ロード・オブ・マーシナリー〜親子で出来る冒険者のなり方〜


一日目(後編) 初陣

午後九時ほどになったろうか――
いきなり庭園の方が騒がしくなってきた。普段静かな庭園が騒がしくなる理由など、
今は一つしかない。敵襲なのだ。イリノアはファイマを寝かしつけようとしていたが、
それを諦め、ファイマを町長のもとに連れて行った。
「町長、ファイマをお願いします!」
「分かっている。任せておきたまえ」
見れば町長は武装している。どうやらこの町長も、
舌先三寸のみで世渡りした男ではないようである。
戦士のような雰囲気もそのせいか。町長の武装は室内向けのもので、
やや短い刀。所謂『小太刀(こだち)』といわれる部類のもののようだった。
数本ほど投擲(とうてき)ナイフも持っているようである。
「ファイマ、大人しくしておくのよ?」
「母上、強い! 負けない!」
「ええ、負けないわ。負けてたまるものですか」
もう敵襲なのは分かっているので、背中の長槍は固定ジョイントから外し、
手に握っておく。旗印として長槍には飾り布が取り付けられていた。
ひらひらしていて実戦では役に立たないのだが、
イリノアの技量を考慮すれば、まあ度外視していい問題である。
その長槍を握り締めたイリノアの姿は、何とも言えず美しかった。
彼女が母親であれば、まずファイマでなくとも尊敬してしまうだろうというほどである。
と言うより、顔立ちがやや幼いこともあって、彼女が子持ちの人妻と言っても、
面識が無ければ、まず誰も信じないだろう。
「ファイマ君は任せて、行って下さい」
「任せます!」
イリノアは開口一番、邸宅玄関前へと駆け出した。
三階から移動しているので少し時間はかかったが、
奇襲は何とか食い止められているようだ。だが正門か裏門か分からない。
無駄に広い庭園が仇になっている。建物内からではちゃんと音が聞こえてこない。
パパパン! パパン!
玄関から出てくるなり、いきなり正門の方から火薬の弾ける音。
例の癇癪玉だ。
傭兵団のうちの誰かが鳴らしたのだろう。やはり役に立ってくれた。
なんか建物内から癇癪玉を無断使用された、ファイマの喚き声が
聞こえてきたような気がしたが、気のせいだろう。サクっと無視しておく。
任務完了の後で、また買ってあげればいいだろう。
正門前に行こうとしたイリノアの後ろに、控え要員だった
残り二十名の傭兵が邸宅からゾロゾロと姿を現してきた。
「お嬢! 我々はどうしましょう?」
「お嬢って……」
どこかのチンピラの娘のようなので、はっきり言って気に入らなかったのだが、
四の五の言っている場合ではない。急がねば。
「十名ほどを念のため裏門の警備に! 残り十名は私と一緒に!」
「了解です、お嬢!」
「それはいいから! 行く、行く、行った!」
普段より少しだけ荒っぽい語彙(ごい)を使って指示してやる。
もちろんそれと同時に自ら駆け出すのも忘れない。
「もう限界ですー! お嬢〜!」
情けない声をあげて正門から退避しようとしていた傭兵三名を押しのける。
まあ三名という少人数で門扉(もんぴ)越しとは言え、
次々と撃ち込まれる射撃武器から、己(おの)が身を守っているのだから、
実際大した腕ではあるが。
「お疲れ様! 後は私達に任せて、あなた達も裏門の警備しながら休んで!」
「ありがとうございます!」
傭兵三名は北の裏門へと去っていく。
「総員整列! 開門!」
高らかにイリノアが宣言すると、その場にそぐわぬ女の声に敵の射撃が一時停止した。
傭兵二名が大きく、重い門扉を開ける。傭兵達は律儀に
イリノアを挟み込む形で、丁度半分に分かれて整列した。
門扉が完全に開き切ると、さっきまで弓矢をしこたま撃ち込んでいたはずの、
敵と思しき部隊、ざっと十五名ほどが剣、槍、斧などをそれぞれ手に持って構えていた。
最高度の警戒態勢を取っていると見るべきだろう。
だが、門が開いた先にいると予想していた大部隊の中心にいるのが、
何故か若い女だったので、その敵部隊らしき十五名は当惑していた。
判断に困っているようである。
「アレン=リーフィエのクーデター部隊ですね?」
 イリノアは一歩前に出て、強い口調で詰問する。
「あ、ああ……」
判断に困っているアレン=リーフィエのクーデター部隊は、
とりあえず生返事をするしかなかった。
「私はセルバンテス町長護衛部隊、隊長のイリノア=リヴィードです。
 自らの行いに恥じ入るところあらば、今すぐに兵を退きなさい!
