第三章 突入


「ふあ……」
セレナは、早起きである。寝ぐせを元に戻すのが日課のためである。しかし、アースを出て一週間と三日、
ちょうど十日目のこの日に限っては、少し寝坊してしまったのだ。これでは、
寝ぐせ直しに三十分もかけている暇はない。食事を作るのもメンバー唯一の料理人たるセレナの仕事だからだ。
髪型が少しとんでもない状態のままだが、まあ仕方がないとセレナは割り切った。
(理由を話せば、皆さん、きっと分かってくれますわ……)
セレナはそう考え、シャトル内仮眠室のベッドから起き上がった。

「ふあああああ」
食事の時間に一番遅くやって来たのは、ザインだった。
「遅いじゃない、ザイン」
「すまんすまん」
少しバツが悪そうに頭をバリバリ掻いて、ザインがライナに謝る。そうしている内に、
「皆さん、集まりましたね? じゃあ朝食にしましょうか」
と、セレナがひょっこり顔を出した。

そして、セレナ以外の全員が動きを止めた。

セレナの方をじっと見て停止するザイン達に対し、セレナは赤面して下を向く。
「そっ……そんな、じっと見つめないで下さいな……恥ずかしいですから……」
なぜザイン達がセレナをじっと見ていたかというと、いつもは地面に着いてしまいそうなストレートロングの髪が、
これまた異様に長いダブルポニーテールに変わっていたからである。いつもとはひと味違う美しさが目立っている。
ステルサーなどは、魂を抜かれたかのごとく、ただ見とれているばかりだ。
「ス、ステルサーさんまでっ……」
フィアンセにまでなっておいて、今更何が恥ずかしいのかは知らないが、
ステルサーにじっと凝視され、ついには手で顔を覆い隠してしまった。
竜族で、しかも子供のヴァジェスはもちろん、ザイン達も、ステルサーも、
なぜそんなに恥ずかしがるのかは、全く分からなかった。
人類のみならず、生き物には『慣れ』という概念がある。それは普通、良くも悪くも勝手に働きかけるもので、
最初は照れてロクに話すらできなくても、すぐに仲が深まり、人と人とが友人となったりするのも、
恋人となったりするのも『慣れ』があるからだ。
しかし、セレナの場合は『慣れ』が進行途中で止まるとしか考えられないほどの
恥ずかしがりようなのだ。むしろ異常かとも思える。
一番素早く我に返ったのはライナだった。
「セセセセセセ」
「黙っててね」
むぎゅ。
とち狂ったようにセの音を連発していたステルサーを、ライナは踏みつけて黙らせる。
「セレナさん、それイメチェン?」
ライナが質問した時、やっと全員が我に返る。その問いかけに正直に答えるかどうか、
セレナは迷ったが、心を決めたのか、にっこり笑って、正直に答える事にした。
「ええと……これ寝ぐせなんですけど……」
「寝ぐせ……へぇ……」
しばしの沈黙。
「へ? 寝ぐせ?」
「はい」
「な! にぃぃぃぃぃぃっ!」
ほぼ全員の叫び。
「寝ぐせで髪型で寝ぐせで……え? ええっ? 何それ、どういう事っ!」
今度は質問したライナが一番混乱している。
寝ぐせで髪型が変わるなどというのは、前代未聞である。(当然だが)
「っていうか、その……なんで?」
ザインがもっともな質問をする。
「えーっと……超能力の組合曰く『超能力の副作用じゃない?』だそうです」
超能力を使う者には、必ず副作用が出る。
ただ、症状は人によっててんでんばらばらで、症状パターンを特定する事は不可能である。
セレナの『寝ぐせ』もそういった不可解な症状のうちの一例なのだ。始末に負えないのは、
何故超能力に副作用があるのか、その原因が分からない事だ。これでは対策のひとつも立てようがない。
「は、初めて知った……」
ラルフ王もうめくしかない。
だが、信用せざるを得ないのは確かだ。しつこいようだが、今のセレナの髪型は、
本来のものとは違うダブルポニーテールだ。
しかし、そのダブルポニーテールの結び目の位置に当然あるべきはずの、髪留め等の類は、
どこにも見当たらなかった。これは髪の一部が不自然な形で浮いていることになる。
「えぇと、でも私の場合、簡単に戻せるらしいんですね、この寝ぐせ」
「どうやってだ?」
「何かで髪のどこでもいいから、結べば元の髪型に戻るらしいんです。
ギルドの人と色々調べた結果、それが分かったんですの」
あるべきはずの髪留めを着用すると元に戻る。これもまた理不尽な話ではある。
「でも、そういった物は、全部アースに残してきてしまったんです」
