ロード・オブ・マーシナリー〜親子で出来る冒険者のなり方〜


エピローグ 戦士の証明

翌日の朝――
ファイマの脅し文句に憔悴しきったアレンが、役人の手により、
落とし穴から引っ張り出された。もちろんその場で逮捕である。
アレンは後ろ手を縛られ、観念した様子であったが、それでも不満そうにイリノアを見て言う。
「何故だ。何故俺は勝てなかった!」
「私はあなたに勝てなかった。勝てたとしたらこの子のおかげです」
 ファイマが一歩前に出る。
「アレン。あなたはこの子をただの子供と侮った。しかし彼は戦場に行く私に付いて来た。
 そして今まで生きている。その時点で、ファイマは戦士なのです。
 アレン、あなたは私ではなく、戦士ファイマ=リヴィードに負けたのです。
 そして私はあなたに負けた。私とあなたの戦いに、勝利者などいなかったのです」
「くっ……! 俺は……! 俺は……お前等リヴィード家のような者に救われた
 自分が腹立たしい! 俺だったら! 俺だったらあらゆる手段を尽くして、
 お前達より早く、このライゼ地方を完全復興させてみせたものを……!」
「……それが本音か」
ダディマスクも一歩前に出てきた。
アレン=リーフィエ。彼も数年前の飢饉において、
ライゼ地方の中で朽ちていこうとするただの人間だったのだ。
それを救ったのはアーネストの無謀な救済。
だが、実力主義が過ぎたアレンの目には、それは『無能無策』としか映らず、
それに救われた自分がまず許せなかったのである。
だからこそリヴィード家を排除し、自らの手でライゼ地方を立て直そう、
というのが真の動機だったのである。
「はは……だが、負けは負けだ。煮るなり焼くなりと、好きにすればいいさ」
何かが吹っ切れたようなアレンの笑み。陰惨で、悲しみに満ち、
しかしながらその笑みには満足さを感じさせる何かがあった。
自分が負けたというのなら、リヴィード家は
まんざらの無能者ではないのだろう、と彼なりに認めたのかもしれない。
「なら、イリノア=リヴィードの名において、アレン=リーフィエに命じます。
 あなたは法の罰に服した後、再び私の前に姿を現しなさい。
 それで、私達一家を表から、裏から、あらゆる手段をもって
 サポートを行うのです。いいですね?」
「それは……どういう事だ?」
「私はあなたの才がこのまま朽ちてゆく事を惜しみます。
 故にその才とその生、この私と、息子が拾います」
「く……くははははは! 笑える、笑えるぞ、それは!」
 アレンは何もかもどうでも良くなったのか、いきなり笑い出す。
「いいだろう。どうせこの地方のために投げ打った命だ。
 好きなように使ってみせやがれ。ただし、俺が従うとしたらそこのガキ……
 ファイマ=リヴィードにだ。イリノア、お前の命令になんか従わねぇから、
 そのつもりでいやがれ。分かったな!」
「それでも構いません」
イリノアが後ろを向いて、そこまで言った時、アレンは連行されていった。
イリノアはその方向を振り向こうともしなかった。

