第二章 勇者軍の拡大


「ふぁ……あ……」
ザインは、魔王城の個室ベッドの上で、ゆっくりと起床した。
(午前十一時か……)
結局、昨夜はまともに寝る事もできず、日が昇る頃にようやく眠りについた。
「おはよ」
聞き覚えのある声。
「どわぁっ! なんであんたがいきなりこんな所にいるんだ、ミルフィーユ姫っ!」
声の主は、ザン共和王国第一王女ミルフィーユ=クイニーアマン=ザン=アームだった。
ザインのような庶民が王族に対してこんな口の利き方ができるのも、
A・Jになってからできた。共和王国概念のおかげだ。
王族はあくまで国民のうちの一人。ただ、代表者であるだけ。という基本精神が、
極めて強く根付いているのが共和王国なのだ。
「姫なんて付けなくていいわよぉ。ミルフィーユって呼んでくれればね」
「あー、びっくりさせんなよ」
「何言ってんのよ、自分達で呼んどいてさ」
「あ、そだった」
「ま、とりあえず改めて……久しぶりね、ザイン。パパは元気?」
「おいおい、アンタ、父親の所より先に俺の所へ来るか普通?」
「その方が面白そうだからよ。おかげでいいモン見たわよ。あなた、寝顔が可愛いわね」
「なっ……!」
「あー、テレてるーっ!」
「るっせぇやっ!」
「それにねそれにね!」
「まだ何かあんのかよ……」
少々うんざりしてザインが呻く。
「あなたが眠っている時、寝顔見てたら、なんかいっぱい矢が飛んできたのよね♪」
「起こせ! すぐに!」
「だーいじょうぶだってば。矢は命中する前に全部あたし『が』キャッチしたから」
さりげなくとてつもない事を言うミルフィーユに対して、ザインは返す言葉もない。
放たれる大量の矢を全てキャッチするなど、ザインですらとてもできない事である。
これでは、素手でミルフィーユと格闘したらザインの方が負けてしまう事になる。
姫に負ける勇者など、情けないことこの上ない。
(理不尽だっ……!)
ザインがそんな事を一人考えて懊悩していると、ミルフィーユが手を引っ張る。
「さ、早くしなさいよ。いつでも出発できるんだからね」
「ちょっと待て。着替えくらいさせてくれ」
「あ、そっか。じゃあ待ってるね」
ミルフィーユにいきなり手を放され、少しよろけるが、倒れるほどではない。ミルフィーユはそのまま部屋を出る。
ザインは着替えて、魔王城の外へ出る。既に全員が集まっていた。
「すまね、寝坊ぶっこいちまったい」
「いいさ、ザイン。昨日あんな事件があったから、無理もない」
「ミルフィーユが言うには、俺が眠っている間、また狙われていたらしい。どうも俺を狙っているみてーだな」
「うむ……気を付けなければな……では、ミルフィーユ、行こうか」
「ええ、分かったわ」
全員が飛行機の中へ移動する。
「出して」
「了解。シート・ベルトを着用して下さい」
ミルフィーユの指示で、機長が飛行機を発進させる。
やや時間が経って、加速が一定に達してから離陸する。
「一日半の旅になります。ごゆっくりおくつろぎ下さい」
と、アナウンスが入る。
「一日半か……徒歩に比べりゃあ早いもんだな、ラルフ王よ」
「しかし、それ相応のコストもかかる。私とて私用で使うわけにはいかんさ」
「王様ってのも大変なんだな」
「まあな」
ザインとラルフ王の話をよそに、ミルフィーユがクレアとリースティーンに話しかける。
「久しぶりね、クレア。それと……パパから話は聞いたわ、リースティーン」
「申し訳ありませんでした、ミルフィーユ王女……」
「気にしないで。別にあなたが悪かったわけじゃないのよ」
「隊長は……ディゼンストーザー隊長はさぞかし怒っているでしょう……?」
「彼女がそんな人じゃないのは、親友のあなたが一番よく分かってるはずよ」
「そう……でしたね……」
「さて、クレア……パパを今まで守ってくれて、本当にありがとうね。
これからもしっかりとパパやザインを支えてあげてね」
「はい!」
こうして、一日ゆっくりとした日を機内で過ごすことができた。
しかし、翌日。朝食をとって、一息ついた瞬間に事件は発生した。
ズガァァァァァァァァン!
飛行機が激しく揺れた。
「どうしたの!」
「姫、機体に直撃しました。高山からです!」
「何がよ?」
「矢です!」
「矢だと? ここは上空一万メートル以上では……?」
ラルフ王が困惑する。
「いや、ロケットアローなら……!」
リースティーンが推測を口に出す。
ロケットアローとは、公式武器の中でもかなり強力な魔法武器である。
風の精霊の力を借りて、矢そのものに強大な推進力を持たせる事で、驚異的な射程と破壊力を
引き出す対空向けの弓である。しかし、高山からとはいえ、飛行中の飛行機に直撃させるとなると、
それ相応の実力が伴わなければならない。そしてそれ相応の実力があるということは、
こっちは少なくともタダでは済まない。
「機体はどうなの!」
「駄目です! 出力低下!」
「……不時着は?」
「やってみます! 目標、アルンシティ郊外!」
アルンシティは、リーンキャピタルの南にある沿岸都市である。リーンキャピタルに近いことは近いが、
アルンシティとリーンキャピタルの間には、竜族の多く住む危険地帯、『竜の山脈』があるため、
行き来すら容易ではないのだ。
「安心しろ! いざとなったらいつでも脱出はできる! 俺の魔法があるからな!」
「はい!」
ザインの声に励まされ、機長と副機長が、ぐっと集中力を高める。
ぐんぐん高度が下がっていく。そして、ついに機体の車輪が地面に着いた。
「いける、いけるぞ! 舌を噛むなよ!」
「はい、機長っ!」
ギャギュギギギギギギギャギャギャギャッ!
凄まじい音を立てて減速する機体。前につんのめるザイン達。
ガクン!
機体が急停止する。その勢いで後ろへ吹っ飛ぶ勇者軍一同。
「キャーッ!」
悲鳴をあげるクレア。
ダァン!
ミルフィーユとクレアをかばって、ラルフ王は壁に叩き付けられる。
ぐしゃあっ!
ザインも、思わず守る必要の無いリースティーンをかばって、重いリースティーンの鎧に手を潰されてしまった。
「……ぐっ!」
「大丈夫か! ザイン!」
「っぐ……っ! バッカ野郎! 心配より脱出が先だろうが! さっさと出るぞ!」
ザインの指示で全員がすぐに脱出する。全員が機体からある程度離れる。すると――
グガァァァァァァァァァン!
機体は爆発した。
「ふぅ。助かったな……」
そう言うザインに、ケガの元となったリースティーンが話しかける。
「馬鹿な事を……だが、嫌いではない……」
「いいんじゃねーかな? 馬鹿じゃねぇ人間なんざ、いねぇんだぜ」
「そうか……すまない……ありがとう……」
思わず目線(兜装備で目線もクソもないと思うが)を逸らすリースティーン。
(照れてんのか? かーいーとこ、あるんじゃねーかよ)
ザインが自分の事を棚に上げて、そんな事を考えている間に、ラルフ王が呪文を唱える。
「ヒールバスター!」
初級回復魔法である。初級とはいえ、軽傷なら大概これで片がつく。
「どうだ? ザイン」
「ん? ああ、いけるぜ」
手の感触を確かめるザイン。無事である。
「竜の山脈を越えるしかないな」
照れ隠しの代わりなのか、意見を出すリースティーン。もちろん、それは分かっているので、反対の声も出ない。
ザイン達が竜の山脈を見る。とてつもない数の竜族がいるこの山へ入る事を考えると、さすがに恐ろしいものがある。
勇気を出して、勇者軍は竜の山脈に入る。
むろん、機長達は、アルンシティに保護させてからだが。
――その時だった。
ビュッ!