「うぅむ、では、どうしたものか……」
「このままじゃあな……」
ラルフ王とステルサーが話し合う。
「いつも前の日とは違う髪形になるので、多少は新鮮なんですけれど……」
さらに細かい解説をするセレナに対して、誰もリアクションのとりようが無かった。
だが、ここでステルサーが何かを思い出したように、部屋を出て、少ししてから戻って来た。
その手には箱包みがひとつ。ラッピングされている。
「これは以前、再会した時のために買っといたやつなんだけど、今プレゼントするよ」
ステルサーがセレナにプレゼントを手渡す。
「まあ? ありがとうございます」
「さ、開けて開けて」
「はぁ」
中には、白いリボンが入っていた。セレナの小さめの頭には、あまりにミスマッチな程長いリボンだったが、
早速セレナが着けると、意外にそうでもなかったようだ。真ん中から蝶結びにすると、
余った部分が垂れ下がって、ロングストレートに戻った髪と、妙に調和していた。
「うわ本当に髪型戻ってっし」
ザインは、ほとほと呆れ果てた。
セレナは髪を全てリボンで結んだわけではない。リボンで結んだのは、後ろ髪のほんの一部で、
恐らく百本に満たないだろう。そのため、リボンが結ばれている部分以外には、全く変化は無い。
「さあ、お食事にしましょう」
心の底から脱力しきったザイン達は、だるさを感じつつ食事をとった。
で、食後に一息ついた瞬間、心の中に響くオルゴールのメロディがシャトル内スピーカから流れた。
ぴろぴろぴろりん、ぴろぴろん……
そして、機械音声。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
「なあ……義姉さん……エマージェンシー用アラームを、義姉さんの趣味だけで、
オルゴールの音にすんの、やっぱりやめてくんない? 変えようや……」
ザインがげんなりして言う。
「だってぇ……音楽は楽しむものですもの」
「だから、音楽じゃなくて警報だってのに」
セレナはちっとも分かっていない。
そんな彼女を無視して(機械なので当然だが)スピーカ連絡は続く。
『巨大な質量の物体をセンサーが感知しました。間違いなく目標物です。
順調に進めば、約一時間後に目標物と接触します』
「よし、全員準備をしておけよ」
そのラルフ王の指示から五十分後。
『目標物と密着するために減速を開始します。よろしいですか?』
「ああ、その方がいい」
『了解。クルーの指示に従い、減速開始します……目標物方向から高速移動物体接近!
ミサイルだと思われます。オート回避!』
「同時に機銃でミサイルを迎撃してくれ!」
ラルフ王の冷静な指示が飛ぶ。
『了解』
ガガガガガガガガガガガガ!
ドムッ! ドドムドムッ!
ミサイルは、機銃が弾切れしたところで、全て的確に破壊された。
しかし、続けてミサイルの第二波が発射された。機銃はもう使えない。
「私が出る!」
「私も行きますわ、ラルフ王。ヴァジェスさんは、中で待っていて下さいね」
宇宙服を着込んで、ラルフ王とセレナが船外に出る。
ラルフ王は宇宙服の上から王冠を頭に乗せている。理由は簡単だった。
「発射ぁッ!」
キィィ……キュゴォォッ!
ズガッ! ズガガガァァァ!
ジュエルビームの熱で、宇宙服を溶かしてはどうにもならないからである。
ラルフ王が放った広範囲ビームが、ミサイルをほとんど迎撃した。残りをセレナがサイキックピザカッターで片付ける。
第二波の直後、更に第三波が発射されたが、結果は同じだった。
「よし、到着だ!」
シャトルは、巨大隕石にぴったりくっついている。これなら攻撃される心配は無い。
下手にシャトルを攻撃すれば、シャトルの爆発で、アースへ落とすべき隕石の質量が減ってしまうからである。
それを理解した上での作戦だった。
「行くとするか。船外でセレナさんとラルフ王が待ってる。急ぐぞ!」
ヴァジェスは、人間用のかなりだぶだぶな宇宙服を着せられている。そのままステルサーに抱かれて、
ザイン達と一緒にシャトルの外へ出た。
ラルフ王とセレナが待っていた場所には、大きな扉があった。ザインが早速、自身満々に言い放つ。
「ま、軽ーくぶち破っちゃおうかな。こんな所で手間かけたかねぇもんな」
「……待て……」
聞き覚えのない声が、ザイン達の頭に、直接響いてくる。
「……私の名は魔神王……その扉を壊されるのは、私としても望むところではない。開放しよう。入るがいい」
グゴングゴングゴングゴン……!
