ロード・オブ・マーシナリー〜親子で出来る冒険者のなり方〜


プロローグ 善政のジレンマ

ここは、エルファード大陸。閉鎖大陸とも呼ばれた、他の大陸との国交が無い土地。
そこにはいくつかの国家が存在し、好き勝手に王政や共和制、民主制などを敷いていた。

無論、言うまでもなく『国』という大雑把な単位だけでは
人々の生活が成り立つはずもなく、地方行政という単位が必要となる。
領主……すなわち『ロード』と呼ばれる者達が地方単位で支配を行う。
それはごくごく自然な政治体系に思える様相ではあった。

そのエルファード大陸には、ガイナム王国という小国が存在し、
他の国同様に覇権争いを行いつつも、少しずつ発展するごく普通の国があった。
そんな国内の一地方であるライゼ地方では、ちょっとした事件が起こった。
閉鎖暦九五六年、齢十六の領主の娘が素性の知れぬ男と結婚すると言い出した。
この事態、当然ながら領主に歓迎されるわけもなく、武力衝突にまで発展し、
領地は大いに混乱に陥り、また当人達も不遇な日々が長く続いたが、
その状況を一変する出来事が起こった。
領主が少数の護衛のみを連れて歩いていたところを襲撃され、
それを救ったのが領主の娘と、その許婚本人達であったのだ。
この気概ある行動に敬意を表した領主は、渋々ながらも、
ようやく両者の婚姻を認め、華やかな婚礼の儀式が行われたのであった。

その後、領主の娘は、その許婚を婿養子として正式に入籍させ、
早々に引退した領主の後を継ぐ形で、事件は一応の決着を見た。
また、その直後に娘は懐妊し、十月十日の後、
無事に一人息子で、次期領主となる子を産んだのである。

それから数年間、ライゼ地方と領主一家は何事も無く、平穏に、かつ幸せに過ごし、
その仲の良さは領民の間でも評判になるほどであった。

そこまでは良かった。

しかし、その二年後、閉鎖暦九五八年、ライゼ地方は稀に見る農作物の不作に見舞われ、
領民の一部が、酷く困窮する事態にまで発展した。これに対し『新』領主アーネスト氏は、
自らの一家の財産を切り崩し、不動産を売却し、多額の借金をしてまで救済に乗り出した。
その成果は絶大で、何とか死者をゼロにまで抑える事に成功するほどのものであり、
領民は自らを犠牲にした、この統治に感謝したという。

翌年、ようやく安定した食糧供給となり、いよいよ復興という時期に来ており、
領民は皆、領主アーネストの統治能力に期待し始めていたところであった。

だが、ガイナム王国のライゼ地方を統括するロードである『リヴィード家』の
主であるはずのアーネスト=リヴィードが、突如として失踪するという事件が発生。
当然のように、その代役として彼の妻子がその任を負う事となってしまったが、
状況は考えうる限り最悪であった。

まず、まともな財産は残っておらず、部下を雇う事さえ出来ない。
それどころか借金が知らぬうちに膨大な額になっており、自らの生活と、
子や親の養育費にすら困る有様。更には領主不在によって、
街が無法地帯に陥る恐れさえあるという状況であり、
最も厄介な問題として、まず妻子はこれへの対処の必要に迫られた。

だが、私兵を雇う事も出来ず、ただ困窮するばかりの状況に彼女が――
領主の妻である、イリノア=リヴィードが、閉鎖暦九六〇年に出した結論は一つだった。
即ち、冒険者ギルドに所属し、息子ファイマ=リヴィードと共に、
一冒険者として世の難事に立ち向かう事であったのだ……

しかし、ここでもひと悶着が起こった。 原因はイリノアが、息子であるファイマも冒険者として登録する、などと
言い出したせいである。イリノア当人としては、息子の成長を
促すためのものであったのだが、冒険者ギルドは当惑した。
当時、冒険者ギルドには、年齢制限というものが無かった。
だが、この約款(やっかん)の作成者を責めるのは酷である。
誰が若干四歳の子供を登録しようなどと思い、
連れてくるなどと予想できただろうか。しかも自らの実子を、である。
また、貴族であるリヴィード家である事も問題視された。
貴族が自ら冒険者として荒事を片付けようとするというのは、
エルファード大陸では異例の事態だったのだ。
しかしながら、結局は当人達の意向により、押し切られる形で、
リヴィード家の母子は、冒険者として登録される事となった。

この際、約款製作を担当する部署のチーフの首が飛んだとの事であるが、
この事自体は明るみに出ていないし、また別の話でもある。
ともあれ、そういう経緯でリヴィード親子は、未だ帰ってこない、
主のアーネストに再会出来る日を祈りながら、初仕事に向けて動き出したのであった。


小説の入口へ戻る
トップページに戻る
inserted by FC2 system