またしても矢が飛んできたのだ。
キンッ!
ラルフ王がアーマーで矢を受ける。もちろんびくともしない。
「またかよ! 出てきやがれってんだ!」
ザインが怒鳴ると、意外と素直に例の女が姿を現した。
「ごめんなさい……あなた達に恨みはないけれど……神王様のご命令だから……」
「な!」
女の言葉に驚く勇者軍一同。
「なんだ、それは! 何故、神王が我等を狙う必要があると言うのだ!」
リースティーンが問うと、女が弓を構える。
「分からないわよ! でも、ある日、神王って名乗った人が、あなた達の写真を見せて、こう言ったんだもの!
『こいつらは、世界を滅ぼそうとする者共だ。奴等を殺してくれ。頼む』――って!」
「何だそりゃあ! ワケ分かんねーぞ!」
「ごめん! ごめんね!」
再度、矢を放ちまくる女。
「うおぉっ!」
いい腕をしている。隙が無い。
ひゅんひゅんひゅんひゅんひゅん!
「だぁぁっ! 危ねぇーっ!」
「お願い! 死んで!」
「死ねるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とても自分と同じか前後一つしか違わないような女の弓術とは思えない程の攻撃を仕掛けてくる。
(待てよ……?)
ザインはなんとなくだが、相手の正体に気付き始めた。直立姿勢をとったら、
肘まで届く青い髪に黄色い目。血色の良いわりに、細い顔が魅力的である。可愛らしくはあるが、
一番顔に出るのは気の強さである。ザインはその特徴を見て、まさかと思った。しかし、試してみる価値はある。
挑戦だけならタダなのだ。ザインは決心し、ある名前を口にした。
「ライナっ!」
ライナ――ザインの幼稚園時代の幼馴染みにして、恋人だった人物である。
ザインは他の連中には隠してきたが、二人は結婚という言葉の意味もロクに知らなかったくせに、
婚約の誓いまで立ててしまっているのだ。もちろん『子供の口約束』と笑い飛ばす事もできようが、
妙に頑固なザインは、ライナ以外の人物とは結婚しないと決め、彼女の親の都合でライナと会えなくなり、
十数年経っても他に恋人を作ろうとはしなかったのだ。
そんなザインの思案とは関係なしに、クレアが攻撃する。
「行けっ! ソーサーっ!」
クレアがソーサーを放つ。女は間一髪で避けたつもりだった。
すぱんっ!
しかし、ソーサーは最初から弓を狙っていたのだ。弓の無いアローファイターは非力なのである。
クレアのソーサーは女の弓を斬り裂いた。
女は、ザインの方を見て驚く。
「私の正体が知られてる……さすが勇者軍」
女は弓を捨てて、大きな勘違いをしつつ、退却していった。
直後、間髪入れず、ザイン以外の全員が彼を睨みつける。そして――
「ザイン! どういう事だっ!」
「事情を説明しなさい!」
「奴は何者だっ!」
更にラルフ王、クレア、リースティーンの順にザインを怒鳴りつける。
「ひえっ! わ、分かった話す話す!」
一人、冷静なミルフィーユ。ラルフ王達が怒っていたのは、たぶん死にそうになるほどの矢を射られたからであろう。
その証拠に、ミルフィーユだけは、片っ端から自分に向かって飛んできた矢をキャッチしていた。
しかも余裕の表情である。
「彼女は、ライナ。ライナ=ルスト。俺の幼馴染みで、将来を誓った女だ。
彼女の親の仕事か何かで引っ越してしまってから、それっきりだが、俺が封神封魔流を学んだのも、
次に会った時、ライナを守る力を持っておきたかったからなんだ……」
「……なるほどな……」
ラルフ王が納得する。
「やっぱり、ライナちゃんだったのね……」
ふと、ミルフィーユが呟く。
「ミルフィーユもライナを知ってんのか?」
もちろん、ザインもこれは初耳である。
「うん。パパと八歳の時、旅行に行ったの。かなり長期の旅行でね、この国に来たのよ。
その時知り合って、親友になったけど、それ以来、会ってなかったわ。
でも、面影があったのよ……だから、ひょっとしたら……って」
「それにしても、あのライナってこ娘、いきなり神王を名乗る人にものを頼まれたって言ってたけど、
何の疑問も浮かばなかったのかしら……?」
「ああ、クレアさん。それなら解答はとっくに出てるよ。な、ミルフィーユ」
「うん。ライナの性格考えたら、ね……」
「なんか、もの凄い言い方するわね……一体、どんな性格なのよ……?」
「良く言えば正直者」
「悪く言えば人を疑う事も知らない単純一直線馬鹿正直娘」
ミルフィーユとザインがライナの性格を口に出す。
「そんな馬鹿な……」
と、リースティーン。まあ、当然だが。
「これが本当の話なのよ……ね? ザイン」
「ああ。なんせあいつ自体、純粋っつーか単純な上、あいつン家の家訓が『真っ正直に生きるべし』だし、
あいつの両親の教育方針だって、『嘘つくな』とか『人を疑うな』とか物凄ぇ事言うし、
その両親自体がそれを地で行く性格してんだぞ」
「ちょっとジョークでからかったら、大泣きするもんだから、
あたし、ライナちゃんには、嘘の一つもつけなくなっちゃったのよ」
「俺だって似たような事が幾度となくあったわい」
「とんでもないわね……」
ただただ呆れ果てるクレア。
「ともかく、次に現れたら、俺が説得する。ライナの事だ、きっと何かに騙されてる!」
「もし、彼女がお前の事を完全に忘れてたらどうする気だ?」
「言うな、リースティーン。その時は、ミルフィーユにでも説得してもらうだけだ」
ザインは不安を振り払うように言う。
「それにしても……機長と副機長をアルンシティに保護させて、本当に正解だったな」
リースティーンの言葉に一同が頷く。
機長と副機長は、アルンシティの保護を受けて、旅客機でザン国へ帰るらしい。
無論、反対する人間などいなかった。ただでさえ危険地帯に行こうというのに、
さらに予想もしなかったライナの襲撃である。連れて来ていたら、まず死んでいただろう。
「危なかっただろうな……連れて来たら」
と、ザイン。
「何を呑気な事を言っている。油断したら俺達がここで死体になるんだぞ」
そのリースティーンの言葉を肯定するように、空から――
「グォォォォォォォォォォォッ!」
ごぉぉぉぉぉぉぉっ!
ワイバーンのブレスが降り注ぐ。炎のブレスだ。
「くぅっ!」
ザイン、ラルフ王、クレアは素早く回避したが、リースティーンは重いメタルアーマーのせいで、
回避がやや遅れてしまった。
「危ない! リー……」
ばっ!
クレアが言い終わるより早く、ミルフィーユがリースティーンを庇う。
「ミルフィィィィィユバリアァァァァァッ!」
「へ?」
間抜けな声をあげるクレア。
ざざざぁっ!