扉が開いたので、ザイン達は中に入った。
グゴングゴングゴン……ガコォォン!
扉は、ザイン達が入ると、閉まった。
「ようこそ、人間達よ。この『超隕石ギガ・メテオ』によく来ることが出来たものだ」
この隕石はギガ・メテオと命名されたらしい。名前の由来など知らないし、どうでもいいが、
どうやら兵器と基地を兼ねているようである。
「そうそう、その宇宙服は脱いでもらおう。そういう無粋な物はここには似合わない。
ここの内部は、空気も重力もあるから、そんな物は必要ない」
確かに、重力は体で感じていた。
「ウィークファイア」
ぼっ!
ライナが弱い火の呪文を使えたという事は、酸素がある事も証明していた。ということで、全員が宇宙服を脱いだ。
「まさか、ここまで来る命知らずがいるとは思わなかったが、その力に敬意を表して、
話くらいは聞いてやってもいい。ただし、ここの中心部までたどり着けたら、だが」
「相手にしてもらえるだけ上等ッ! 行くぞ!」
ステルサーが神王からもらったボードリッパーに乗って、先頭を行く。その彼の前には、
大量のパペットマンが槍を持って立ちはだかっていた。それを見てステルサーはボードリッパーを、
更に加速させる。そして、凄まじい勢いで前に跳ぶ。
「数だけッ!」
ズガガガガガガガガガガガガ!
ステルサーがボードリッパーに着地する。その時には、既に十数機のパペットマンが壊されていた。
つまり、ステルサーは敵を飛び越えてボードリッパーに突撃させ、
そのままの勢いでボードリッパーの上に乗っかったのである。それが攻撃なのだ。
しかし、攻撃をすれば反撃されるのが当然である。百体ほどいると思われるパペットマンが、
一斉に槍で攻撃してきたのだ。どうやら、ただのメタルランスのようだが、
当たったら効かないわけがないし、痛くないわけもない。
「四つ身分身!」
分身――高速移動により、意図的に残像を発生させ、相手を混乱させる、
ニンジャスキル独特のスキル技だ。普通なら、とても攻撃など当てられるものではないのだ。が――
ざしゅ。
「痛っ! あたた……やっぱ無理か」
パペットマン達は、ステルサーの分身全部を同時に攻撃したのだ。
これでは分身はは役に立たない。なので、彼は頭を切り替えた。
「封神封魔流・速の秘剣!」
封神封魔流には、攻・防・速の三種類の秘剣がある。彼が選んだのは、そのうちの一つで、
敵の素早さを制してから攻撃する、速の秘剣『精霊撃』だった。
まず、ステルサーは、自分を小さな防御結界で包み、次に敵のほとんどを別の大きな結界で包み、その中に入る。
二重結界である。バスケットボールの中にソフトボールが入ってる図を断面図にして描けば、
分かりやすいだろう。言うまでもなく、内部結界と外部結界の間には、パペットマン達、
内部結界の中にはステルサーがいるのである。
次に彼は、ニンジャソードで空間を斬り、簡易型時空界門を発生させ、
地水火風の精霊を大量に呼びつける。そして、それら精霊達を内部結界の間に放出し、大暴れさせる。
ズガンズガンズガガァァァァン!
逃げようとしても、結界の中では、それもままならない。パペットマンは片っ端から破壊され、ほとんどいなくなった。
ここで、ザイン達がステルサーに追いついてきた。
「義兄さん! 先頭行くのはいいけど、先行しすぎだ! 俺等を置いてくなっ!」
「文句は言いいっこなしだ! 敵はきっちり減らしただろうがっ!」
精霊が還るための簡易型エルドラドゲートを再び開きつつ、ステルサーが返事する。
「好き勝手言いやがって! ちったぁ俺にも出番よこしやがれってんだ!」
ザインはそう言うと、残りのパペットマンにやつ当たりをし始めた。
「フレイムランチャーッ!」
火炎系直線貫通タイプの魔法が、残った全てのパペットマンを焼き尽くした。
「この馬鹿ッ!」
ガスッ!