「報酬は口座の方に振り込んでありますぞ、イリノア殿」
「ありがとう、町長」
「それにそちらの……ダディマスク君にもな。ボーナスとはいかんが、
 一応名目上は半日分の労働賃金を支払ってある」
「ああ。半日分とはいえ、路銀の足しにはなる」
町長は、後でダディマスク登場のあらましを聞いて、律儀にもちゃんと賃金を支払っていた。
この辺が彼の美徳であろう。もちろん彼は事情を知っているので、
言わずともダディマスクの正体をバラしてはいけない事をなんとなく察したのだ。
「イリノア殿。ダディマスク君。傭兵団三十名諸君。
 そして何よりファイマ君。君達の健闘無しでは、
 私の地位は危ういものになっていただろう。つくづく感謝する」
「私からもお礼を言わせて下さい、ダディマスク」
イリノアがダディマスクの手を握る。
「ファイマの演技も大したものだったけど、やはりあなたの力なくしての
 勝利はあり得なかった。本当に、感謝しています」
「そうか」
素っ気無い答えとは正反対に、いきなりダディマスクはイリノアを抱き寄せた。
「あっ……何を? むむー!」
いきなりの熱い接吻。イリノアは驚くより他無かった。
周囲の傭兵団が野次を入れて冷やかしたりする。
パン!
その直後、イリノアのビンタがダディマスクに直撃する。
「このような衆人環視の中で、何をなさいますの!」
「何だ。そんなに嫌か?」
「…………」
嫌じゃなかった。嫌なわけがなかったが、イリノアは人の上に立つ者である。
ダディマスクこと、アーネストとてそれは同じのはずなのに、
こうも恥ずかしい真似をされると、イリノアはただ赤くなるしかないのである。
ダディマスクがアーネストだという事を、息子以外の全員が知っているので、より始末が悪い。
「こらーっ!」
そのダディマスクに向かってファイマが怒鳴る。
「母上を誘惑するなー! 父上と、僕の母上だぞー!」
必死に喚き立てるファイマに、ダディマスクは苦笑した。
だが、ダディマスクは懲りずに、イリノアに耳打ちを始めた。
(そう接吻の一つぐらいで目くじら立ててくれるなよ。俺にはお前しかいないんだ)
(分かっております。私にも、あなたしかいませんもの)
短い囁き合い。そしてダディマスクは離れた。
「ではイリノア、ファイマ君。また縁があるならば、再び会おう!」
ダディマスクは無駄に爽やかな笑みを浮かべて去っていく。
しかしイリノアにビンタされた跡がなんとも格好つかない。
その後ろを、ペールギュントが急いで追って行く。
「もーっ! ペールギュントもどこ行くのー!」
「待って待って、ファイマ! ペールギュントはアーネストの所に戻ったのでしょう。
 たまたま、方角が彼と同じだけだと思いますの」
「うー」
何やら不満そうではあったが、敬愛する父上の元に戻るために行く、と言われれば、
彼には止められないのだ。
「ともあれ、息災で、イリノア殿。ロード一家がいつまでも不在だと、
 どうも政情も落ち着いてくれんのですよ」
「分かっております。アーネストがいつか、ちゃんと戻ってくる事を信じていますし」
「また会いましょう。その時に……では」
それだけ言うと、セルバンテス町長は去っていった。
残るのはリヴィード親子と、傭兵団のみ。
「傭兵団の皆さん……特にファイマに付き合ってくれた三名の方達には感謝します。
 ありがとうございました。この三日間。この子にも私にも、貴重な経験になりましょう」
「いやいや、なかなか面白い三日間でした。有意義でしたよ」
「うんうん」
「またどっかで仕事一緒になったら、よろしくな! ファイマ君!」
「うん!」
別れを惜しむファイマと傭兵団一同。
「そう。またどこかで一緒になる事もあるかもしれません。
 しばらく私達は傭兵稼業を続けますし、その時は、皆、よろしくお願い致しますわね」
「へい! お嬢!」
元気良く答える傭兵団。
「では、これにて」
イリノアとファイマは、手を繋いで邸宅南の正門の方から出て行った。
傭兵団はそれとは逆に、破壊された邸宅北の裏門から出て行ったのであった。

その後、リヴィード親子の姿はローレン・タウン郊外の街道にあった。
「大変だったね、母上」
「そうですね。大変でした。でも、色々学びましたわね?」
「うん。戦いは怖いよ。でも何とか出来なくもないかもしれないって思ったよ?」
「そうですね、私もあなたを甘く見てたかも。驚きました」
「へへー」
しがみついてくるファイマの頭を、微笑み、優しく撫でてやるイリノア。
また二人だけの旅に逆戻りだが、またすぐに忙しくなるだろう。
それが冒険者――そして傭兵稼業なのだから。
人は一人では生きる事さえおぼつかず、ましてや戦うなど夢のまた夢。
それはいくら強かろうが、同じなのだ。
しかし人は協力し、知恵を磨き、武器を使い、技を競う事によって
無限の可能性と無限の危険性を秘めている。
そんな人間として、生まれ、育ち、恋をして、子を産み、育て、老い、
そして朽ちていくまで、戦い抜く事をイリノアは誓っていた。
人は、生きる事こそが戦いなのだから。
「父上、早く帰ってくるといいねー」
「そうですね……」
今のイリノアとファイマの戦いは、アーネストが帰ってくるまで、
何としても生き抜く事なのであった。
だが、どこまでも、良くも悪くも人として生きる彼女達には、
そう難しい事ではない、そう思わせるだけの何かが感じられるのであった――

(完結)


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