ファイアーブレスがミルフィーユの位置から真っ二つに裂けた。
「どう?」
「どう? じゃねぇぇぇぇっ!」
ザインが思いっきり叫ぶ。
「なんなんだ、その『バリアー』つーのは! 世の中ナメんのも大概にしやがれっ!」
「なによぉ、いいじゃない。リースティーンはちゃんと助けたんだもの。
それにあれはれっきとした『オーラマスター』スキルの技よ」
オーラマスター――『気』を自由に操り、様々な形で発現させられるスキルだ。
才能と訓練の両方の要素が無ければならない。使いこなせれば、並大抵の敵は相手にもならないほどの戦力となる。
ミルフィーユが使ったのは、正式には、オーラフィールドと呼ばれる技だ。呪文ではないので、
別に声を出す必要は無いが、声を出す事が発動のきっかけになる事もある。
「あ……ありがとうございます……」
助けられたリースティーンも呆然としていた。
「グ……グル?」
ワイバーンは明らかに動揺していた。自慢のファイアーブレスが小娘一人に防がれてはそれも仕方無いのであろう。
「うふっ♪ 悪い子はおしおきね♪」
ミルフィーユはにこやかに笑い、いきなり姿をかき消した。
ザッ!
一瞬でワイバーンの頭上をとり――
バコッ! シュン! ドムッ!
鬼のようなパワーでワイバーンの頭を殴り、また姿をかき消し、現れ、ワイバーンの背中に必殺のパンチを叩き込む。
「見えん……」
ザインですら、攻撃の瞬間しかミルフィーユの姿が見えていなかった。
ザシャァァァッ!
ミルフィーユが地面の摩擦による砂塵と共に姿を現し、停止する。
「ウウウウウウウ……」
ワイバーンは明らかに怯えている。
確かに、オーラマスタースキルは強力だ。
だが、それ以上にミルフィーユの戦闘才能の要素が強い事を、ワイバーンは本能で感じ取っていたのだ。
「さあ、まだやるの?」
ミルフィーユの言葉に、慌てて首を振るワイバーン。それだけではなく、
ワイバーンはひたすら謝っているようにすら見える。
「分かったわ、許してあげる。で、も! 移動を遅れさせた罰として、
あたし達全員を乗っけてリーンキャピタルまで飛びなさい!」
「グゥ〜」
もはや反抗の素振りすら見せようとしない。
「よしよし、いい子ねっ」
ワイバーンの頭を撫でるミルフィーユ。
「デタラメだ……」
ザインがそう呟くと、リースティーンとクレアが二人して同じような事を言う。
「やはり、姫だな……」
「やっぱり、姫ね……」
「おいおい、二人とも……『やはり』『やっぱり』って……今までもああだったんかい」
「そう」
ザインはその二人の言葉に戦慄すら覚えた。
そのザインをよそに、ラルフ王が泣いていたりする。
「強い娘に育ったな……ミルフィーユ……」
「いや強すぎだろ」
「……私の立場が無いよ……イフェラ……」
ラルフ王が今は亡き妻の名を呼ぶ。どうやら、彼の涙には別の意味も含まれていたようである。
「俺の立場も無いよ……ラルフ王……」
ザインもなんだか泣けてきた。
「さあ、一気に行きましょ! このワイバーンに乗って乗って!」
ミルフィーユに促され、全員が乗ると、ワイバーンは宙へと舞う。
「おおっ! こりゃいいや!」
ザインが喜ぶ。ただ歩くより、こっちの方がよほど良策である。
こうして一同は、急いでリーンキャピタルへと向かった。

一方、その頃、リーンキャピタルではクイニゲーダーが食い逃げ活動を続けていた。
シテージ国首相カイン=アルハザットは、ダイ国首相トーマス=セレックと共に、悩んでいた。
魔王軍崩壊後、クイニゲーダーは、ダイ国、シテージ国の各地で相変わらず食い逃げをしまくっているのだ。
生け捕りに限り賞金まで出すという告知までしたのに、まだ捕まる気配すら感じられない。
食い逃げ犯ごときに賞金がかかるなど、もちろん前代未聞の出来事である。
だが、食い逃げにしてはやたらと強く、こうでもしなければ手に負えないのがクイニゲーダー。
しかし、それでも駄目だとすると――
「どうしようもないな……カイン殿……」
「でも、トーマスさん。国民の怒りと不安を考えたら、どうにかしないと……」
「だな……おい、マリア。何かいい案は無いか? 一応、お前も冒険者だろう。それなりの意見くらいは出るはずだ」
トーマスは、娘マリア=セレックに意見を求めた。彼の護衛として来ていたのだ。
「そーねー。あたしなら……勇者軍でも呼ぶけど……駄目よねぇ。
アーム城のラルフ王やミルフィーユ王女とは連絡がつかないし……」
「ううむ……ラルフ王さえいてくれたら……」
カインとトーマスが同じ事を言った瞬間――
バタンッ!
部屋のドアが開いた。かなり荒っぽく開けられたが、さすがは首相宅のドア。簡単に壊れたりはしない。
そのドアを開いた主は、兵士だった。
「大変です! カイン様!」
「どうしたんだ?」
「とりあえず逃げた方がいいかもしれません」
「は?」
やたらと曖昧な報告をする兵士。
「何だね? それは」
「ワイバーンがリーンキャピタルの広場に現れました!」
「何ぃっ!」
「しかもザン共和王国のラルフ王、ミルフィーユ王女以下数名がそのワイバーンに乗っておられるのです!」
「へ?」
カインが、再び間抜けな声を出す。
「ともかく行こう!」
「は、はい! トーマスさん!」
「待って! あたしも行くっ!」
トーマス、カイン、マリアの順に広場へと向かう。
広場に到着すると、元気なミルフィーユとワイバーン。それに乗り物酔いしたザインとクレア、
その二人が落ちないように二人を支え続けてすっかり疲れ果てたラルフ王とリースティーンの姿がそこにあった。
「ラルフ王っ! お久しぶりです!」
「カインです! お元気でしたか?」
「見て分からんか……」
しかし、ラルフ王はそうは言ったものの、怒る気力はあんまり残っていなかったりする。
「ありがと。もう帰っていいわよ」
「シャァァッ!」
ミルフィーユの言葉が嬉しかったのか、すぐに飛び去るワイバーン。
まあ、この場合のワイバーンの『嬉しい』には、当然、色々な意味が含まれてはいただろうが。
それを軽く受け流して、
「ともかく、私の家へ来て下さい。なんか、すんごくきつそうですし……」
と、カイン。
「そ、そうか。ありがたい……」
ラルフ王が何とか返答する。ザイン達は足を引きずりつつ、いや、カイン達に引っ張られ、
引きずられつつカイン宅へ向かった。

翌日。
ザイン達は何とか回復した。
「いやー、助かったぜ、カインさん。何しろ、あのノーテンキ王女ときたら、
面白がってワイバーンに急上昇、急降下はさせるわ、アクロバット飛行はさせるわで、
何回死にそうになった事やら。しかも人を酔わせて自分は平気だし」
「……心中お察しします」
「……分かってくれるか」
「ええ。でも、こちらも今大変なんですよ。実は、クイニ……」
「いやいい言わないでくれ」
カインに最後まで言わせず、黙らせるザイン。言いたい事が何故か分かってしまった。
「そうですか……すべてお見通しなんですね? さすがは勇者の称号の持ち主だ……」
「いや、別にそういうんじゃないですが……ともかく、クイニゲーダーはこのリーンキャピタルにいるんだろう?」
「はい」
「だとさ、ラルフ王。どうするよ?」
「とにかく、そっちを探そう。彼の事だ、我々が戦ってる気配を察知したら、すぐにでも現れるだろうからな」
「分かった。この際だからクイニゲーダーを捕まえて、例の隊長にも会おうってんだろ。一石二鳥ってヤツだな」
「そうだ。で、カイン達はどうする?」
「私達も行きます」
「そうか。では、行こう」
カイン宅を出ると、ザイン達は、ほとんどご都合主義丸出しの悲鳴を聞き取った。
「キャァァァッ! 食い逃げよぉぉぉぉっ!」
「探すまでもなかったわね……」
クレアの呟きが、妙に虚しかった。
とにかく、ザイン達は悲鳴が聞こえた方向へ走った。
すると、クイニゲーダーが、一般人に包囲されながらも名乗りをあげていた。
そこに向かってザインは突撃する。
「ゲーダーレッド!」
「ゲーダーブルー!」
「ゲーダーイエ……」
「さあ見つけた今捕まえたるすぐ捕まえたるとにかく捕まえたるキィィィィィィック!」
どがしっ!
