付いて、護衛が軽く頭を下げて言う。
「お久しぶりですね……ラルフ王。まさか、王が自らこちらへ来るとは思ってもみませんでした。
俺の声……完全に忘れたわけではないでしょう?」
「お前は……忘れたりするものか。リ……」
「おっと、それは昔の名ですよ、ラルフ王」
護衛の本名を言おうとしたラルフ王。しかしそれは護衛本人に遮られた。
「人は人間の側から魔王軍に寝返った俺の事を、狂っていると言う。
そこから魔王様が付けて下さったコードネームこそ、今の我が名。その名も、クレイジー=デストロイヤー」
「狂気の破壊者……こりゃまた大層なこった。」
ザインが口を挟む。
「しかもラルフ王絡みたぁな。ラルフ王、あんたとこいつ、どういう関わりだ?」
「リ……いや、本人が望むなら、もうクレイジーと呼ぶべきだろうな。
奴はな、魔王軍の存在が明るみに出た直後、魔王軍本拠地を探す偵察隊を出した時の、偵察隊副隊長だった人物だ……」
ラルフ王はザインに返答した後、すぐさまクレイジーに質問を投げかけた。
「クレイジー……お前と一緒に偵察をしていた隊長はどうした?」
「俺が寝返った途端に退却しましたよ。そちらに帰っていないのですか?ラルフ王」
「彼は……あの時から消息を断っている……隊長が……あのデタラメに強い隊長がいなくなるような相手だからこそ、
私はザインに『勇者』の称号まで与え、勇者軍結成を決意したのだよ……」
「おやおや。帰り辛かったんですかね、隊長……あの人も苦労性ですからねぇ……」
「それはもういい……何故魔王軍についた?」
「……魔王様の言う事にも一理あります……これが答えですね」
「……」
「では、そろそろやりましょう」
「手を出すなよ、ザイン。クレアにバーディもだ、行くぞ、ブレッド!」
ブレッドが駆ける。
「ラルフ王……馬上では思い切り戦えないでしょう? ……おおおっ!」
クレイジーが強く息を吐いて、ブレッドに必殺の剣撃を加える。
ぞぐっ!
ブレッドの首が落ちてしまう。即死である。
「ブレッドォォォォォッ!」
バーディが逆上してクレイジーに突撃する。
「ブレッドを殺したね!」
「うるさい!」
ザンッ!
二度目の斬撃でバーディを即死させるクレイジー。
「つ……強ぇ……」
ザインも驚異的なクレイジーの実力を認めざるを得なかった。
「怒るのは構わんが、取り乱していては勝てんな。所詮は畜生か……」
クレイジーが冷静に言い放つ。
「さすがアーム城の誇る精鋭部隊、剣勇士隊ディゼンストーザーの元副隊長……」
ブレッドから離れてラルフ王が言う。
「ディゼン……ストーザー?」
ザインが疑問の声をあげる。
「ザインは知らないのね。いいわ、説明したげる。太陽系と呼ばれていた星々が、
呼び名を昔と変えたってのは知ってる?」
「ああ。太陽が恒星サンシャイン、地球が惑星アースだろ?