 この場にいるのでしょう? 隠れていないで出てきなさい! アレン=リーフィエ!」
――長い長い、沈黙。三十秒ぐらい経っただろうか。
「アレン=リーフィエ! いないのですか!」
焦るイリノア。敵も味方も沈黙を崩さない。
「えーと……」
何故か申し訳無さそうに言う敵兵。
「アレンさんだったら、ここにはいないんですけど」
「なんで!」
更に強く詰問するイリノア。まさか、いないとは思っていなかった。
「なんで、と言われましても……数的にこっちのが優勢なのに、
 わざわざ一番のお偉いさんが出張ってきて、
 潰される危険を冒す必要は、戦術的に無いっていうか……」
正論である。ついでに何故か敬語だ。
が、堂々と出てきたせいで、無駄にイリノアは赤面してしまった。
「卑怯な! く、クーデター部隊、恐るるに足らず、ですわね!」
少しセリフが棒読み気味だし、おまけにどもっている。
しかも所々声が裏返っていて、非常に格好悪かったりする。
「あの……」
またもや、何故か申し訳無さそうに敵兵の一人が挙手する。
「何です? 言ってみるといいでしょう!」
「クーデター部隊クーデター部隊言われるとちょっと俺達としても体裁が悪いんですけど。
 一応『鋼の革命軍』っていう呼び名もありますし」
ギロッ。
物凄い眼光で敵と味方を睨みつけるイリノア。特に味方の方を。
「あなた達、敵軍の名を知っていたのですか?」
思わず顔が強張る味方の傭兵団一同。
「え、ええ、一応。っていうか結構名が通ってますし。知らなかったのはお嬢だけかと」
「そういう大事な事は言っておいて下さい!」
返答した傭兵の顔に槍の刃先に着けるカバーを投げつける。
そこまでやって、敵の冷たい視線に気付いて、イリノアは気を取り直した。
「ともあれ『鋼の革命軍』の皆様。この場を抜くという事は、
 イリノア=リヴィードと、この傭兵団の皆様を抜こうというのと同じ事ですわ。
 自らの行いに悔いたり恥じたりする心のある者、ないし恐れをなした者は、
 今すぐこの場より立ち去りなさい! さもなくば、
 相手になります。かかっておいでなさい!」
今度は少しだけ格好がついたが、今までの台無しっぷりを帳消しにする程の効果は、
残念ながら見られなかった。だがその代わり、
二度も耳にした『リヴィード』の姓に、敵のうち、何名かは小首をかしげた。
「リヴィードだと……? まさか、あの……すっぽこ領主、
 アーネスト=リヴィードを自ら望んで婿養子にした
 世間知らずの令嬢ってのはこいつの事か?」
「すっぽこ?」
イリノアの額に青筋が走った。憤怒の表情を浮かべ始めている。
その顔を見て、どちらかと言うと、味方の方が恐れおののいていた。
「だってそうだろ。自己犠牲なんつって、一般市民風情に、私財はたいて
 あんな考え無しの救済してればそりゃあ自己破産、一家離散して当然だわなぁ。
 それにそのせいであんたもこんな危険な事してる。それがすっぽこでなくて何だっての?」
ゲラゲラと下品に大爆笑する、リーダー不在の『鋼の革命軍』一同。
「お黙りなさい!」
イリノアが一喝すると、大爆笑が鳴り止んだ。
「一般市民風情ですって? その一般市民風情を守るためにロードがいるのです。
 それを解せぬあなた達が革命? 面白い冗談ですわね!」
面白い冗談と言いつつ、その表情は怒りに満ちている。
その気迫に気圧され、鋼の革命軍一同は一歩、二歩と後ずさった。
「それに――」
まだ何か言うのか? と革命軍一同は更に耳を傾けた。
「まず、ウチは自己破産なんてしてません!