ザインは、一番右にいたイエローに全力で蹴りを叩き込み、全員をドミノ倒しにした。
「な、何だぁ? あ、てめーらか!」
「いよう。久しぶりだな、ゲーダーレッド」
「ふん、確かにな。この間はグリーンが世話になったらしいじゃねぇか」
ラルフ王達が、ここでようやくザインに追いついた。少し息を切らしている。
「す、すまん……遅れてしまった……」
「別にいいって」
ここでクイニゲーダー全員が立ち上がった。
「あいたたたた……」
「いったぁ〜い」
「大丈夫か? イエロー、グリーン」
ブルーがフラフラの二人の手を引く。
「さて、レッド。今日こそてめーらを捕まえる。いいか、いくぞ」
「いや、いいかいくぞ言われても……まあいいか。さっさとやろうぜ。一般人どかせよ」
「市民の皆さーん! 危ないので少しの間ここから離れてて下さーい!」
ここはレッドの言う通りにした方がいいと判断して、クレアが一般人を遠ざける。
「それじゃ、始めようか」
「ようし」
戦いは始まった。最初に動いたのは、リースティーンだった。
「久しぶりだな、クレイジーさんよ、なんでそっちサイドにいるのか知らねーけどな。手加減はしねーからな」
「それはもとより。今はもうクレイジーではない」
「じゃあ何だよ?」
「アーム城ディゼンストーザー副隊長、リースティーンだ」
リースティーンがメタルソードで斬りかかる。
「ゲーダーソード!」
ギィン!
レッドが、リースティーンの剣を自分の剣で受ける。魔王軍から最後に支給されたオプションのうちの一つであろう。
そのせいかリースティーンはこの展開が読めていたようだ。
一方、ザインはイエローと戦っていた。
「蹴りよったな! 足型の跡のカリは返したるで!」
「やれるもんならやってみな。てめーなんぞにゃ無理かもしれんがな!」
また、ラルフ王はブルーと話しながら戦っていた。
「……やれやれ、リーダーが血の気が多いと、苦労するものだな? ラルフ王」
「それはそちらも同じではないのかね?」
クレアはグリーンと戦っている。
「この間はよくもいじめてくれましたねぇ! もう、怒っちゃいましたよぉ!」
そして、ミルフィーユはピンクと戦おうとしている。
「ふうん……あなた達がクイニゲーダーっていうのね。外見がベタよね」
「そっちこそ、いかにもお姫様ってカッコしちゃって。ベタにも程があるわよ」
ゲーダーガンが、封神封魔流の技が、クレアのソーサーが、ミルフィーユのオーラが、
ラルフの光魔法が、敵を遅い、互いを傷付け、ついでに市街地を少し破壊する。
十五分も経った頃だろうか。
市民を逃がしていたカイン達が戻ってくると、まだ戦いが続いていた。
カインは、壊れた市街地を見て、いても立ってもいられなくなり、つい叫ぶ。
「ラルフ王ーっ! 壊れた市街地、ザン国の国家予算で弁償して下さいねーっ!」
「え?」
ラルフ王は、こういう展開になる事を、あまり考えていなかったようである。
その時――
「うっせぇなぁ、寝てらんねーだろが」
声が聞こえた。
「よっ」
その声の主は、姿も見せずに、クイニゲーダーに攻撃を仕掛けた。
「一、ニ、三、四、五っと」
がすめきごすどこがつっ!
一瞬にして五人が倒れた。そしてようやく声の主がザイン達が見えるようなスピードに減速し、動きを止めた。
彼が倒したクイニゲーダーは、カイン達が捕縛している。
皮肉げにつり上がった黒い瞳に長い金髪、そして黒い忍者服。好む人が限られるタイプの美形の男である。
束ねた髪がそれを引き立てている。これが『声の主』の特徴であった。
「お久しぶりです。ラルフ王。ステルサー=ジーニアス、勇者軍に合流します」
「義兄さん? 義兄さんじゃないか!」
「ステルサーさん!」
「隊長っ!」
「ステルサー!」
ザイン、クレア、リースティーン、ミルフィーユが同時に叫んだので、
ステルサーと呼ばれた男は、やや混乱してしまった。
「ともかく、カインの家へ行くぞ。このままでは皆、混乱するだけだからな」
ラルフ王の指示で、一行はステルサーを加え、ようやく捕まえたクイニゲーダーを
警察に引き渡して、カイン宅へ向かった。

「じゃあ、一人ずつ事情というか、ステルサーに言うべき事を言おうではないか。
まずは私からだな。よく戻ってくれたな」
「すみません、ラルフ王。こっちも色々あったもんで、帰るに帰れなくって」
「いつもの口調でいいのだ。私に敬語を使うな。似合わぬからな」
「ああ、確かにな。俺らしくもねーし、似合いやしねー。言う通りだ、ラルフ王」
「次は俺だ。お久しぶりです、隊長」
「セルシェか、すまなかったな」
「セルシェ? それ誰?」
ザインが問う。すぐステルサーが答える。
「こいつだよ。こいつのフルネームは、セルシェ=リースティーン。れっきとした女だ」
「なっ! 何だと!」
「……知らなかったのか?」
「……」
「ま、それはどうでもいいですから。隊長」
「ど、どうでもいいって……」
ザインは抗弁の仕様が無い。それを無視してステルサーは話を進める。
「ああ、皆に話しとかねーとな。俺と彼女は魔王と一回戦って、既に勝っていたんだよ。
で、例の話聞いて、強い奴が来るのを待ってたのさ。正直、リースティーンは戦力として弱いし、
俺一人じゃどうしようもない。だから、魔王を倒した奴となら一緒に戦えるって事にして、
その試験官代わりにリースティーンを魔王のセルシェを魔王の所に置いてったってわけだ」
「それが世間にバレたら、試験になりませんから、誰にも話せなかったんですよ」
「そうか……すまなかったな、二人とも……」
「いいんですよ、ラルフ王」
ラルフ王もそうだが、ザイン達も、初めて真相を聞かされた。
「さて、次は俺だ。義兄さん、こりゃまた久しぶりだな。
まさかあんたがアーム城の偵察隊長だとは思わなかったぜ。七年くらいか? 会ってねーのは」
「俺にしてみりゃ、ザイン、てめぇが勇者軍リーダーになってる事の方が驚きだ」
「ま、そーかもな。封神封魔流の試合で一度対戦して、気が合って、
いつか一緒にでっけぇ事やらかそーぜってな事で、義兄弟の契り結んで、ほとんどそれっきりだったしな」
「物事のデカさにも程ってモンがあるだろうにな。ま、改めてよろしくな」
「そうだな」
ザインとステルサーが握手を交わす。
「次あたしね。久しぶりよね、本当に」
「ミルフィーユ……」
「ステルサー、またよろしくね」
「おう」
そして、クレアが席を立った。
「最後は……私ですね……お久しぶりです……ステルサーさん……」
「……誰だよ?」