それに、月がムーン、水星がマーキュリー、金星がヴィーナス、火星がマーズ、木星がジュピター、
土星がサターン、天王星がウラヌス、海王星がネプチューン、冥王星がプルートにそれぞれ名称変更されたはずだったな」
「ええ、で、それぞれコロニーが必要な星にはコロニーができて、人間が住めそうなムーンとマーズは、開発により、
人工的とはいえ、かなり住みやすくなっているの。それぞれの星に国家がたくさんできたわ。
あたし達の住むザン共和王国を筆頭にして、他に十一の代表国家……つまり代表国家ね。
その十二国はそれぞれ精鋭勇士隊を保持しているってワケ。その一つがザン国にあるの」
「それが剣勇士隊ディゼンストーザーか……」
「その勇士隊一つでも、一国と堂々勝負ができちゃうのよ。だからこその精鋭なんだけどね……
ちなみにディゼンストーザーの規模は今、五十三人ってとこかしらね」
「おいおい、少ねえな」
「特に隊員の質が高いからよ。多い所でも三桁にはならないもの」
「量より質……か」
「そういうこと。質は質でも、特質と言う方が正しいわね。特別も特別、一人で大隊一つと対等に渡り合えるのよね」
「な、何だそりゃあ……」
「一応、他の勇士隊も覚えておいてね。甲勇士隊パンツァーストーザー、
弓勇士隊ボーゲンストーザー、棒勇士隊ステッブストーザー、槍勇士隊スピアストーザー、
斧勇士隊ベイルストーザー、槌勇士隊シェレゼルストーザー、鞭勇士隊ルーツストーザー、
線勇士隊クラメティストーザー、鎌勇士隊サイシェルストーザー、爪勇士隊ナジェルストーザー、
銃勇士隊ジェウェハーストーザーがあるわ」
「クレアさん……説明くさい……」
「だから、説明なんだってば。もう分かったわよね? ザイン」
「ああ……すまねぇ、ラルフ王。勝負に水差しちまってよ。始めてくれや……あれ?」
ザインとクレアが長時間話している間に、ラルフ王達の決着は既に着いていたりする。
「あのな……いちいち待っていると思うか?」
ボロボロになりつつ立っているラルフ王と負けて倒れているクレイジーが見事なまでに声をハモらせて言う。
まあ、当たり前ではあるが、ザインにしてみれば、これほど情けない事もない。二人は勝手に話をまとめに入っている。
「クレイジー……もう一度本名で生きてみないか? もう一度アーム城で働かないか?」
「……ラルフ王……あなた方が魔王様に勝てたらそれもいいでしょう……少し眠らせて下さい。
そして、勝った方が俺を起こして下さいよ。魔王様もよろしいですね」
「よかろう。どちらが勝とうと、お前はこの惑星アースのために働くのだからな。
せめて今は休むがいい。クレイジー=デストロイヤー」
「ありがとう……ございます……」
クレイジーは束の間の休憩をとる。
「アースの……ためにだと? 魔王、それはどういう事だ!」
ラルフ王が声を荒げる。
「アースを守るために戦っているのは、何も勇者軍だけではないということだ。ただ、やり方が違う。それだけだ」
「何からこの星を守るというのだ? お前達も目的が一緒なら、戦う理由がないぞ!」
「私に勝ったらその価値があると認め、教えようではないか」
「ようやっと真打ち登場ってワケかい」
ラルフ王と魔王の会話に割り込むザイン。
「ラルフ王。ここは俺に任せとけ。でねーと何のために俺があんたに雇われたのか分かんなくなっちまうだろーがよ」
「すまん……頼りにしているぞ……」
ラルフ王が後退する。
「勇者の称号を得たんだから、ここはひとつ魔王と戦うのがお約束ってもんだよなぁ?」
「ザイン=ストレンジャーか……」
「おい、魔王。ひとつ聞かせてもらうぞ。魔王『サタン』っていうベタすぎな名前はどっから付いてんだ?
あんな名前、旧時代ゲームですら出てきやしねーぞ」
ずっと気になっていた疑問である。
「う……その話か……まあいいだろう。実は、私は六代目の魔王でな。
先代からサタンという姓を代々継承する事となったのだ……何故かというと、
先代が暇つぶしに旧時代の何かの本を読んでいてな――
『おっ、このサタンっていう名前いいな。いかにも魔王って感じだな。何つったってこのインパクト、
シンプルさ、語呂もいい。よっし、これ魔王の姓に決定!』
ということでそうなったらしい……」
「世の中ナメとんのかテメェ等はぁぁぁぁぁぁッ!」
「何を言う! それは私に言っても仕方の無い事であろう?」
「ちょっと待て。今『姓』つったな?じゃあファーストネームが別にあるわけか?」
「ああ。私のフルネームは、ザックリューガー=ヴァスカッシュ=ヘル=サタンだ。
まずファーストネーム、次に家名、三番目に魔界(ヘル)の名、そして最後に魔王としての姓、という順番になっている」
「あのなぁ……」
「そうは言うがな、神族だって同じような事をしているのだぞ。
神界(ヘヴン)には魔なる王、魔王と対を成す神なる王、神王がいるが、
神王としての姓は『ゼウス』だったりするんだぞ。どうせ経緯は似たようなものだろうがな」
「あう……」
ザインは自分の中の神と魔のイメージが一瞬で崩れ去るのが分かった。
(ば、馬鹿馬鹿しいにも程がある……)
「……気は済んだか?」
「あ、ああ。少しやる気を削がれたけどな」
「少しか?」
「ごめんかなり」
「……私もだ」
「あ、魔王。今、一瞬だけお前と分かり合えるかもって思わないでもなかったぞ」
「ま、それはそれとして……来い、ザイン! 言っておくがクレイジーを負かすような者達を前に、
手加減はせんぞ! 我も全力をもって……」
「やっかましいっ!」
ザインは得意の剣技で目に見えないほどのスピードを生かしての六連斬撃を繰り出す。
「おっ、おい! セリフの途中に攻撃するな! こういうのは雰囲気が重要なのだぞ!」
「……待っててやるからさっさと言えよ。手間のかかる奴だな。ああ、面倒臭ぇ……」
「ああもう。血が出ているではないか……今はバンソウコウや包帯だって高いのだぞ」
何やら庶民的な愚痴をこぼしながら、自分で手当てをする魔王。
ひとしきり手当てが終わると、ポーズをとって、再び叫ぶ!