その瞬間、ザインは、ラルフ王とライナに頭を叩かれた。
「痛ぇな! 何しやがる!」
「何だか知んないけど、あなたが切り札なのよ! 今、力使ってどーすんのよ!」
「全く、ライナの言う通りだ! ザイン、お前は力を温存しておけ!」
「うっせぇやっ! 俺はライナを守るために修行してきたんだぞ! その俺が守るべき対象に守られててどうする!」
「私の事は無視か、をい」
ないがしろ状態のラルフ王がすかさずツッコミを入れるが、それを更に無視して、ザインは一人わめき続ける。
「俺がのん気に見学してて、他の誰かに何かあったらどうす……」
「ステルサーさん、お願い」
パチン!
ザインに最後まで言わせず、ライナが指を鳴らしつつ言ったので、ステルサーも即座に反応した。
「あいよ」
ステルサーはそれだけ言うと、目にも止まらぬ速度で移動し――
だすっ! どむっ!
ザインの急所を二ヶ所ほど打ち据え、とりあえず気絶させた。倒れたザインをライナが担いで運んでいく。
「まったく、ワガママな人ね……」
ライナが苦笑しつつ言う。
「悪い気はしないクセに」
ステルサーが茶化す。
「まあ、あのザインが休めと言われてハイそーですかと答えるような人間じゃないのは、分かっていたんだがな」
そう言って、ラルフ王も苦笑する。それにセレナが続く。
「でも、気絶させるのはあんまりでは……」
「いいのよ、セレナさん。これくらいしないと、ジッとしてらんないんだから」
「……そうかも知れませんね……」
セレナがそこまで言い終えた時、ヴァジェスとステルサーがほぼ同時に何かの気配を察知した。
「誰だ、そこにいるのはっ!」
「ワギャー!」
「ふふ……よくぞ我が姿を見に来た……」
「見に来るかっ! そんなモンっ!」
「いきなり何なのよ、アンタはっ!」
姿を現したのは一人の魔族。やたらと派手なアクセサリー類が鬱陶しい。
その魔族は、ライナの問いに対してこう答えた。
「何って……この美しき我の姿を見に、わざわざアースから来たのではないのか?」
「お生憎様! あたし達、ナルシーの相手してるほどヒマ人じゃないの!」
「許せん! 人間ごときが我の姿が目的でないとなると、それだけで許……」
「去ってね♪」
ドシュッ!
ライナの聖弓ソウルスティールの矢を当てられ、まだ名乗ってもいないナルシストの魔族は、
いともあっさり消え去ってしまった。
「先を急ぐぞ」
ラルフ王の指示で、再び移動を始める。
しかし、すぐにステルサーが足を止めた。
「どうした? ステルサー」
「トラップがあるな」
「何?」
「よく見てくれ、ラルフ王。少し先に赤外線センサーがあるぞ。すぐ分かるだろ」
「お前だけだ、そこまで特殊なのは」
「そうなのか? まあいつもいつもそう言われてるから、そうなんだろうけどな」
「で? どうするステルサー」
「そうだな……ライナ」
「矢を一本、前に放ってくれ」
「はーい」
ぴしゅッ!
だすだすだすっ!