「私です……セレナです」
「なっ!」
勇者軍全員が驚いた。クレアは自分の事を『セレナ』と言ったのだ。
クレア――いや、本人曰くセレナは、メイクを全て落とし、素顔になった。カツラを取り、
隠していた長い髪を服の背中部分から出し、カラー・コンタクトレンズを外し、
超能力『物質変換』で、白いワンピースの服へと変え、完全に正体を明かした。
雰囲気、物腰、言動、全てがクレアの頃のそれとは全く別のものとなっていた。
膝下十五センチほどもある長い緑の髪に、絶えず細目で、笑っているようにさえ見えるたるんだ目。
『魅力的』などという語句が、生易しいとさえ感じられるほどの美女だ。
あえて欠点を挙げるなら、素顔の方が美しすぎて、全く化粧映えしないという事だろう。
「セ、セレナさん……」
「ステルサーさん……会いたかったです……」
たまらずに、セレナが泣きじゃくる。
ザイン、リースティーン、トーマス、マリアは、セレナの事を知らなかった。
そんな四人のために、ラルフ王が説明する。
「彼女は、セレナ=カレン。幼い頃、カインに幼女としてもらわれ、
その後、アーム城のコックとして働くようになったのだ。そこでステルサーと知り合って、
恋仲になったのだが、ちょっとした事件で、彼女を解雇するハメになってな。
それっきりだったはずなのだが、まさか彼女のような人間が別人としてまたアーム城に来るとは、思いもしなかった」
「すみません……ラルフ王……ぐす」
「あーあー、もういい。泣くな泣くな。私とてお前をクビにするのは不本意だったのだ。
辛かったであろう? クレアを演ずるのは……」
「ええ……」
「良かったわね、セレナ」
「はい……ミルフィーユ姫……」
ここで、ザインはようやく気付いた。
「あ! じゃあ、俺への姉さん発言は、そういう事だったんか!」
「はい……すみません……ザインさん……今までずっと隠してきて……」
「ああ、いやいや、いいんだいいんだ。まさか義兄さんに将来を誓った
こんな綺麗な人がいるなんて思いもしなかったしな……」
ここでラルフ王が再び解説する。
「ちなみにセレナは十九歳。極度の泣き虫で、気が弱いが、クレアだった頃より、
更に役に立ってくれるだろうさ。隠してた多くのスキルを使いこなせるからな」
「なるほどな……改めてよろしく、セレナさん。いや、もう義姉さんって呼ぶべきだな」
「は、はい」
「セレナさん……」
ステルサーがセレナをすまなそうに見つめ、そして人目も気にせずセレナを抱きしめた。
その二人をミルフィーユやマリアが冷やかすと、セレナは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「本当に『クレア』とは全く違うな。よくもあれだけ見事な変装ができたものだ」
と、リースティーン。
「セレナは本来、無闇やたらに恥ずかしがりなのだよ、リースティーン。
すぐ耳まで赤くして、可愛らしいものではないか」
ラルフ王が三度、解説する。
「無闇に、どころではないでしょう。セレナの場合は、ね。養父だった私から言うのもどうかと思いますがね、
あの子のは世界一と言ってもいいんじゃないですか?」
カインまでがこう言う。
「あ、そうだ! おい、皆、聞いてくれ」
ステルサーが何かを思い出したようだ。
「一昨日、魔王が俺の所へ来てな、勇者軍と合流したら、亜人の山脈へ来いと言ってた」
「そうか、分かったよ、義兄さん。そこへ行けば、何かあるんだな?」
「ま、そういうこったろうな」
「よっしゃあ! じゃあ行こう!」
ザインは気合を入れたが、ミルフィーユとリースティーンは、一歩身を引いた。
「残念だけど、あたしとリースティーンはここまでね。国の事もあるし……」
「しかし、何かあったらすぐ行く」
「そっか。ありがとな、二人共」
ザイン達は笑って別れた。
これで、メンバーは、ザイン、ラルフ王、ステルサー、セレナの四人となった。
ザイン達はステルサーの案内で、亜人の山脈中心部へと飛んだ。むろん、ザインの魔法でだが。
ザインがステルサーの指定した位置で降下し、着陸すると、そこに魔王と、見覚えの無い人物がいた。
「おう、久しぶりだな、魔王」
「ご苦労だったな、ステルサー」
親しげに二人が挨拶を交わす。
「さて、勇者軍よ、今日はお前達に会ってもらいたい人物がいる。紹介しよう。私の横にいるのが神王だ」
「人物って……人じゃねーだろ」
「その辺はツッコむな、ステルサー。なんか神王がいじけてるぞ」
ラルフ王がステルサーを嗜める。少しして、神王が気を取り直してから、話が始まった。いや、始まろうとした時――
「神王様の敵、覚悟ぉッ!」
ライナがその場に現れた。
「はあ?」
一番驚いたのは、その神王本人だった。
ブ……ゥン……
神王はうろたえつつ、ライナを閉じ込める形の結界を張った。
そして、それは無事に成功した。きちんとライナを捕らえたのである。
「出して! 出しなさいよ!」
「娘、落ち着け。彼等が……勇者軍が私の敵だと? どういう事だ?」
「え? あなたが神王様? だって、神王様、あたしに、あいつら殺せって、
勇者軍を殺してくれって、頼んだじゃない!」
「頼んでない頼んでない。それに、私に向かって『様』とか要らないから。お前は騙されているのだよ。恐らくはな」
「何ですって!」
心底驚くライナに、ザインが近寄る。
「ライナ、俺だ。分からないか? 俺はザ……」
「ザイン? ザインなの?」
「お前な……こういう時は、途中で気付いても最後まで言わせるもんだぞ……」
ザインの周りに、最後まで言わせろオーラが、渦巻いていたりする。
「ウソでしょ……? ザイン……なんであなた、あたしに狙われてんの?」
「お前がそれ言う? こっちが聞きてぇよ」
「ごめんね、ザイン。あなたとは知らなかったの……けど、ここにいるのが神王なら、
あたしにザイン達を殺せって命令したの、一体誰だったのかしら?」
「む!」
神王が何かの気配を察知して、姿を消し、すぐにまた姿を現した。その手は、一人の魔族を鷲掴みにしていた。
「犯人はコイツだ。神王に……それもかなりいい加減なデザインのものに化けて、
彼女を騙していたようだな。貴様、どういう事だ?」
「すまねェ、神王様。一部の魔族に、魔神王様から命令が下ったんですよぉ。
『何でもいいからとにかく、私の計画の邪魔をする様子のある者を見たら、
殺すか足止めしておけ。逆らえば殺す』って。もうしませんから許して下さいよぉ……」
「……もう行け。勇者軍には手を出すな」