「来い、ザイン! クレイジーを負かすような者達を前に、手加減はせんぞ!
我も全力をもって戦おう! 遠慮は要らん、かかってこい!」
「ほい、遠慮なく」
ざしゃぁっ!
セリフが終わるのをとりあえず待ってから即座に魔王を攻撃するザイン。
「勇者よ……お前鬼」
「生態的にはお前のが鬼に近かろうが」
「まあ、たしかにデーモンタイプの生物は魔族だが」
「だいたい魔王のくせにホータイにバンソーコーってな一体何だよ?
治療(ヒール)系の魔法くらい使えねーのかよ?」
「魔力がもったいない」
「あのなァ……さっき全力で戦うつったのは一体誰だよ?」
「それはそれ、これはこれ」
「……」
「分かった分かった。全力出すって。一応」
魔王はそう言うと、亜空間から大鎌を取り出した。
「魔閃鎌フォーシャール……受けてみるか?」
「冗談……伝説の武器相手に公式武器がかなうわけねーじゃんかよ」
武器や防具は、店の中で公式部門の装備品と非公式部門の装備品とに分別した上で販売されている。
公式装備品は、量産可能な代わりに、やや性能的に頼りなかったりする場合がある。
ひと口に公式部門と言っても、装備品の種類は多い。
まず、武器には武器レベル、防具には防具レベルというものが冒険者協会によって決められている。
自分の技量に応じて使うのだ。1〜9が設定されていて、その上に最上級のA(エース)クラスが設定されているのだ。
それに、武器は一種類ではない。この世界には、十二種類もの武器があるのだ。
全部挙げると、剣・槍・斧・鞭・線・鎌・弓・銃・槌・棒・爪・甲だ。それら全てに武器レベルがある。
レベルの高い装備品はそれだけ使用者のスタミナを削る。
相応の実力者でなければレベルの高い装備品は装備することすら難しい。
一方、非公式装備品は伝説のアイテムや個人が製造した武器等である。性能にバラつきがある上、量産もできないが、
唯一装備品製造が可能なスキル『マシーナリー』の熟練者なら、伝説級装備品を作ることも可能である。
要するにザインは、たかが公式武器レベル6程度の代物が、伝説の武器と張り合えば、
剣があっさりと折れてしまう、と言っているのである。伝説の武器には非公式武器でしか対抗できないのである。
しかし、それは普通のファイターなら、の話だ。
ザインはファイタースキルと剣の組み合わせ――ソードファイターとして修行し
『マスター』の称号を得て、ソードマスターにまでなった男である。おまけに流派は、
世界最強の封神封魔流なのだ。対抗できない事はない。
「いくぞ!」
魔王がフォーシャールを構え、ダッシュをかけて突進してくる。
「封神封魔流、地震空襲弾!」
ザインが剣を勢い良く頭の上に掲げると、魔王の周辺の床だけ震動し、床石が瓦礫と貸し、急上昇して魔王を撃つ。
ドガガッガガッガガガガッガッ!
「ぬっ! ぬううっ!」
思わぬ威力に魔王が顔をしかめる。
瓦礫は魔王を攻撃し、魔王の頭上でゆらゆらと滞空している。
「はぁぁぁぁッ!」
ザインが掲げていた剣を振り下ろすと、滞空していた瓦礫が今度は重力の力と共に急降下し、
より強い威力で再度魔王を叩きのめす。
ガガガガガガガガガガガガガッ!