矢を放った直後に、凄まじい音がした。
ライナの矢を赤外線センサーが感知して、天井から槍を大量に降らし、地面に突き刺したのである。
うかつに飛び込んだら、刺されるのは地面ではなく、その本人である。
「天井から槍って……これまた古典的な手を使うわね……」
「古典的だろうと何だろうと、効果がありゃそれでいいってんだろ?」
「そりゃそうよねぇ、さあ、急ぎましょ」
さらに先へと進む。ザインは、まだ気絶しているが、ライナが疲れて担ぐのをやめ、
引きずっているため、既にボロボロだった。
しばらくすると、今まで一本道だった通路の横に、脇道があった。
「……行ってみます?」
「行ってみるか」
セレナとラルフ王の意見により、脇道を進むと、小部屋の中に、宝箱が一つ。
「……ミミックかなぁ?」
ミミックとは、宝箱によく似たモンスターで、宝箱のフリをし、
宝箱を開けた者を襲うトラップ型の敵である。これの被害に遭う冒険者は、大勢いる。
「調べる方法はある。宝箱に聞くんだ」
ステルサーがそこまで言うと、セレナは宝箱をノックして、質問する。
「もしもぉし、いらっしゃいますかぁ?」
「違うよ……」
即、ステルサーがツッコミを入れる。
「違うんですか」
純粋なのか、単純なのか……この二つが紙一重なのは、それこそ分かりきった事なのだが。
ステルサーは頭を切り替えて、そのまま解説を続ける。
「宝箱の鍵穴からの空気の流れる音を聞き取り、中に物が入ってるかどうかを確かめるという、
常識外れな聴覚の持ち主のみ使える技があるんだが、俺には使えねぇ。そこでどうするかというと、
識別魔法を使うんだ。だが、これも盗賊とかトレジャーハンター専用だから、ボツ。
だから俺達のとる手段はシンプルなやり方だ。開けないで壊せばいい――」
かぱ。
ふいに、宝箱の開く音。振り向くと――
「フシャァァァァァァァァ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
セレナが、ステルサーの話をちゃんと聞かぬままに開けて、襲われているのが見えた。
ごす。
ばき。
ステルサーは、呆れ果てつつ、ミミックをかかと落とし二発で破壊した。
「セレナさん……そーゆー事するから……」
だーと涙を流しながらステルサーが言う。
「ふわああ……何だよ、うるせーなぁ」
ここで、ようやくザインが目を覚ました。
「目が覚めたか、ザイン」
「ちょっと目覚めるの、遅すぎよ」
「うるせ。急所に攻撃叩き込まれてピンピンしてろってのが無理なんだよ、ラルフ王。
それにライナ、けしかけたのはテメーだろ」
「そんだけしゃべれるなら、もう大丈夫ね。さっさと、行くわよ。いい加減ヴァジェスも退屈してるみたいだしね」
「アギャギャ!」
ヴァジェスが、ライナの右肩の上に乗り、コクコクと頷いて同意する。
「よし、行こうか。そろそろ中心部は近いんだろう? 義兄さん」
「ああ。一本道とはいえ、だいぶ走ったからな。この部屋を出ると、通路がある。
それを進むと、たぶん中心に出るんだと思う」
「なら、分かりやすいな。行こう!」
ザイン達は、メイン通路に戻った。ここでステルサーが何かを思いつく。
「そーだ、どーせ一直線の道なら、ボードリッパーで飛べば早いんじゃねーか?」
「それだけじゃ全員は無理だろ。だから俺が球形結界浮遊の魔法、エアボールで全員を包む。
義兄さんとボードリッパーには、それを押してもらうことになる」
「よっしゃ! 分かった!」
「エアボール!」
ザインの結界が全員を包む。
「アルファ・フォルナーキス! 結界に力を」
いきなり、セレナがスターテイマースキルで、結界を強化する。
「義姉さん、何を?」
「ええと……私、思うんですけど……ステルサーさんのボードリッパー、
結界なんてすぐ切り裂いてしまうような気がしたんです。
それで、強化したら大丈夫かな?って……いけませんでした?」
「い、いや、ンな事ぁねぇけど」
「それはなによりですわ」
そこまで頭が回らなかったのが、ザインは少し恥ずかしかった。
「んじゃ、行きましょっ!」
「ワギャー!」
ライナとヴァジェスが景気良く号令をかける。気が合うらしい。
ゴゥッ!
ステルサーがボードリッパーを発進させた。
ゴロン……という音と共に結界がボードリッパーに中から押され、移動する。
「って、ゴロン……?」
ラルフ王だけが、その音に使えた。
だが、もう遅かった。
ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン……
「おわぁぁっ!」
「口を閉じろ! 舌をムグッ!」
「アギャー! アギャギャー!」
「うっそぉぉぉっ!」
「きゃあああ!」
ザインが、ラルフ王が、ヴァジェスが、ライナが、セレナがそれぞれに悲鳴をあげる。
球体を中から押すと転がる――物理的に当然の事なのだが、
結界魔法(本当は、大容量輸送呪文だが、こう呼んでも問題はないはずだ)にもそれが当てはまろうとは、
誰も思わなかったようである。
「おーい、大丈夫かー?」
「大丈夫なコトあるかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「止めろっ! ステルサー!」
振り向きもせずに問うステルサー(コントロールのためだが)に、ザインとラルフ王が懸命に苦情を言う。
「ムチャ言うなっ! 今止めたら何に襲われるか分かんねーぞ!」
「だからって結界の中でかき回されてろってぇのかよっ!」
そう、ザイン達はは球体結界の回転に合わせて、中で回されているのである。
「ガマンしてくれっ! もうちょいだ! なんか俺の目の前にでっけぇ扉が見える!」
「だぁぁっ!ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!」
それから少しして、ステルサーはボードリッパーを結界内面から離し、結界のスピードに合わせて飛行を始めた。
次第に結界も減速し始める。だが、ステルサーは目測を誤った。
どずぅぅん!