「『には』ですかい?」
「ああ、中途半端な強さの連中が関わると、余計うっとうしい。
そういうのは遠ざけろ。それなら、あの方も文句はあるまい」
「へい! では、行きます!」
魔族は姿を消した。
「ザイン……あたし、馬鹿ね……」
「ああ、大馬鹿だ。けど、俺は馬鹿が嫌いだなんて言った覚えはねーぞ」
「……うん、ありがとう……」
「ま、色々あったが、また会えたんだ。一緒にいてくれよ、ライナ」
「分かったわ。勇者軍に参加するわね」
「というわけだ、みんな、よろしく頼むぜ。義兄さんには説明しとかないとな。
彼女の名はライナ=ルスト。俺のフィアンセだ」
「て事は、そいつがそのうち俺やセレナさんの義妹になるってワケか。
じゃあ、彼女に俺達を紹介してやってくれ、ザイン」
「ああ。ライナ、紹介しておこう。まず、このエラそなおっさんがザン国王のラルフ=ギル=ザン=アームT世だ。
金髪のが俺と義兄弟の契りを結んだ俺の兄貴分、ステルサー=ジーニアス。
その横にいる女性が、義兄さんの恋人、セレナ=カレン。俺の姉貴分って事になるな。
いや、これからは俺と、ライナの、だな」
ザインが事細かに説明する。
「よろしくね」
「こちらこそ」
ライナは、三人と握手を交わす。
その後で、神王はライナに真実を話した。
今までの戦い。クイニゲーダーの事、歴史の隠された部分……そして、魔神王の事を。
彼女は驚きはしたが、怯えたりはしなかった。ひと通り話が終わると、神王が言う。
「さて、そろそろ話を戻そうか。私も、実は魔王に協力していてな。ここはひとつ、
私のできる事で、勇者軍に力を貸そうと思って、魔王に君達を呼んでもらったのだ」
「へえ……それは心強いな」
「この国の一番北に『妖精の森』があるのは、よく知ってるだろう?」
「ああ」
妖精の森は、ダイ国最北端の地域を覆う、惑星アース最大の森林地帯で、
妖精族が数多く生息している。秘境中の秘境だ。
「そこのダンジョンから、妖精戦士ヴァルキリー族の許しを得て、
いくつかの武器をもらい受ける事ができた。人間の『マシーナリー』スキル持ちの者と、
妖精族で一番器用で、魔道科学にも精通している、ドワーフ族の者の合作らしいが、
威力は妖精王ワルキューレの保証付きだ」
「じゃ、あたし、この弓がいい」
ライナは、鋭い光を放つ弓を手に取った。
「それは聖弓ソウルスティール。魂の力をそのまま矢に移し、放つ素晴らしい一品だ」
「何だ? この宝石は」
ラルフ王は、自分の王冠によく似合う、一個の宝石が気になったようだ。
「それは、ジュエルビーム・エックスというらしい。アクセサリーに付ける事で、威力のある光学兵器となる。
イメージを組み立てて、念じ、叫べばビーム……それもすこぶる高出力のビームが発射される」
「……格好悪いかも……まあいい……エックス、というのは?」
「数学でXは未知数を意味するだろう? イメージの組み立て方次第で、
様々な形態のビームが放てる。つまり、それがエックスだ」
「分かった。これを使わせてもらう」
ラルフ王は、自分のクラウンの中心にある宝石を、ジュエルビームXと入れ替えた。
ライナとラルフ王はそれで良かったが、困っているのは剣が得意なザインとステルサーの二人だった。
二人がそれぞれ今の剣の代わりとして、手に持っていたのは、誰がどう見ても、
誰がどう見てもハエ叩きと、柄が付いただけの、よく伸びた長葱にしか見えない物体であった。
「をいくぉら」
「何だこれは」
ザインとステルサーが神王に詰め寄る。
「ハエタタキブレードとナガネギソードだ」
「やっかましいわっ!」
「そういう事を聞いてんじゃねぇっ!」
「言い忘れていたが、威力はあるものの、冗談半分で製造された物が、多数紛れ込んでいるから、気を付けろよ」
「そーいうモンを持ってくんなっ!」
「じゃあ、これはどうだ? どんなものでも技量次第で絶対に斬れる剣、
アブソリュートセイバーだ。原子結合の消滅による物体の絶対切断という原理によるものだ」
「な、なんかえらい凶悪な剣だな……まあいいや。それで」
ザインは、恐々その剣を受け取った。
「お前は、これでどうだ? ホバー・ボードに使用者追尾機能とロックオン機能、
それに前面ブレードが付いた移動武器、ボードリッパーだ」
「悪くねーな……よし、それでいい」
ステルサーは少し考えてから、ボードリッパーとやらを受け取った。
ザイン達よりさらに問題なのがセレナだ。
彼女がソーサーの代わりに持っていたのは……見た目がピザそのものの物体だった。
「セレナさん……何それ?」
ステルサーが話しかけると、セレナは、キラキラと目を輝かせる。
「ステルサーさん……こっ……これっ……可愛らしいですわっ……!」
「え? マジで?」
「はい♪」
ステルサーは困ってしまった。そこに神王の説明が入る。
「それはサイキックピザカッター。冗談半分シリーズのひとつだが、威力は凄いぞ。
ソーサーと同じ使い方もできるが、8枚カットだから、対象八つまで同時に攻撃できる。
見た目がピザだからといって、そう馬鹿にしたものでもない。いい物を選んだな」
「じゃあ、これにしますね」
凄く嬉しそうにセレナは笑う。
「どうするよ……?」
「さあ……?」
ステルサーも、ザイン達も、セレナをどうしても止められなかった。止めればセレナは泣く。絶対に泣く。
彼女のような人間に泣かれると、相当後味が悪い上に、痛い目を見る。
たとえ気は弱くて恥ずかしがりでも、実力は折り紙つきなのだ。
かくして、本意、不本意に関わらず、勇者軍はそれぞれ伝説級威力の武器を手に入れた。
「さて、これで戦力の増強はできた。現在、魔神王様は超隕石とも呼ぶべ巨大隕石を、
アースに向けて発進させた。あと四十日ほどでアースに激突する。急いでほしい」
「しかし、我々には、宇宙へ私用で行く手段が無いのだが……」
「むう……それは問題だな……!」
ラルフ王の言葉に、神王が悩む。
ピピピッ、ピピピッ。
ラルフ王の持っている通信機のコール音が鳴り響く。
「こちら、ラルフだ」
「パパ! そちらの状況はどう?」
「おお、ミルフィーユ。どうした?」
「どうしたも何も、パパってば、宇宙へ行く手段、考えてた?」
「う」
「ほらね、やっぱり。そんな事もあろうかと思って、宇宙行きの手段を考えてあるわ!」
「本当か?」
「うん! トーマスさんにマリア、それにカインさんと一緒に相談して、世界中からメカニック、
マシーナリースキル人集めて、勇者軍専用武装シャトル急造したの!