 借金は、確かに唸るほどありますけど、今、夫が必死に金策に奔走しておりますし、
 何より一家離散なんてしておりません! 私は息子持ちで、
 その息子もここにいますし、夫も必ず戻ってくると言いました!」
いきなり所帯じみた発言に、更に戸惑う、鋼の革命軍一同。
「と、とにかく、ここは通してもらうからな!
 あんたをぶっ潰せば、わざわざ町長とっ捕まえて、
 ロード交代の承認決議を迫るなんて面倒臭い事しなくて済みそうだ!」
「戯言を! 政治やロード交代の仕組みというのは、そう単純ではないのです!
 そのような事も知らないのでしたら、出直しておいでなさい!」
「知るか! それはアレンさんの考える事だ!」
「そーだ、そーだー!」
話はここまで、と思ったのか、鋼の革命軍が、改めて武器を構え直した。
「総員、突撃だッ! 目標は邸宅! 人数はこっちの方が多いぞ、突っ込め!」
一斉に駆け出そうとする『鋼の革命軍』。
イリノアは自らの目論見がまたも浅知恵だった事を思い知らされた。
敵がもっと賢かったなら、イリノアがリヴィード家の当主夫人だと知って、
また別の対応策も取ってきただろう。アレンとやらの判断を仰ぐため、
一時撤退する、など。それだけでも時間稼ぎとしては
かなりの効果が期待出来たのだが、残念ながら相手は
予想を遥かに上回る大馬鹿者の集団だったらしい。
正面突撃という選択肢を取ってきたようだ。策士、策に溺れる、
とまではいかないが、かえって裏目に出たようである。
敵は約十五名だが、こちらは見張りの兵も来たとは言え、
他の場所に兵を回したため、イリノアを除いて十二名ほどしかいない。
もちろん持久戦になった場合は不利だ。どうも裏門からの攻撃は無いようなので、
裏門から何人か来てもらった方がいいかもしれない。
パァン!
牽制と増援要請の意味合いで、イリノアは手にしていた癇癪玉を、
全部一斉に地面に叩きつけた。
かなり大きい音がして、敵が一瞬だけ足を止める。
これだけの音なら、裏門にも聞こえただろう。
だが、明日以降はやはり、爆竹を調達してもらおう、と
イリノアは密かに心に決めていた。
「ハッタリだ、進め、進めーッ!」
気を取り直して、敵軍が駆け出した。
「私に続いて下さい!」
イリノアは長槍を握りしめ、それより遥かに素早く駆け出した。
何気に彼女は駿足の持ち主である。競技会か何かに出ても、見劣りするものではない。
そのイリノアの素早さに驚き、慌てて追従する傭兵団一同。
「せいっ!」
気合一閃。イリノアは敵が横薙ぎにした剣をくぐり、前転した後に振り向きつつ、
軽く振ってやった長槍は、敵兵その一のアキレス腱のみを正確に切り裂いた。
立ち上がりざまに振り向きながら、更に一薙ぎした長槍が、敵兵その二の手を適度に切り裂き、
武器を取り落とさせる。背後から近寄った敵は、後ろに柄で、顔面を突いてやる。
人体急所を突いたため、見事に敵兵その三はくずおれた。ここまでに約二・五秒である。
「ふう。手加減するのも大変ですわね」
長槍を握り直し、きちんとした構えを取り直す。
そのイリノアに、アキレス腱を切られた敵兵その一が呻きながら文句を言う。
「手加減だと……貴様……戦場での戦士の誇りを何と心得うるか……
 そのような無用の情けは要らん。今すぐ命を絶て!」
「私は戦士であるとか傭兵であるとかの前に、母親です。命を産み、育む者。
 その私が何故、無用の殺生をせねばならないのです。
 潔く散る事が戦士の矜持(きょうじ)と言うならば、
 それを出来るだけ避けることこそが、母親としての矜持ですわよ」
柔らかい口調でイリノアは返答し、後ろを振り向きもせずに更に駆け出す。
見回すと、既に敵兵の大多数は味方の傭兵団との戦闘に入っており、
激しい鍔迫り合いがあちこちで展開されているようであった。
敵味方問わず、全員に対してイリノアは、宣言する。
「敵、味方は関係ありません! 技量の及ぶ限り、殺害は出来る限りおやめなさい!