結界は扉に激突して止まった。その衝撃でザインの集中力が解けたため、
結界は消え、球体内の上の方にいたザイン達は、どさどさと音を立てて落ちてきた。
「おーい、大丈夫かぁ?」
「大丈夫なワケないじゃないのよぉッ!」
ライナが怒声をあげる。
「い、いや――すまんすまん」
「すまんじゃないわよっ!」
「義姉さんなんか、泣いてるじゃねぇか!」
ザインが、セレナを指差す。セレナはすすり泣いていた。やはり怖かったらしい。
「ぐすっ、ううっ……うえっ……」
「あ、ヤベ……あー……ご、ごめん、セレナさん……」
「ふええええええええええ……」
泣きながらセレナはステルサーにしがみつく。
ステルサーはバツが悪そうだったが、やがて、拳に力を込めて、叫ぶ。
「おのれ魔神王っ! 隕石内部をこんな構造にするとは許せん! おかげでセレナさんが泣いちまったじゃねーかっ!」
「泣かしたのはお前だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どげっ!
責任転嫁するステルサーに、ザイン、ライナ、ラルフ王が蹴りを入れる。
だが、次の瞬間――
「やーれやれぇ、もう少し静かに来れないモンかねーぇ」
その声は、いきなりどこからともなく聞こえてきた。
「誰だ!」
ラルフ王が虚空に向かって問いかけると、声の主は姿を現した。
それは、一人の神族だった。
「まーいーさぁ。あーんたら、魔神王様に会ーいに来たんだろー? つーいて来な」
話し方に妙なクセのあるその神族は、扉を開け、勇者軍を中に入れて、自分も入った後に、扉を閉めた。
――そこは、隕石の中とはとても思えないような大広間だった。その部屋の中央に、例の神族の者が立つ。
「まー、とーりあえず俺の事は、準神て呼んでくれたらいーかなー」
「準神?」
準神の名乗りに疑問の声をあげるライナ。
「あーれ? そーの辺は神王様から聞ーてなーいのかな? あーの方もいー加減だし。
神族てーのは、厳密にゆーと、二つに分かれてんのさーぁ。あーる旧時代の国家には、
あーる程度、正確に伝わってたよーだけどー、正神てーのが八百万人いて、八百万種ある役職に就いてるんだー。
で、引退した正神や、修行中の神とかを、準神ていうのさー。俺は後者の方の準神だけどねーぇ」
「で? その準神がなんでここにいる?」
「ザーインだったかなー? あーんた」
「伸ばすな伸ばすな」
「教えてやるよーぉ。あんたらの足止めしに来たのさーぁ。
他ならぬ魔神王様の頼みだーからねー。そんじゃ、準備はいいかなー?」
「俺達が用があるのはあんたじゃない!」
「せーっかちだねーぇ、ザイン。俺が負ーけたらどーせ魔神王様自ら来るってーのに。
――相手しーてくれよー」
「仕方ねぇな……いくぜっ!」
「そーそー、言い忘れたけどー、俺は引退前は、魔法やスキルなんかの変身の全てを統べる神、
変身の神てーのをやってたんだよねーぇ。その名は伊達じゃねーよー?」
そう言うと、準神はステルサーに変身し、一緒に出てきたボードリッパーに乗った。
ゴッ!
そして、勢い良く突撃してくる。
「ちっ!」
さすがのステルサーもこれに正面から挑もうとはしない。
しかし、ザインがアブソリュートセイバーを構えて、正面に出た。
ザシュッ!
アブソリュートセイバーは、ボードリッパーを難なく切り裂いた。
「やるねぇ、次っ!」
すぐに準神は、ライナに変身し、これまたセットのソウルスティールから矢を射る。
だすだすっ!