それをスペースポートに待機させてあるから、皆、急いで来てね! 待ってるわよ!」
「分かった! すまない!」
プツン。
通信機の会話が終わった。
「……大丈夫そうです……神王……」
「そうか……ならラルフ王、もう行ってくれ。そうそう、これだけは言っておく。
ライナにも言ったはずだが、私が神王だからと、敬語を使うのはできる限りやめてほしい。
そういうのは好きではないからな……では私は神界へ帰る……さらば!」
神王は消え去った。ラルフ王は魔王と神王の人柄に敬意を表し、同時に、魔神王に軽い恐怖を感じた。
「……神王……八百万の神を統べる神の王……そのような者でも表立って逆らう事ができぬ相手……
それに挑もうというのだ……行きたくない者は、行かなくても……ってオイっ! コラっ!」
ラルフ王の話を聞きもせずにすたすたとザイン達は歩き出す。
「へっ、何馬鹿言ってやがる。今更、真っ先にリーダーが抜けてどうすんだ。似合わねぇことほざいてんじゃねーぞ」
「ザイン……お前……」
ザインの言葉に一瞬ラルフ王は耳を疑った。
そのザインに続いて、ステルサー、ライナ、セレナが続けてしゃべる。
「ま、捨て子だった俺が生きてられんのは、全部あんたのおかげだしな。
見捨てるっのはどうもな……とにかく頑張ろうや」
「ちゃっちゃと決着つけよっ! そんで、あたしとザインは一緒にならなきゃ!」
「えぇと……そういうわけですし……」
「ステルサー、ライナ、セレナも……」
「だから似合わねー事ほざいてんなっつったろ? それにな……」
ザインが北方向に指を差す。その方向には一匹の大きな爬虫類のような生物がいた。
ワイバーンの赤子である。ワイバーンは確かに竜族だが、竜族というのは竜の山脈にのみ生息しているわけではない。
群れからはぐれた子供の竜族が一匹や二匹いても、別に珍しくも何ともないのだ。
ただ、この亜人の山脈で、というのは普通はないのだが。
ちなみに、そのワイバーンの赤子は怯えていた。それを、ザインはまだ指差しつつ、言う。さっきの言葉の続きである。
「俺がいくら望まなくっても、トラブルってのは、向こうからやって来るんだよな」
「ああ、なるほどな」
ラルフ王も、思わず納得してしまう。
それをよそに、ライナがワイバーンを手招きしてみる。
「おいでおいで」
しかし、ワイバーンは近寄らない。
「恐がらなくてもいいんですよ? さあ、こっちへ来てみて下さい……」
ワイバーンは、セレナをジッと見る。
「ね?」
セレナがそこまで語りかけた時点で、ワイバーンは、バタバタ音を立ててセレナの方へ飛んできた。
母親に甘えるかのごとく、そのままセレナに抱かれる。セレナが頭をなでてやると、目を細めて喜ぶワイバーン。
「可愛らしいトカゲさんですねぇ」
どたどたどたっ!
セレナ以外の全員がその場でコケる。まさか、ワイバーンの赤子だというのが分かっていないとは思わなかったのである。
「あ、あのなぁ……義姉さん?」
「はい?」
「いや、いい……」
根拠は無いが、正体を教えても『あら? ワイバーンだったんですか?』とか答えられそうな気がしたのでやめた。
「あのさあ、セレナさん。そいつ連れてくワケ?」
「駄目なんですか? ステルサーさん……かわいそうですよぉ……」
「うーん……ま、いっか」
断れないあたりがステルサーの甘さだ。
「おい、義姉さん。そのチビワイバーン、首に何か付いてないか?」
「あら? ワイバーンだったんですか?」
(やっぱりね……)
ザインの内心のツッコミをよそに、話は進む。
ワイバーンの首には、名札付きチェーンがかかっていた。
「え、えーと、ヴァ……ジェ……ス……ヴァジェスねぇ。これが名前らしいな」
「ヴァジェスさんですか……」
「ンギャー」
「私、セレナ=カレンです。よろしくお願いしますね」
「ワギャ!」
「さあ、皆さんも自己紹介を。竜族は賢いですから、きっと理解してくれますわ」
「あ、ああ。ザイン=ストレンジャーだ」
「ラルフ=ギル=ザン=アームT世だ」
「ステルサー=ジーニアス」
「ライナ=ルストよ。これでいいのかしら?」
「……アー……」
ワイバーンのヴァジェスは、少ししてから警戒を解いた。
ワイバーンは、戦闘能力が高く、賢い。多少の年月が過ぎれば赤子ですら人語を解するし、
本能と理性を使い分けることができるのが竜族の強みなのだ。
良いワイバーンは、竜騎士の竜となる。ドラゴンナイトの竜はワイバーンでなければならないという
決まりがあるわけではないが、ワイバーンを使うのが一般的ではある。
ワイバーンに乗り、魔法のかかった槍と大きな盾に、真紅の鎧を装備し、天空に舞うドラゴンナイトは、絵になる。
伝説となった者もいる。その勇ましい姿は、戦の神をも連想させる。ヴァジェスは、
その素質を十分持っているように見えた。
しかし、飼い主たるセレナはドラゴンナイトに向くようには見えなかった。セレナのメインのスキルはコック。
へよんとした外見。脱力を誘う雰囲気。気弱で泣き虫で照れ屋な性格……似合う要素が一つもない。
ふと、その場にいたせレナ以外の全員が、成長したヴァジェスの背に乗り、フル装備で天空に舞う姿を、
四人は想像し、ある結論に至った。
(そーゆードラゴンナイトはちょっと……)
(そーゆードラゴンナイトはちょっと……)
(そーゆードラゴンナイトはちょっと……)
(そーゆードラゴンナイトはちょっと……)
そして首を振る四人。
「……とにかく、早く行こう、セレナさん。急がないとね」
「はぁ」
ライナに言われて、ようやく任務を思い出すセレナ。思わぬタイムロスになった。
しかし、子供ワイバーンより厄介なものがその場に現れた。
ズーン! ズーン!
物凄い足音と共に姿を現したのは、巨人の一種、フロスト・ジャイアントだった。
「魔神王様に……逆らうなぁッ!」
ジャイアントの巨大な体が青く輝く。冷気を放出しているのだ。
「フリーズブラスター!」
全方位放射状の冷気系衝撃波呪文をジャイアントが唱えた。呪文を使うのは人間だけではない。
むしろ、W・B等の媒体を必要としないため、むしろ人間以外の種族の方が、より有利に魔法を使えるのだ。
「みんな集まれ!」
ラルフ王の指示で、全員がラルフ王の近くに集まる。
「レジストフリーズ」
ラルフ王の指示で、全員がラルフ王の近くに集まる。
ラルフ王の耐魔法呪文で、フリーズブラスターは防がれた。
セレナがすぐさま反撃態勢をを整え、いつも細めているその眼を開く。
スキル『星使い』こと『スターテイマー』だ。
自分の誕生星と心を通わせ、そのエネルギーを一部借り受け、自分の身体に込める事で、
攻撃、防御、支援等を行う、才能がものをいう魔術の派生種のようなわけの分からないスキルだ。
もちろん、才能の基準は定かではなく、使い手も極度に少ない。
「アルファ・フォルナーキス!」
ズバァァァァァァァァァァァァン!
爆発がジャイアントを含む。
「くっそぉぉっ!魔神王様に言いつけてやるからなぁぁぁっ!」
泣きながら去るジャイアント。
「子供か、あいつは……」
ステルサーが呆れて言う。
だが、まだそれだけでは終わらなかった。
「フン……」
と、逃げたジャイアントを鼻で笑いつつ、姿を現したのは、人間型の竜に翼が生えたような生物
――ドラグーンだった。これは生まれつきのドラグーンのようだ。ちなみに、純正の竜族が変身で
ドラグーンになる事もある。しかし、どうも亜人種のドラグーンらしい。
「少しはできるな。だが、そう簡単にこの亜人の山脈から出られると思うなよ」
「はあ……まったく、次から次へと……」
ザインがうんざりしつつ、先に仕掛ける。
「うっとおしいったらありゃしねえな!」
ザムッ!