 我々は戦士であって、虐殺犯ではありません!」
敵、味方共に我が耳を疑ったが、イリノアはそれには構わず、
傭兵団の一人と切り結んでいた四人目の敵兵の手の甲を少し深く斬りつけてやる。
武器を取り落としたので、後を傭兵団の者に任せ、イリノアは次の標的を探す。
「ぬぬ……強い!」
敵の指揮官と思しき角刈り頭の中年男が、明らかに出鼻を挫かれた感を見せる。
「敵はそこだ、急げーッ!」
更に、そこに癇癪玉の音を聞きつけて援護にやってきた
味方の傭兵団裏門担当が五名ほど。待ちに待った増援である。形勢逆転というところか。
「何、まだ数がいるのか? ええい、退け、退けーッ!」
指揮官らしき男の号令を聞くや否や、動ける敵兵は全員まとめて退却を開始した。
見事な退き際だが、出来ればもう少し追撃をかけておきたかった。
イリノアはすぐさま指示を飛ばす。
「傭兵団の足の速い順から、二名ほどついてきて下さい。
 追撃をかけて、少しでも戦力を削ぎます!」
「了解!」
「続きます!」
あからさまに軽装の二名が申し出る。イリノアは頷くと、また駆け出した。
イリノアは瞬発力も凄まじいが、持久力もそれなりのものを持っているのだ。
後ろからやや遅れて傭兵団の二名がついて来る。自称した通り、なかなかの駿足だった。
イリノアが倒した四名ほどの敵兵の捕縛は、残りの傭兵団の面子に任せてあるので、
何一つとして心配は要らないはずだった。
二分ほど走ると、撤退中の敵兵集団が視界に入った。すると敵兵の一人が潔い事に、
ただ一人、殿(しんがり)として立ちはだかった。
流石に無視するわけにもいかないので応戦態勢を取るイリノアと、傭兵二名。
イリノアは走りながら槍を横薙ぎにするが、見事に回避された。
どうやら時間稼ぎに徹するために、回避と防御に専念するらしい。
見事な戦術の徹底ぶりである。更に敵はボウガンを構え、射撃攻撃を行ってきた。
「うがッ!」
「ぎゃっ!」
傭兵団二名が、流れ矢を食らってしまった。傷はやや深いが、
幸い急所には当たらず、致命傷にはなっていないらしい。
「やあッ!」
イリノアが再度攻撃を仕掛ける。敵兵のボウガンを破壊しただけに終わったが、
これで少なくとも流れ矢の被害は無くなったはずだ。
「ちっ、よく斬れる長槍だ。相当の名槍と見える」
「頑丈で刃こぼれしにくいのだけが自慢の槍『牙斬(きばきり)』です。一応家宝ですけれど」
これは本当である。リヴィード家当主や、その近親者のみが
使う事を許された家宝を持ち出して、イリノアは使っていたのだ。
そこら辺に立てておいた際、牙を研ぎに来た獣が、牙で刃先に触れた際、
見事に斬れてしまったのが名前の由来、というらしいが、
流石にそれは眉唾ものじゃないかと、イリノア本人は思っている。
この槍の恐ろしさは、切れ味鋭い事とか、他に類無しとか、