矢は地面に刺さった。ザインはあっさりかわしたのだ。
「狙いが雑なんだよ!」
「そーかい、じゃあこれでどーかなー?」
準神はすぐさま、後ろに退いて変身する。
準神はラルフ王に変身した。
「次は私に変身したか……」
ラルフ王(本物)が呻く。
「スピードブースター!」
準神は素早さが増す呪文を使い、オーラスピアを持って突っ込んでくる。
「やぁっ!」
セレナのサイキックピザカッターが準神を狙うが、全く当たらない。
八枚カットにしても、良くてせいぜいかするだけである。
(ようし……広範囲魔法を使うか……)
ラルフ王(本物)はそう考え、叫ぶ。
「皆、離れろっ! 私がやるっ!」
ザイン達が彼の指示に従って離れると、ラルフ王は準神の近くまで走り、呪文を唱える。
「ライトブラスター!」
「レジストライトニング!」
ぱぁん!
準神は耐魔呪文で、あっさりとラルフ王の魔法を防ぐ。耐魔呪文は、属性さえ合致していれば、
魔力の差に関係なく相手の魔法を防ぐという特性を持っている。
また、別の例として、初級火属性『フレイム』タイプの魔法を、
中級耐火呪文『レジストフレア』で防ぐ――つまり、ぴったりと合致していなくても、
同属性で上のレベルの耐魔呪文で防ぐ事は、可能だという事だ。
それ故に使いこなすのは難しいのだが、準神は、それを簡単にやってのけたのだ。
「あーまいねーぇ」
「甘いのはそっちだっ!」
ステルサーが後ろから剣で斬りかかる。
ザシュッ!
準神はあっさりと攻撃を受けてしまった。
「素早さに関してなら、ラルフ王は俺に勝てるわけねーんだよ」
「そーかい、そーかい。そんじゃー次」
準神はザインに変身した。
「行って下さいっ!」
セレナが再度、サイキックピザカッターを八枚カットにして飛ばす。
しかし、途中でそれを制止したのは、ザイン(本物)であった。
「よせ、義姉さん! アブソリュートセイバーにまともにぶつかったら、
いくらサイキックピザカッターでも、もたねぇぞ! あいつは変身すりゃ
いくらでも武器なんて出てくるからいいが、俺達の武器にスペアはねぇんだぞ!」
「け、けど……」
「いいから! 義兄さんもヴァジェスも退くんだ! ライナ、援護を頼むぞ! ラルフ王はライナのガードを!」
とりあえず一同は素直に従う。
「準神……テメーと直接、格闘戦ができんのは、俺だけだ。同じアブソリュートセイバーなら、
お互いの剣は破壊できねー。単純な理由だが、事実だ。ライナの援護付きじゃ、
少々不満かもしんねーけど、こちとら急いでんだ。カンベンしてくれや」
「かーまわねーよー、気にすーるなってー」
あくまでも脳天気な準神に対して、ザインはそれ以上は何も言わずに、斬りかかっていった。
後方からはからはライナがソウルスティールで援護射撃をしている。
キンキキィン!
「やるもんだな!」
「亀の甲より年の功ってやーつさぁ」
「だが、それに数……ライナが加わったらどうだ!」
「やーっぱ、不利かねーぇ」
「じゃあ、そろそろ終わらせるぜ!」
「まーだまだぁ。ホイっと」
準神はセレナに変身した。
「はっ!」
準神のサイキックピザカッターが、ザインを傷だらけにする。
「ちっ! さすがにアレはかわせねぇかっ?」
「ふふーん、勝負あーったかねー? そーれじゃ、トドメといーきますかー」
その瞬間、ステルサーの姿がかき消えた。
そして、次の瞬間には、準神の背後に姿を現していた。
「セレナさんの姿かたちと声で……」
ステルサーはニンジャソードに精神力を込めて、振りかぶりつつ言う。
「そういうセリフを吐くなぁぁぁぁぁッ!」
シュパッ!