ザインが斬りつけようとした瞬間、ドラグーンの爪がザインの腕を切り裂く。
「ちぃっ! このドラグーン、早ぇ!」
ドラグーンが追撃をしようとした瞬間、空から何者かが降ってきた。
グシュッ!
降ってきたそのままの勢いで、その正体不明の物体――いや人物は、
レイピアをドラグーンに突き刺し、あっさり着地した。
その人物は、ライナと同じ、十六歳位の女性だった。やや吊り上がった赤い目に同色の髪。
ライナよりも気が強そうである。ある種の迫力すら感じられる。
「……あ、ああああ、あああ、ああ、あああ、ああああああのおおおおおおおおお……」
がたんっ!
緊張丸出しの声で第一声を放つ彼女に対して、全員がコケる。
「ゆゆゆゆ勇者軍のみみ皆さんですよねぇぇぇ?」
しかも童女のような可愛らしい声のせいで、見た目の雰囲気は台無しである。ラルフ王は、なんとか返事をする。
「あ、ああ……君は?」
「え、えええ、えぇぇぇぇっと、わわわ、私は……」
「落ち着けって」
ザインが言うと、彼女は一分ほど深呼吸を繰り返し、再び話を始めた。
「私は、勇者軍サブメンバー、アリシエル=スターリィフィールドです!」
「サブ?」
「は、はい! 実は勇者軍メンバーのサポート役にと、ミルフィーユ王女達が
サブメンバーなるものを募ったのです。応募者の中から選ばれたのが、私達なんです」
「そうか……ミルフィーユ達がか……」
「サブメンバーはカインさんやトーマスを含めて三十人以上います。さあ、お迎えに来ました。早く行きましょう!」
「お、おう。エアウィング!」
ザインは皆を包むように風の結界を張り、飛行呪文を唱えた。勇者軍は勢い良く、
南東にある宇宙の空港とも言うべき、スペースポートに向かった。

――その頃、スペースポートでは……
「遅いわねー、パパ達……ねぇ、アリシエルよこしたんでしょ? カインさん」
「ああ、間違いなくアリシエルを迎えに行かせましたよ。ただ、
あの子はあがり症ですから、心配は心配なんですけどね……」
「彼女もそれさえなきゃねぇ……」
はーあ、とミルフィーユとカインが二人してため息をつく。
「のああああああああああああああっ!」
叫び声。サブメンバー、チャールズ=ブロンソンの声。シャトル発着場から聞こえた。
「どうしたの、チャールズ!」
「姫さんか! とんでもない事がっ!」
「何?」
「シャトルから人間の足生えてるぞっ!」
「へ? 足?」
よく見ると、シャトル上部から数人の足が生えているように見える。という事は、
上半身がシャトルに激突し、刺さっているのだ。
「マシーナリーとドクター呼びなさぁぁぁぁぁぁぁい!」
ミルフィーユの声が辺りに響いた。

「いやあ、すまないミルフィーユ」
そう言ったのは、一番深々とシャトルに突き刺さっていたザインである。
「もういいわよ。それより、シャトルは一日で修理し終えるらしいわ。
それと、ご苦労様、アリシエル。ちゃんと連れて来てくれたみたいね」
アリシエルをねぎらうミルフィーユ。
「はい! では、これで失礼します!」
ミルフィーユに一礼して、アリシエルは医務室から出た。そう、ザイン達は医務室にいたのだ。
もちろん、シャトルに突き刺さった時のケガが原因である。
「さて、言っておく事は言っておかないとね」
ふと、アリシエルが去るのを確認して、ミルフィーユはいきなり話を切り出した。
「?」
全員が怪訝に思っていると、さらに彼女の話は続く。
「提案があるの。勇者軍って、世襲制にしたらどうかと思うんだけど……あ、もちろん、
新たなメンバーの募集もやるんだけどね」
「はあ? つまりは後継ぎが勇者軍に入って、世代交代していったらどうかって事か?」
「そうよ、ステルサー。メインメンバーに関しては半強制的な部分も必要ね。
例えば、あなたとセレナに子供ができたら、最低一人は勇者軍に参加してもらう事になるわ」
「私と…ステルサーさんの子供……」
セレナは顔を真っ赤にして、ステルサーの後ろに隠れる。
「あー、そこドリーム見ないように」
ミルフィーユのツッコミは、セレナには聞こえてはいなかったが。
「なんでそーゆー事になるわけ?」
「ライナちゃん、よーく聞いて。勇者軍はもはや今回の事件のためだけの組織とは言い難いわ。
すでにサンシャイン系全体を守る自由軍も同然なのよ。いざって時は、国を相手に戦う事だって、
ありえない事ではないのよ。だから、メンバーの質を高いままにしておくためにも、
才能あるアーム王家や、その他の血筋が必要なのよ。だから……」
「まあ、正論だな。なんだかんだ言っても、戦闘才能ってやつは、血筋の影響するところが大きいんだからな。
だが、それは本人達が決める事じゃないのか?」
「……そうかもしれないわ。それで中止なら、勇者軍も所詮そこまでの存在ね……」
「もういいだろう、ザインも、ミルフィーユも。ともかく、今日は休もう。明日からは宇宙だ。
未来より、今だ。今を見るのも勇気だからな。今は勇者軍が拡大した。ただそれだけ。それでいいではないか」
しかし、わだかまりはまだ消えない。
翌日。
勇者軍はシャトルに乗り込んだ。ただし、そのクルーは、ザイン、ラルフ王、ステルサー、セレナ、
ライナ、ヴァジェスの五名と一匹のみである。
「さて……ミルフィーユ……また会えるかは知らないが、アースをよろしく頼む」
「うん、分かってるわ、パパ……」
「お前なら(色々な意味で)安心して、アースを任せられるよ、ミルフィーユ」
「任せて……あ、それと、ザイン……昨日は、ごめんね……なんか酷い事言ったみたい」
「ああーもう! ラルフ王といいてめーといい、似合わねー事ばっか言いやがって。
ヤになるぜ、まったく! いいか、おい。俺に謝ってる暇あったら、やるべき事をきっちりやってみせな。
馬鹿の考え休むに似たりってんだ。馬鹿じゃない人間なんて、この世に誰一人いるわけねーんだから、
考えるだけ無駄ってもんだろうが」
「うん……」
「しおらしいのは似合わねぇ。ンなの義姉さんだけでたくさんだ。それに、そんな顔すっと、
ライナが不安がるだろが。俺はそういうあいつの顔は見たくない。それだけだ」
「……素直じゃないわね、ザイン。ホントはミルフィーユの事、心配してるくせに」
ライナが横から口を挟む。
「ライナ……お前ほど馬鹿正直な教育受けた覚えはねぇんでな」
「まったく、強情なんだから……じゃあね、ミルフィーユ。必ずまた会いましょう」
「もちろん!」
ライナとミルフィーユは軽い別れの挨拶を交わす。
「おっしゃ! 早いとこ行くぞ、ザインも、ライナもだ! 他は既に乗り込んでんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれって! 義兄さんっ!」
「もうっ! せっかちな人ね!」
慌ててザインとライナがシャトルに乗り込んだ数分後――
どどどどどおおおおおおおおお……!
ザイン達は、宇宙へと飛び立った。


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