「おおおおおおおおっ!」
「どうでぇ!」
「つっ……さすがに効いたな」
「だろ? 俺の師匠のはこんなもんじゃねぇぜ」
「……そろそろ決着を着けようではないか」
「悪かねぇ。いい加減疲れてきた」
ザインにしても、それなりの技を使えば、相応の精神力を削られるのだ。疲れるのはむしろ当たり前の事である。
「ザイン、頑張ってぇッ!」
クレアの声援である。クレアは戦闘に巻き込まれないように逃げていたのか、さっき散らかしたキッチンの近くにいる。
「心配しなくていい。俺は絶対に――勝つ!」
そう言うと、ザインは後ろを振り向かず、親指を立てた。
「自分の身を守っててくれ。ラルフ王もだ!」
クレアとは別方向にラルフ王はいる。ラルフ王は黙って頷いた。
「封神封魔流奥技、四大精霊元素爆裂剣!」
ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
「うおおっ……おおおっ! なんというパワー……こうなれば、目には目を、歯には歯を、爆発には爆発を、だ!
――秘技……自爆!」
「は?」
ばがどかぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
魔王はエネルギーを開放し、自爆した。
「魔王が自爆するなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ザインのツッコミは当然だが、それ以前の問題として、魔王の行動は全く意味が無い。
爆発を爆発で受ければ相殺はできる。しかし、それで自分が戦闘不能になっていては、どうしようもない。
「……ふ……まさかここまでとはな……」
「やかましいわい」
「まあ聞け。ひょっとしたら……お前達なら、アースを守れるかもしれんからな……」
「魔族だってアースを守るつもりだったのだろう?」
ラルフ王が魔王に問う。
「それについても話さねばならんな。神族と魔族は、互いを監視し、
争いを抑えるための存在として、共同で『魔神王』という神魔融合型究極生命体を製造したという過去がある。
最初、魔神王様は、神族と魔族を監視するだけの存在だったのだが、次第に他種族の監視をし、
最終的にはアースと、全次元を見守るようになられたのだ。あの方はアースを愛された。
しかし、アースを愛するあまり、西暦末期に大隕石を落とされたのだ。
自然を壊し続けていた人間を滅ぼすつもりでな。あの方は、その後再生した自然環境を、
人間のいない世界で守ろうとしたのだよ……」
「しかし、人類は滅ばなかった。だろ?」
「その通りだ、ザイン。直前に隕石を砕いた者がいる。お前の流派の開祖がその男だ」
「……それは初耳だな。ウチの開祖は、卑怯なくらいに強かったってのは聞いた事があるんだが、
そんな事件に関わってたとはな……」
「まあ、そんなわけで、魔神王様はその男、アルファに肉体を破壊された。我等魔族は、
この物質界においては、本来の実力の百分の一すら発揮できん。魔神王様の実力は、
本来の我等の……いててて……傷が……」
「意味無く自爆なんかするからだろうが」
「すまん、続けよう。あの方の実力は本来の私――本来の魔王の九十倍から百倍くらいと考えて間違いないな」
「あ? つまりその魔神王ってのは、今のアンタとほぼ互角の俺達との戦闘能力の差が、
大体約一万倍はあるってーのか? 何だそりゃあ!
そんなバケモン相手にウチの開祖は勝ったってのか? シャレにもなんねーぞ!」
「引き分け、という方がより正解に近いな。アルファも隕石を砕いた際に死亡している。
彼の妻と息子が封神封魔流を継ぐ最初の人間だった。以後、今に至るまで最強流派のまま受け継がれている。
どうして人間がそこまで強くなれるかに関しては、私も気になっていてな。調べてみると、
彼は独力で先代神王、先代魔王の遺伝子を自らの体の内に取り込んでいたのだよ。
そこに人間としての才能が加わって、結果的に、実力上で魔神王様を上回る事になったのだ。
どこでその遺伝子を入手したのかは、未だに謎のままだがな」
「どっかで手に入れた得体の知れん遺伝子を自分の中に取り込むか、普通……?」
「だが、方法はどうあれ、対抗する手段が無かったのも事実。アルファにしてみれば、苦肉の策だったんだろうな。
前例の無い事だ。しかし、アルファが一度あの方を倒したとはいえ、あの方が死ぬ事はまずありえない。
再生するからな。自分が元通りになるまでの間、生き残った人間の抑止力として、
新生物『竜族』『亜人族』『妖精族』『怪物族』『精霊族』を誕生させて、アースに残してから力尽きたのだ」
「……なるほど。だから例の戦争の後、新生物が発生し始めたのか。
隕石の破片が見事に自然豊かな地域を避けて命中したのも、そいつの最後の底力だってんだろ?」
「そうだ」
「で?そいつは再生するんだろ? いつ復活すんだ?」
「そんな暢気な事を言っている場合ではないぞ! あと七秒で完全復活するのだ!」
「ちょっと待てい! 『秒』って! 『分』ですらないんかい!」
「あの方は、肉体が滅ぶ際に、残しておきたい記憶をセーブしておく事ができる。
セーブされた記憶の中に『人類抹殺計画』が入っているとしたら、あの方はすぐにでもサンシャイン系の外に
超巨大隕石か何かを探しに行くぞ! ほらもう七秒なんて過ぎてる!」
「あのなあ!」
「ちょい待ち。それだったら、あなたたち魔族が人間を支配しようとする事が、
どうしてアースを守ろうとする事になるの? それだけははっきりさせておくわよ、魔王」
クレアがエプロン姿で口を挟む。
(……って、ちょっと待てよ。エプロン姿?)