ステルサーのニンジャソードが一閃すると、準神の右腕が落ち、準神は元の姿に戻った。
「やーべぇ、やべぇ。そーんなに怒るたぁ思ってなーかったなー。愛かねーぇ?」
「――そこまでだ」
突如、一人の人物(?)が姿を現した。
「もういい、準神よ。何もここでお前が死ぬ必要は何一つ無いのだからな」
「おー優しいこってぇ、魔神王様は。そーいうこったから、俺は帰るわ。じゃあなーぁ」
準神はあっさりと去っていった。
「さて……と。さっきの準神が私の名を呼んだと思うが、改めて名乗ろう。魔神王だ」
「怖いか? 力の差が分かっているなら、さすがだ。アルファの子孫よ」
「それは……どういう事だ?」
「……知らないのか? ザイン=ストレンジャーよ、お前は、アルファ=ストレンジャーの直系の子孫なのだぞ!」
「何だと?」
「お前は、関係者からきちんと話を聞かされていないらしいな?」
ザインは困惑した。自分しか使えない封神封魔流の技がある理由に、ようやく気付いた。
「よく似ているよ、お前とアルファは――」
「一緒にすんじゃねぇよ! 開祖は開祖で、俺は俺、ザイン=ストレンジャーだ!」
「そういう所が似ているというのだ……だが、性格はよく似ていても、その実力の程は、アルファには遠く及ばない」
「試してから言いやがれッ!」
「よかろう……ギガメテオがアースに到着するまでには、まだまだ時間がある。
薄くなったストレンジャーの直系の血の力、見せてもらうとしよう」
「言ってろ! てめぇの相手は俺だけじゃねぇぞっ! 戦ってくれるな、みんな?」
ザインの問いに応じて、戦闘態勢に入る勇者軍。
「ザインをここまで連れて来た責任はザン国王たる私にある……当然、私も戦う」
「あたしは、ザインと一緒にいたいの。ただそれだけなんだから」
「育ての親や義兄弟見捨てる程、薄情になった覚えはねーな」
「私は……ステルサーさんと一緒なら、どこへでも行きますし、どんな戦いも生き延びてみせますわ」
「アーギャー! アギャギャギャギャ!」
ラルフ王、ライナ、ステルサー、セレナ、ヴァジェスの順にそれぞれ言いたい事を言う。
「理由は単純だな……だが、嫌いではない」
魔神王が攻撃を仕掛けようとした瞬間、ヴァジェスが勇者軍をかばって、前に出た。
「アギャァァァァッ!」
「む? 竜族の子供か。 どけ、私とて別に竜族を殺したいと思っているわけではない」
「ヴァジェスっ! よせ!」
ステルサーがヴァジェスを止めようとするが、ヴァジェスは一向に聞き入れようとはしなかった。
後に竜王となるヴァジェスの勇敢さだったのかもしれない。
「その心意気は良し。だが、もはやワイバーン一匹の出る幕ではない……」
フォォ……ン
「アギャ? ワギャー!」
魔神王は結界でヴァジェスを閉じ込めた。
ヴァジェスは喚いているが、セレナをはじめ、勇者軍一同は、内心ホッとしていた。
てっきりヴァジェスが魔神王に殺されるのだと思ったのである。
「あ、ありがとうございます……」
「……敵の私に礼を言うのか……? ふっ、変わった娘だな……おかしな事だ……」
おじぎして礼を言うセレナに対して、魔神王がかすかに笑った。
「だが、アンタはヴァジェスの命を奪わなかった。敵だというのに、だ。だったら礼を言うのは人として当然だろうが」
ザインがセレナの言いたい事を代弁する。
「面白い奴等だな。この世の人間が全員お前達のような者ばかりであれば、
私もこのような事をせずにすんだものをな……」
「私達のような脳天気な人間ばかりでも、それはそれで問題だがな」
「それは違うのだ、ラルフ王よ。お前達ほど純粋な人間は、そうはいない。良い意味でも、悪い意味でもな。
そういった人間は、好きなのだよ。どうだ、私と共にアースから人類を追い払ってみないか?」
「要はこの隕石でアースの人間全部殺しちまおうって事だろうが。ンな話を俺達が受けるとでも思ってんのかよ!」
「そうよ! そうはさせない!」
ステルサーとライナが怒りを露わにして、感情のままに叫ぶ。
「いや……俺はあんたに従ってみてもいいと思う」
ザインはいきなり、魔神王を守るような体勢に入った。
「本気か!」
魔神王は驚いている。同時に勇者軍一同も目を疑った。
「ザ、ザイン……?」
「すまねーな、ライナ。俺、魔神王サイドにつかしてもらうぜ」
「そうか……なら、身の証を立てろ、ザイン。もとは仲間だった者を倒せたら、認める」
「OK!」
「よせ、ザイン!」
「わりィ、ラルフ王。許してくれよ?」
ザインは、アブソリュートセイバーを抜き、技を放つために構えた。


小説の入口へ戻る
トップページに戻る
inserted by FC2 system