やたらと軽いとかそういった部分には無い。とにかく頑丈なのだ。
刃こぼれというものを知らない。その実直かつ、無骨な設計思想は、
メンテナンスフリーに近い域まで達している。それを除けば、
この槍はせいぜい、少し切れ味が良いだけのただの長槍に過ぎないのだった。
その『牙斬』をそこまで上手く使いこなすのは、あくまでイリノアの技量である。
「ふん、時間稼ぎはもう充分か、俺も逃げるとしよう」
敵兵は武器を全て放り投げ、身を軽くして逃げ出した。
「逃がすと思うので――」
そこまで言いかかった時、背後から気配。味方の傭兵団の一人のようだった。
「お嬢、大変です! 裏門に少数ながら敵襲です!」
「えっ……? 分かりました、すぐ戻ります!」
負傷した傭兵二名の手当てを、連絡役に任せてイリノアはまたも駆け出した。
なんとも忙しい話ではあったが、リーダーという役割上、仕方が無い。
明らかに時間稼ぎの陽動のための敵襲なのも明らかだったが、
裏門にいたのは消耗した兵士達ばかりである。
一応正門からも援護が行っていると思うが、早く戻らなかった場合、大変な事態になりかねない。
あと何人かだけでも捕縛しておきたかったが――

悔しい思いを振り切って、イリノアは町長邸宅敷地へと戻ってきた。
が、騒ぎは既に収まっていたようである。
「状況は?」
息を整えながら、イリノアは近くにいた正門の傭兵団メンバーに問う。
「お嬢、お疲れ様です。裏門の敵襲は、正門、裏門の面子が十名がかりで退けました。
 たぶん時間稼ぎの陽動だとは思うんですが――」
「間違いないでしょう。たぶん敵も本気じゃなかったはずです」
だが、兵員の安否も気がかりだ。流石に走りはしないが、すぐ裏門へ向かう。
イリノアが裏門に到着すると、疲れきった様子の傭兵団、十名ほどが健在のようだった。
軽傷を負った者がいるようだったが、イリノアと一緒に追撃し、負傷した二名と比較すれば、
全員大した事は無いと言い切ってよかった。何よりである。
各員のモチベーションが下がっていないかどうかが気になるので、一応調子を訊いてみる。
「大丈夫? あと二日ありますけど、まだ頑張れそうですか?」
「大丈夫です!」
ほぼ全員軽傷、戦死者ゼロ、捕縛四名という戦果に終わり、
結果を言えばまあ理想的な勝利という結果のせいで、味方の戦意はかなり高いようだったが、
これが一旦重傷者や死者を出すような事態になった場合、士気を維持出来るかどうかは、
イリノアには残念ながら、自信が無かった。
こういう時、戦い慣れている夫であれば、もっと的確な戦術を導き出し、
負傷者ほぼゼロにまで抑える事も可能だったかもしれない、と思うと、
急にイリノアは顔に不安が出てしまった。
だが、それを見て傭兵団がフォローにかかる。
「いやぁ、ドジ踏んじまいましたぜ、お嬢!