ザインはふとクレアの姿を怪訝に思ったが、まあツッコミを入れる余裕も無い。
そのクレアの問いに魔王が答える。
「……人間よりあの方に近い存在である我々が先頭に立って人間を指導すれば、
あるいはあの方も思い直して下さるかと思ったのだ……クレイジーには、それを手伝ってもらっていただけだ。
我等より強い者がいるなら託してもいい。そういう風にも考えたさ」
「オイ、ちょっと待ったらんかい。本来ならアンタの百分の一強の実力しかない俺達に、
ンなバケモンの相手させんなよな」
「だが、勇者よ。お前は封神封魔流マスターで、しかも『禁じ手』が使えるのだろう?」
「師匠が使えねぇってのに、なんで俺が使えんのか知んねぇけど、まぁ、その通りだ。
そうか……だから師匠は俺に行かせたのか?」
「だろうな」
「……わーったよ! やりゃあいいんだろがっ!とにかく、クレイジーを起こさねーと」
「クレイジー……起きろ」
ザインが言い終わるより早く、ラルフ王がクレイジーを起こす。
「む……ラルフ王……あなたが勝ったのですね?」
「……私が、と言うよりは、ザインが、だがな……」
「分かりました。このリースティーン、もう一度、アーム城で働きましょう」
「それが本名ってわけか……」
ザインが頷く。そして、ラルフ王に話しかける。
「さてと。とりあえず目的は魔神王との戦いに決まったが……どうする? 正直、戦力が心もとないんだよな……」
「それに関してはいい情報があります」
「本当か? リースティーン」
「ええ、ラルフ王。実は、隊長とも既に話がついていて、シテージ国首都、
リーンキャピタルで待っていてくれるそうです」
「そうか、彼も無事なのだな?」
「はい!」
嬉しそうにするラルフ王とリースティーンを見て、ザインもその男に会ってみたいもんだ、と思った。
「しっかし、俺達に負けたんなら、クイニゲーダーで俺達を邪魔する必要ねーだろ。奴等を何とかしてくれよ、魔王」
「まあ、既にそれは伝えてあるが、製作した物は全て渡してしまったから、どういう行動に出るかは、彼等次第だな」
「ンな無責任な……」
「神や魔というのは、人間が考えているほど、有能ではないのでな」
「でも、まあ魔神王がやろうとしてる事に比べりゃかーいーもんかな……」
「そのうち奴等から現れるかもしれないわ」
「あの……ザイン=ストレンジャーよ」
「ん? どした、リースティーン」
「すまなかった……あの馬とニワトリの事だが……」
「あー、いーっていーって。今更責めてもしょうがない。ラルフ王には悪い事になったけどな……
俺よりラルフ王に謝った方がいいんじゃねぇの?」
「安心しろ、私とて気にしてはおらんさ」
「すまない……」
ザインは照れてそっぽを向いて、話題をそらす。
「あー、それにしても腹減ったぞ。決戦前にあまり腹に物を入れるのは良くないってラルフ王が言うから
言う通りにしたけど、こんだけ腹減るんだったら、何もメシ抜く事ぁなかっただろうによ……」
「そうボヤくな、ザイン」
ラルフ王がザインを宥める。
「そう思って、ハイ」
さっきからエプロン姿だったクレアが料理を持ってくる。どうやら料理を作るためにエプロンを着用していたようである。
差し出された料理は、ローストチキンと馬刺しだった。
「うまそうじゃねぇか。リースティーンに魔王もこっち来いよ。一緒に食おうぜ」
一番がっつきつつ、ザインはリースティーンと魔王を呼ぶ。
「そ……そうか……じゃあ……俺も……」
「私もいいのか? さっきまで戦っていた相手だというのに」
「構わねーよ。って言うより、量が多すぎてどっちみち俺達だけじゃ食いきれねーしな。
ほらほら、とっとと来い、魔王。さあ」
「じゃあ……私も……」
おずおずと席に座る魔王。
「しっかし、クレアさん、この肉はどっから入手してきたんだ?
なんかやたらと身が引き締まってて、やけに美味いんだが……」
それを聞いて、リースティーンと魔王が料理を口に含む。その直後にクレアが返答する。
「ええ。だってこれ、どこで入手したも何もバーディちゃんとブレッドの遺体だから」
ブッ!
顔を隠している兜――その口を覆う部分を外して料理を口に入れたリースティーンが吹き出す。
魔王も吹き出したが、素顔が見えない分、リースティーンの方がより無様だ。
「ンなモン料理すんなぁぁぁぁっ!」
もちろん、クレア以外の全員が即座にツッコミを入れる。
しかし、ザインとラルフ王はすぐ考えを改め、ひとしきり思案した後、二人して――
「……まあ、死んじゃったわけだし」
「死んだら食べられるのは仕方が無いな」
そう言うと、少しの間だけ手を合わせてから、また食べ始めるザインとラルフ王。
「お前等も食うなぁぁぁぁぁぁ!」
リースティーンと魔王が再度ツッコむ。
「お前等には付き合ってられん、私は帰る! そいつらを頼んだぞ、リースティーン!」
魔王はそれだけ言うと、消え去った。
一通り食事を終え、ザイン達はリースティーンの案内で宝物庫へ移動した。
「ここで装備を整えてくれ。俺は隊長が合流するまでの同行のつもりだから、
現状の装備でもいいが、お前等はそうもいかん」
と、リースティーンが言うので、ザインは耐魔金属オリハルコンのソードとアーマーを、
ラルフ王は強力な銀の槍シルバースピアにオリハルコンアーマーとシールドを、
クレアは重装備できないのでメタルプレートをそれぞれ装備した。
「行くか、シテージ国へ!」
シテージ国は、ザイン達が今いるダイ国の東にある国だ。陸路で行くのなら、
来た道を戻らなければならない。しかし、海路はより危険である。
「で、どうする? 選択肢は三つ。陸を進んで、来た道を戻るのと、
海路で行くのと、空路を行くのとがあるぞ、ザイン」
「時間を考えれば空路だが、一般人を巻き込めねーしな……」
「……私を誰だと思っている? このラルフ、仮にも一国の王だぞ。
個人所有の飛行機くらいはある。ミルフィーユに持ってこさせるさ」
「そうか。助かるぜ、ラルフ王」
「なあに、物は役立てる事が大事なのだぞ。覚えておけ、ザイン」
「よし、じゃあ離陸地点を魔王城近辺に、着陸地点をリーンキャピタルからできるだけ近い平原か何かにしよう」
「分かった。ミルフィーユにもそう伝えておこう。とりあえず今日は疲れたな。
魔王城に一泊していこう。ここにも個室くらいはあるだろうし」
「ああ、さっき散らかした時にいくつか個室があったぜ、ラルフ王」
ビュッ!
その時、矢がいきなり窓の外から飛んできた。
「!」
がっ!
ザインは剣でその矢を防ぐ。ザインが外を見ると、一人の女が木の上に見えた。
弓を持っているので、おそらく犯人に間違いない。
女はザインが怒声をあげるより早く逃げた。
「大丈夫か? ザイン」
「心配要らねぇよ、リースティーン。けど、あの女、どっかで見たよーな気が……」
「心当たりがあるの? あ、もしかしたらナンパしてフラれた女の子とか?」
「もしくはその逆とか」
「あるいは、結婚詐欺で騙された相手とか」
ザインは静かに剣を抜き、言い放つ。
「お前等、俺をどういう目で見てやがる……」
「や、やーね。じょーだんよ、じょーだん。それにしても何者かしら……」
クレアが不安そうにつぶやく。
「魔王軍の者ではないのか? リースティーンは知らないのか?」
「あんなのはいませんでしたよ」
そんな事件が起こってしまったせいか、それぞれその日は眠れぬ夜を過ごした。
戦いの幕は、今やっと上がったのだ……


小説の入口へ戻る
トップページに戻る
inserted by FC2 system