 でも明日は無傷で勝ってやるから、安心してておくんなせぇ!」
「結局今日はお嬢が全部捕まえたけど、明日攻めて来たら、
 俺も一人ぐらいは捕まえて見せますよ、見ていて下さい!」
「なんの、こいつが一人なら俺は二人捕まえてやるってーの!」
「俺も、俺もだ!」
「こいつ等が攻めるんなら俺がお嬢を守りますぜ!」
次々に、士気を高めようと虚勢を張る傭兵団の面々。ふと、場は笑いに包まれる。
「皆……ありがとうございます……」
少し涙目になりつつ、イリノアは微笑む。皆の気遣いが嬉しかった。
「少し下品で、笑い方も耳障りな人がいて、しかもたまに息が臭い人がいて、
 おまけに妙に弱い人もいますけど、皆いい人です。私、あなた達と一緒に戦えて、光栄です!」
かなりボロクソな言い様だったが、傭兵団はさして気にもしていないようだった。
自分の実力がいまいちな事も自覚しているからである。
輪の中の何名かが笑いながらも言い争っている。
「下品なのはお前だって。下ネタばっかり言ってるだろ」
「俺が下品なら息が臭いのはお前だ。ちったぁ、歯ぁ磨きやがれ」
「明日から磨くっつーの。あと笑い方が耳障りなのはお前だな?」
「ばっ、バーロー! 違うっつーの!」
かなり見苦しい汚点のなすり付け合いだが、まあ気にしないでおく。
水を指す方が野暮というものだろう。
「終わったようだな」
そこへ、セルバンテス町長が現れた。ファイマや、直接護衛要員の二名も一緒である。
ファイマはこの一日で、町長にかなり懐いたのだろうか。
町長のズボンを握って歩いている姿が、何とも母性本能をくすぐる。
「はい。二名ほど軽傷とは言えない傷を負いましたが、まあ大勝利です」
イリノアは『牙斬』を背中の固定具に収めながら言う。
「そうか。あと二日耐えきるだけだが、やはり今のままでは、
 人数的に厳しいかもしれんな。無駄とは思うが、
 冒険者ギルドに補充要員の要請だけはしてみよう」
「ですね。味方の戦死者をゼロに抑えたければ、出し惜しみは出来ないと思いますわ」
ようやく戻ってきた、負傷者二名と、手当てをしていた
連絡要員を出迎えながらイリノアは返答する。
そのイリノアにファイマがぱたぱたと駆け寄っていく。
「母上、怪我しなかった?」
「ええ、大丈夫です。よく大人しくしていましたね、ファイマ」
頭を撫でてやると、ファイマは小さな手で、イリノアの手を握ってきた。
基本的に誰かと手を繋いでいるのが好きな子なのだ。
「母上、もうねむい……」
よく見ると、ファイマは目をショボショボさせていた。
躾を厳しくしているせいか、彼はまだ、夜更かしというものに縁が無い。
もっとも四歳児が夜更かしをしなければならない状況の方が異常ではあるが。
「そう。では、おねむの時間にしましょうね」
「うん……」
懸命に眠たいのを我慢するファイマ。せめて寝室までは、とでも思っているのだろうか。
「では、今日はもう夜襲も無いでしょう。直接戦闘をしていなかった
 町長の直接護衛要員二名のみを残し、各自休息を取って下さい。
 しっかり休まないと身がもたないですよ」
「うーっす」
ゾロゾロと邸宅内に用意された即席の寝室へと足を運ぶ傭兵団一同。
「じゃあ行きましょう、ファイマ。町長もお休みなさい」
「ああ、ではそうしましょうか。お休み、ファイマ君」
「おやすみなさい〜……」
このままでは本当にファイマが寝てしまいそうだったので、
慌ててイリノアはファイマを連れて専用に用意された寝室へとファイマを連れ歩く。
歩きながら時計を見ると、既に夜の十一時を過ぎている。
ファイマが眠たがるのも無理はない。寝室に到着するなり、
イリノアは力尽きたファイマを抱きかかえてベッドに寝せた。
「ふう、やれやれ……」
イリノアはようやく人心地ついたのか、安堵して浴室へと移動し、シャワーを浴びる。
水道が完備されていないような安宿もあるが、流石に町長の邸宅は
そうではないようで、イリノアは内心で安心した。
丈や幅がやや大きな、ファイマとお揃いの寝間着に着替え、
イリノアは息子と同じベッドに入る。まだ少し眠りが浅いファイマだったが、
しばらく手を繋いでいてやると、レム睡眠の時間はほどなくして終わったのか、
熟睡と呼べる状態に陥った。
「ファイマ、あなたは未来の指導者たる人。アーネストの後を継ぐ者。
 その宿命はあなたが思うより、ずっと重いし、アーネストの重荷まで
 押し付けるかもしれない。けど、これからの厳しい経験は、
 きっとその時の、あなたの助けになるわ。だから、頑張ってね。
 何より、私達が望んで、愛して、産まれた子があなたなのだから――」
それは優しく、しかし残酷な囁きにも聞こえる言葉だった。
ともあれ、これで一日目の戦いは終わった。本当の戦いはこれからなのだ。
その事を噛み締めながらも、イリノアは眠りを貪った――


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